「日本の先生」として、行動で心を通わせる。スリランカの幼稚園に笑顔を届ける、大川千穂さん
スリランカの中央高地、紅茶列車の終着駅として知られるウバ州バドゥッラ。
絶景で知られるエッラにあるナインアーチブリッチの先の静かな空気が流れるこの町で、JICA海外協力隊員として幼児教育隊員を務めているのが大川千穂さん。大川さんは日本で保育士として働いていましたが、勤務先に籍を残したまま国際協力の現場に携わることができる「現職参加制度」を利用し、地方公務員向けの自己啓発休業制度を使ってスリランカへ渡りました。派遣されているのは、最大都市コロンボから車でおよそ5時間半離れたウバ州にあるウバ幼児教育開発局。スリランカでは近年、幼稚園教諭の資格取得が義務化されるなど、教育の質を高めるための制度整備が進められている一方で、指導力の向上そのものは依然として大きな課題となっています。保護者からの要望を受けて、読み書きや算数、英語といった学習指導に力を入れる幼稚園が多い中、遊びや運動を通した指導法をどのように広げていくかが現在、現場に求められているといいます。
バドゥッラの幼稚園を巡る日々
大川さんはまず、月曜日に配属先オフィスへと出勤し、火曜日から金曜日に幼稚園を見てまわります。バドゥッラの市内には大小合わせて約77カ所、ウバ州バドゥッラ県内だと950カ所以上もの保育園や幼稚園が存在します。月曜日に配属先の上長と確認を行い、地域の関係性やアクセスの可否を考慮した上で、訪問する園を決定。これまでに大川さんが実際に足を運んだ園は17カ所にのぼります。園の選定にあたっては、手当たり次第に訪問するのではなく、役所と幼稚園との結びつきや現場の状況を慎重に見極める必要がありました。
祈りから始まるスリランカの幼稚園

今回、大川さんの活動現場の一つである、バドゥッラ市内の公立幼稚園の様子を見せていただきました。この幼稚園には2つのクラスがあります。一つは次のステップとして小学校への入学を控えた「4歳〜5歳クラス」、そしてもう一つは「3歳〜4歳クラス」です。
スリランカと日本の幼稚園・保育園では、一日の流れに違いがあります。
スリランカと日本の幼稚園・保育園のおおよその一日の流れ(3〜5歳児の比較)
| 一日の活動 | スリランカの幼稚園 | 日本の幼稚園・保育園 |
| 登園 | 順番に登園する | 順番に登園し、体調を確認する |
| 遊び | 自由に遊ぶ | 自由に遊ぶ |
| 朝の時間 | 仏教のお祈りをする | 歌やあいさつなどをする |
| 午前の活動 | 歌・手遊び・教室や外で遊ぶ | 歌・手遊び・教室や外で遊ぶ |
| 昼食 | 午前10時ごろに食べる | 午前11時30分ごろに食べる |
| 昼食後 | 遊んだあと降園する | お昼寝をする |
| 降園 | 11時30分ごろ | 午後3~4時ごろ |
| 午後 | 希望者は預かり保育(デイケア)を利用する | 希望者は延長保育を利用する |
日本の幼稚園や保育園では、多くの子どもが夕方まで園で過ごし、お昼寝やおやつの時間も一日の流れに組み込まれています。一方、スリランカの幼稚園では、保育は午前中が中心で、11時30分頃に降園するのが一般的です。午後も園で過ごす子どもは、「デイケア」と呼ばれる預かり保育を利用します。
そして、最も象徴的な違いが朝の「お祈り」の時間です。
スリランカは、仏教(主にシンハラ人)、ヒンドゥー教(主にタミル人)、キリスト教、イスラム教(ムスリム)といった多様な宗教が共存する多民族・多宗教国家です。今回訪問した幼稚園は主にシンハラ人で仏教徒の家庭の子どもたちが多く通う園だったため、朝8時になると「ガータ」と呼ばれる仏教のお祈りが必ず行われます。子どもたちは小さな手を合わせ、真剣な表情でお祈りを捧げます。なお、異なる宗教を信仰する子どもたちが在籍している園では、それぞれの宗教に合わせてグループを分け、それぞれにお祈りの時間を設けるといった配慮がなされています。
お祈りが終わった8時半からは、賑やかな朝の活動が始まります。9時までの約30分間、朝の歌とダンスが幼稚園に響き渡ります。この園ではシンハラ人の子どもたちがほとんどであるため、使用される曲の多くはシンハラ語の伝統的な歌や子どもの歌です。

大川さんはこの歌の時間に、たまに日本の歌を子どもたちに紹介することがあります。ただし、それはあくまで「楽しむ程度」に留めています。
「スリランカの小さな子どもたちにとって、遠い異国の言葉である日本語の歌を完璧に歌うのはとても難しいこと。私たち日本人が急にシンハラ語の歌を完璧に歌えないのと同じですよね。だから、無理に歌わせようとはしません。歌えない子がそれによって悲しい気持ちになったり、かわいそうな思いをしたりすることがないように、音楽の楽しさを肌で感じてもらうためのツールとして、そっと触れる程度にすることを大切にしています」
9時になると子どもたちは教室へと移動し、日々の授業や食事の時間へと移っていきます。10時にお昼ご飯の時間を迎えるのも特徴で、子どもたちのお弁当箱を開けると、スリランカの国民食である「ライス&カレー」や「フライドライス(炒飯)」がぎっしりと詰まっていて、子どもたちはそれを美味しそうに頬張ります。
しかし、すべての子どもが十分な食事を持参できているわけではありません。家庭環境が厳しい子どもの中には、塩茹でした豆だけ、お店で買った菓子パン、あるいはビスケット5枚だけという日もあるといいます。こうした食の格差を背景に、スリランカの幼児教育現場では近年、「給食」の導入が推奨され始めています。園によっては国から子ども1人あたり1日100ルピーが給付されており、例えば18人の子どもが通う園であれば1日1800ルピーが給食費としてまとめて活用されているケースもあります。
大川さんは現地の様子を語る中で、スリランカの子どもたちの魅力について教えてくれました。
「スリランカの子どもたちは、とにかく自己肯定感がとても高いです。たとえば園内で音楽が流れ始めると、誰に指示されるでもなく、みんな思い思いに身体を動かして自由に踊りだします。日本の幼稚園や保育園の子どもたちとはまた少し違う、オープンで生き生きとしたエネルギーを感じます。音楽に合わせて楽しそうに、そして誇らしげにダンスを見せてくれる姿は、本当に素敵です」
「文字書き」重視の現状と、大川さんに期待された役割

大川さんがJICA海外協力隊として赴任した背景には、スリランカが国として直面している幼児教育の過渡期という事情があります。現在、スリランカ国内では幼児教育の質の向上を目指し、幼稚園教諭の資格取得の義務化が進められています。大川さんが配属されているウバ幼児教育開発局でも、教諭の資格取得を目的とした教員研修のカリキュラムを推進し、幼児を主体とした教育ができる教諭の養成に力を注いでいます。
しかし、実際の現場には高い壁が存在します。それは「保護者からの要望」です。
現地では、保護者の意向によって、机に向かっての読み書きや算数、アルファベットの英語教育といった「教師指導型(座学中心)」の指導を行っている幼稚園が大半を占めています。そのため、子どものすこやかな成長を育てるために保育士が意識すべき最も重要なもの【安全・衛生・遊び・運動】といった要素が、現状の現場では軽視されがちという傾向が強いのです。
そこで大川さんには、日本で行われている「子どもが主体となる遊びや運動を通した学び」の考え方や指導方法を紹介し、現地に広めていくことが期待されていました。
しかし、実際に幼稚園を訪問すると遊びや運動を通した保育の普及以外にも、「園の日常のあり方」そのものに課題があることが見えてきました。

「言葉」で指示するよりも、「自らの行動」で示すこと
特に大川さんが着任当初に直面したのが、衛生面における具体的な問題でした。
訪問した幼稚園では、子どもたちに対する適切な「トイレ指導」が行われていませんでした。和式トイレが苦手な子どもが多く、上手にトイレを使えない子が散見されました。「これは日本の園児たちも同じで、和式トイレを怖がったり苦手としたりする子はたくさんいます。だからこそ、先生がそばで見守り、適切な指導や声掛けを行う必要があります。しかし現場では、先生がついていながらも、その必要な声掛けや指導が十分に行われていない状態でした」
さらに幼稚園全体の様子を観察する中で抱いた印象は、「先生たちが子どもたち一人ひとりの行動をあまり深く見ておらず、悪気はなくとも結果的に放置してしまっているような場面がある」ということでした。
先生方は子どもたちに対して指示は出すものの、言っただけで終わってしまうことが多かったとのこと。例えば、食事の前に先生が「みんな、手を洗ってね」と伝えます。しかし、先生は子どもたちが実際にどのように手を洗っているか、そのプロセスまでは確認していませんでした。
大川さんが心配になって手洗い場へ見に行くと、子どもたちが一つの洗面所に一気に群がり、押し合いへし合いになりながら、きれいな水でまともに手を洗うことができていない状態でした。これでは衛生管理としての意味を成しません。
ここで大川さんは、「こうしてください」と口頭で注意を促すだけでなく、まず自らが動いて現場に行くことにしました。そして先生方に対して「子どもたち一人ひとりの様子をしっかりと見てあげてほしい」と言葉で伝えつつ、自らが手本となって子どもたちを並ばせ、一人ずつ丁寧に手を洗うサポートを実践し、見せていきました。大川さんのその背中を見た現地の先生たちの意識は、少しずつ変わり始めました。今では子どもたちが水道の前でしっかりと列を作って並んでくれるようになり、先生たちも子どもたちが手を洗っている場所まで自ら足を運び、その様子を見守る指導が定着しはじめています。
現場で感じた難しさと、そこから見つけた向き合い方
現場での課題を見つけた際、大川さんにはいくつかの改善へのアプローチ方法がありました。その一つが、配属先オフィスの上司に相談することです。
実際に大川さんがトイレ指導や衛生面の問題をオフィスの上司に報告すると、上司はその必要性に理解を示し、幼稚園に対して直接指導が入りました。すると、現場での改善は驚くほどスムーズに進んだといいます。
この背景には、スリランカ社会に根付く、役職や立場を重視する文化があります。スリランカの組織や地域社会では明確な上下関係が存在し、役職者からの指示は現場において大きな影響力を持ちます。そのため、現場へ直接働きかけるよりも、上司や役職者を通して伝える方が、効率的かつ迅速に改善が進む傾向があります。
しかしその仕組みに対して、ある種の違和感や葛藤も抱いていました。
「確かに上の人から言ってもらえば物事は早く進む。でも、何でもかんでもオフィスに報告して上から指示を出してもらうやり方に頼りすぎたら、現場の先生たちから見れば関係性が窮屈になってしまいます。オフィスに適切な相談をしつつも、現場では自分自身の直接的な行動を何より大切にしたいと考えています」
この幼稚園における大川さんの最初の扱いは、あくまで「遠い国から外国人が見学に来ている」というものでした。過去に前任の協力隊員が配属されたことはあったものの、当時は現地の治安情勢(テロの発生)により、赴任後すぐに帰国せざるを得なかったため、実質的に現地の幼児教育現場に深く入り込む日本人ボランティアは大川さんが最初の隊員となりました。
そのため、現場で気になることを先生方に伝えると、どうしても最初は前向きな提案ではなく「外国人からの指摘」として受け取られてしまう傾向がありました。さらに、幼稚園にいる現地の先生方のほとんどは大川さんよりも年上です。年齢による上下関係や経験を重んじるスリランカの文化において、「年下の外国人」から意見を言われることに対して、先生方が敏感になるのは自然なことではありました。
言葉の壁や文化の壁、正式な役職社会の壁。それらが重なる中で周囲を納得させるために選んだ道は、やはり言葉で指摘する存在になるのではなく、「誰よりも現場で行動する存在」になることでした。
平等に向き合い、子どもの声の「背景」を聴く
そして、大川さんが日々の保育の中で疑問を抱いたことの一つに、子どもの感情に対する先生方の向き合い方もありました。園内で子どもが泣いているとき、現地の先生たちは「泣いている」という表面的な事実だけを見て、「この子は今こうだから」「このように見えたから」とその場しのぎで判断し、それ以上「なぜ泣いているのか」の原因を深く掘り下げて聴こうとしない傾向が見受けられました。子ども一人ひとりの内面や、その前に何が起こっていたのかに耳を傾ける日本の保育現場を経験してきた大川さんにとって、それは大きな違和感でした。
子どもが泣いている姿を見つけると、必ずその子のそばに寄り添い、シンハラ語で「どうしたの?」「何があったの?」と理由を丁寧に聞き取るようにしました。子どもたちの声に耳を傾け、その背景を理解しようとする大川さんの姿勢は、現地の先生方にとっても、子どもの内面に向き合う大切さを再考する一つのきっかけとなっています。
また活動の中で常に強く意識しているのは、「子どもたちに対しても、先生たちに対しても、すべての関係において『平等』に接する」ということ。
特定のクラスだけに留まることなく、2つの教室を頻繁に行き来し、すべての園児と均等に関わるように心がけていました。それは子どもたちのためであると同時に、先生方との関係性を保つためでもあります。特定の先生とだけ親しくしたり、一方のクラスばかりを手伝ったりすると、現場に不要な誤解や不公平感が生まれてしまうからです。
さらに、業務やコミュニケーションの中で少しでも不確かなことや疑問点があれば、あいまいにせず、必ずその場で先生方に確認し、確実な対話を行うことを徹底しています。この徹底した誠実さと公平な態度が、最初は警戒していた年上の先生たちの心を少しずつ溶かしていきました。

「日本の先生」としての足跡

大川さんは、日々の真摯な活動を通じて、現地の人々との間に温かい交流を築いてきました。ただ幼児教育の技術を伝えるだけでなく、一人の日本人として現地の先生方や地域の人々と深く関わり、信頼関係を築いてきたのです。自分にできることを「幼稚園の先生」として行い、長年培ってきた保育士としての知識を活かしながら、常に笑顔を絶やさず活動しています。その明るい人柄は、周囲の人々にも自然と伝わっています。
現在暮らしているバドゥッラについて尋ねると、大川さんは「住みやすい街」と答えてくれました。実際に自宅を訪れた際にも、道中で近所の人々と親しげに言葉を交わし、笑顔で会話を楽しむ姿が印象的でした。
「スリランカは暑さが厳しい場所が多いですが、バドゥッラは比較的涼しく、夜は肌寒いと感じる日もあるんです。それも住みやすい理由の一つですね」と。さらに、この街の魅力について次のようにも語ってくれました。「バドゥッラは4つの宗教がしっかり交じり合っている街だと思います。看板には必ずシンハラ語・タミル語・英語の3言語が併記されていて、言葉も理解し合おうとしてくれる人が多い印象です。そういう意味では、とてもスリランカらしい雰囲気があって魅力的だと感じています。
大川さんは、「JICA海外協力隊」という立場にとらわれることなく、日頃から現地語であるシンハラ語を積極的に使い、地域の人々とのコミュニケーションを大切にしています。こうした地道な積み重ねがあるからこそ、地域の人々からも「この街の一員」として温かく受け入れられているのだと思います。
そんな大川さんに、これまでの活動の中で最も嬉しかったこと、やっていて良かったと感じた瞬間について伺いました。「子どもたちが、一見私の話を聞いていないように見えても、実はちゃんと聞いてくれていたと分かった瞬間です。日本の歌を紹介したときも、その場では子どもたちが難しそうにしていたので、あくまで遊び程度に軽く流し、楽しんでもらえれば十分だと思っていました。ところが後日、子どもたちがその歌を覚えていて、口ずさんでくれたんです。あのときは本当に嬉しかったです」
大川さんは、自分がこのバドゥッラで活動する意味について、大きな成果を残すことだけではなく、子どもたちの心に小さな記憶を残すことだと語ります。
「この子たちが大きくなったとき、『そういえば幼稚園の時に、日本人の先生がいたな』ということ自体が、彼らの人生における一つの大切な経験になってくれたらいいなと思っています。だからこそ、自分の名前を覚えてもらうことよりもまず、私はみんなにとって『ジャパンティーチャー(日本の先生)』なんだよ、と言い続けています。自然豊かなこのバドゥッラの子どもたちに、日本という国のことを少しでも温かい記憶として覚えてもらえたら、それ以上に嬉しいことはありません」


さいごに
時に異文化の壁にぶつかり、現地の社会構造や保護者のニーズに葛藤しながらも、上からの指示や制度の変更だけに頼り切るのではなく、自分自身が現場で動き続けること。その地道な実践こそが、バドゥッラの幼児教育の現場を少しずつ、しかし確実に変えています。
笑顔を絶やさず、日本人としての誇りを胸に、スリランカの人々と心を通わせる大川さん。「日本の先生」が現地の子どもたちと先生方の心に蒔いた種は、やがて豊かな実を結び、日本とスリランカの未来をつなぐ温かい架け橋となるに違いありません。




あわせて読みたい
世界中を旅して、スリランカにたどり着きました。食べることと、手仕事が好きです。
# 関連キーワード
新着記事
-
「日本の先生」として、行動で心を通わせる。スリランカの幼稚園に笑顔を届...
スリランカの中央高地、紅茶列車の終着駅として知られるウバ州バドゥッラ。絶景で知られるエッラにあるナインアーチブリッチの先の静かな空気が流れるこの町で、JICA海外協力隊員として幼児教育隊員を務めているのが大川千穂さん。大…
2026年8月14日 -
【初めての方も安心】スリランカ入国・出国ガイド
スリランカ旅行が初めての方にとって、空港での入国・出国の流れは少し不安に感じるもの。 このページでは、到着後の流れと出国時の手続きについて、実際の空港の様子をもとにご紹介いたします。 まず知っておきたい、入国ビザについて…
2026年8月13日 -
【出発前に確認!】スリランカ旅行に必要な持ち物チェックリスト
いよいよ楽しみにしていたスリランカ旅行!異国情緒あふれる街並みや豊かな自然、本場の紅茶など、想像するだけでワクワク。パッキングをスムーズに進められるよう、まずは必要な持ち物をピックアップしました。 出発前の最終チェックに…
2026年8月12日
