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【現地レポート】「その人らしい幸せ」を支えるために。スリランカの高齢者介護に向き合うJICA海外協力隊・栗田裕子さん

2026年6月27日

 南アジアに浮かぶ島国、スリランカ。家族の絆が強く、「高齢者は家族が自宅で支えるもの」という価値観が今なお根付く国です。しかし近年は、少子高齢化や若者の海外就労、都市部への人口流出など社会構造の変化が進み、従来の家族介護だけでは支えきれない課題が表面化しつつあります。
そんな変化の最前線に立つのが、スリランカ北西部州の都市クルネーガラで活動するJICA海外協力隊員の栗田裕子さん。日本で培った介護の知識と経験を武器に、現地の高齢者介護施設で奮闘しています。
異なる文化や価値観に向き合いながら、「本当に必要とされる支援とは何か」を模索する栗田さんの活動を通じて、スリランカの高齢者介護の現状と、現場のリアルに迫ります。

スリランカで変わりゆく「高齢者介護」の現状

クルネーガラにある介護施設にて

栗田さんが活動拠点としているクルネーガラ県内には、約55の高齢者介護施設が存在します。その内訳は、およそ半数がボランティア団体、残りの半数が民営施設です。スリランカでは本来、「高齢になった親は子どもや家族が自宅で世話をするもの」という意識が非常に強い社会ですが、近年では経済的な理由から、現役世代が海外へ出稼ぎに行ったり、共働きが増えたり、あるいは死別や親戚が遠方に住んでいるなどのやむを得ない事情から、施設での生活を選択する高齢者も少なくありません。

また、スリランカでは公務員など一部を除き、日本のような継続的な公的年金制度が十分に整備されているとは言い難く、多くの高齢者は家族の支援や社会保障に頼りながら生活しています。こうした社会構造の変化を受け、高齢者介護施設の役割は年々大きくなっています。

時折お坊さんが施設を訪れ、入居者に法話を行うことも。

驚きの「寄付文化」と、日本とは異なる施設のリアル

栗田さんの巡回活動に同行し、クルネーガラ県内にある高齢者介護施設を訪問しました。創設から50年以上が経つ施設ですが、建物は明るい色に塗られ、清潔感のある印象です。施設は入居型のみで、日本のデイサービスのような通所サービスはありません。施設内には穏やかな時間が流れ、一見すると日本の介護施設と大きな違いはないようにも見えます。しかし、運営の仕組みや高齢者を支える環境に目を向けると、そこにはスリランカならではの特徴がありました。

朝昼晩の食事がすべて寄付で賄われる

まず驚いたのは、入居者の食事の多くが地域住民からの寄付によって支えられていること。スリランカでは、亡くなった家族の供養や「徳を積む」ことを目的として、寺院や福祉施設へ食事を提供する文化があります。施設にも毎日のように寄付が届き、朝食・昼食・夕食だけでなく、午前と午後の紅茶まで提供されていました。

寄付される食事は、特別な介護食ではなく、地域の家庭で食べられているライス&カレーが中心です。日本人には辛く感じられる味付けでも、入居者の皆さんはごく当たり前のように食事を楽しんでいました。もちろん、寄付が集まらない日には施設内で調理を行います。しかし、日々の食事が地域社会の善意によって支えられているという仕組みは、日本ではなかなか見られない光景です。

取材日には、以前施設にお世話になったという家族より、食事が寄付されていた

「介護士」がいない現場と、元気な高齢者たち

食事の仕組みだけでなく、人員体制にも日本との大きな違いがありました。
今回訪問した施設には看護師が1名在籍していましたが、日本の介護施設で一般的な「介護士」にあたるスタッフは配置されていません。介助が必要な入居者がいる場合は、その人専属のアテンダント(介護人)を個別に雇う仕組みになっています。

また、スリランカでは介護や医療的なケアが必要になると、状況に応じて対応が変わります。治療が必要な場合は入院や通院で対応し、より手厚い介護が必要になれば、介護専門の施設へ移るか専任の介護士を手配します。体調が優れなくなった際は、最期を病院で過ごすことが多いそうです。そのため施設内では、自力で歩いたり、入居者同士で会話を楽しんだりする高齢者の姿が多く見られました。

そして施設の日常は、地域の人々の協力によって支えられていました。髪の毛のカットには地域の美容学校の学生たちが定期的にボランティアで訪れ、実習を兼ねて入居者の散髪を行っています。学生にとっては技術を磨く機会となり、入居者にとっては身だしなみを整える機会となる。施設は単なる生活の場ではなく、地域とのつながりが息づく場所でもありました。 

入居者の多くは、食事や入浴、着替えといった日常生活動作を自力で行っております。
南国らしい緑あふれる施設。入居者の方が、植物を植えたりもしている。

現地に溶け込み、人と人をつなぐ栗田さんの活動

高齢者介護に向き合うJICA海外協力隊・栗田裕子さん

栗田さんは現在、クルネーガラ県内にある7〜8カ所の高齢者介護施設を定期的に巡回しています。活動開始当初は社会福祉局の担当者とともに各施設を訪問し、その後、自身で重点的に支援する施設を選定していきました。現在は施設ごとの状況に応じて、週に1回訪問する場所もあれば、月に1回のペースで見守りを続けている場所もあります。

施設を訪れると、まず入居者一人ひとりに声をかけ、その日の体調や様子を確認します。午前中には体操や軽い運動プログラムを実施し、昼食は入居者と同じテーブルを囲んで過ごします。午後は施設内を巡回しながら設備や衛生環境を確認し、時には入居者と一緒に午後のティータイムを楽しむこともあります。

印象的だったのは、栗田さんが施設に到着した瞬間の入居者たちの反応です。それまでベッドで休んでいた方が起き上がって近寄ってきたり、「今日は来てくれたのね」と次々に話しかけたりする姿が見られました。その背景には、栗田さんが築いてきた信頼関係があります。現地語であるシンハラ語を使いながら、一人ひとりの目を見て丁寧に会話を重ねる。相手の話にじっくり耳を傾ける姿勢は、多くの入居者に安心感を与えているようでした。

取材中、特に印象的だったのは、栗田さんが施設内を歩きながら自然に声をかけ、入居者一人ひとりとの対話を大切にしている姿でした。
入居者の方と一緒に食事を楽しむひととき。
食事の時間も大切なコミュニケーションの場となっています。

また、栗田さんの活動は施設の中だけにとどまりません。
取材当日も、地域の介護施設を統括する関係者と地元のお寺で待ち合わせをし、その家族や地域住民と自然に交流する様子が見られました。シンハラ語で会話を交わしながら地域とのつながりを広げていく姿からは、単なる「活動する人」ではなく、地域社会の一員として信頼を築いていることが伝わってきます。

介護技術や知識を伝えることはもちろん大切です。しかし栗田さんの活動を見ていると、それ以上に、人と人との関係づくりこそが活動の土台になっていることを実感しました。

クルネーガラのとあるお寺にて
介護施設を支える地域関係者とのコミュニケーション

押し付けない介護
「持続可能」な自立支援への挑戦

栗田さんが活動のなかで常に考えているのは、「高齢者の方々が、どうすれば毎日を元気に、その人らしく過ごせるか」ということです。もともとの要請内容の大部分は、高齢者向けの体操や運動プログラムの促進。しかし実際には、それだけにとどまりません。施設内を見て回りながら、転倒の危険がある場所に手すりの設置を提案したり、誤った使い方をされている車椅子の扱い方について助言したりと、日本で培った介護の知識を生かして施設環境の改善にも取り組んでいます。

ただし、「日本のやり方」をそのまま持ち込もうとはしません。
活動を続けるなかで強く意識しているのが、「自分がいなくなった後も続く仕組み」をつくることです。例えば体操一つをとっても、外国人ボランティアが来た日だけ皆で集まって取り組むのでは意味がありません。大切なのは、現地のスタッフや入居者が必要性を理解し、自分たちの習慣として続けていくことです。

「私が帰国した後も続けてもらうにはどうしたらいいだろう」
「みんなは何にやりがいを感じるのだろう」

そんな問いを常に持ちながら、現地の文化や価値観を尊重し、無理なく日常の中に取り入れられる方法を模索しているといいます。取材を通して印象的だったのは、栗田さんが“教える人”ではなく、“一緒に考える人”であることでした。

「高齢者介護に『絶対にこうしなければならない』という正解はありません。一番大切なのは、その人が日々を幸せに過ごせるかどうかだと思っています」

日本の介護現場で培った経験を生かしながらも、それを押し付けるのではなく、現地に合った形へと変えていく。その姿勢こそが、栗田さんの活動の大きな特徴なのかもしれません。

基本的に食事は食堂でとりますが、中にはベッドで過ごす時間が長く、なかなか部屋から出る機会のない入居者もいます。食事やお茶の時間だけでもベッドを離れ、身体を動かすきっかけになればと、栗田さんが提案して設置されたテーブルセット(写真中央)。

信頼の証
小さな変化が生んだ「うれしかったエピソード」

現地の文化や習慣を変えることは、決して簡単ではありません。
栗田さんはこれまで、施設の衛生環境を改善するために「ハエを減らそう」「生ゴミの蓋はこまめに閉めよう」と繰り返し呼びかけてきました。しかし、現地では長年当たり前だった習慣を変えることは難しく、その場では実践してくれても、しばらくすると元に戻ってしまうことも少なくなかったといいます。

そんな中、月に1度、体操プログラムを届けている小規模な介護施設でのことです。
入居者は数人。プログラム終了後の何気ない雑談のなかで、参加していたおばあさんがふと打ち明けてくれました。施設にはひとりだけ男性の入居者がおり、その方のことでした。

「あのおじいさんが犬のエサを放置するから、ハエがたかって困っているんだよね」

栗田さんにとって、この言葉は特別な意味を持っていました。衛生管理の大切さを伝え続けてきたものの、「そうだよね」「大切だよね」と共感はしてくれても、なかなか行動には結びつかない日々が続いていたからです。それでも、施設の皆さんが本音を打ち明けてくれた。そのことが、何よりもうれしかったといいます。

栗田さんはその後、男性に直接話しかけ、ゴミ箱の蓋を閉めることや、餌を長時間放置しないことを伝えました。問題がすぐに解決したわけではありません。それでも、入居者の方が本音を話してくれたこと、一緒に考えようとしてくれたこと。その小さな一歩が、信頼が芽生えた瞬間のように感じられました。

国際協力の現場では、設備や制度を整えることだけが成果ではありません。相手の考え方や行動に少しずつ変化が生まれ、その変化が根付いていくこと。栗田さんの活動は、その積み重ねの上に成り立っていました。

一時的な訪問者ではなく、「一緒に歩む仲間」として

栗田さんのJICA海外協力隊としての任期は、今年8月までと残りわずかとなっています。
残された期間、栗田さんが大切にしているのは、「自分が何かを一方的に変える」のではなく、現地の人々と共に考え、これからの介護のあり方を一緒につくっていくという姿勢です。

施設を訪れる一時的な訪問者として関わるのではなく、その場に根を下ろし、活動が終わった後も現地の人々の手で続いていくような関わり方を目指すこと。そこに、栗田さんの活動の軸があります。
取材中も、栗田さんは入居者やスタッフと同じ目線で言葉を交わしながら、穏やかに現場に溶け込んでいました。シンハラ語で交わされる何気ない会話の中には、長い時間をかけて築かれてきた関係性がにじみます。

日本で培った経験を“持ち込む”のではなく、現地の暮らしの中に“なじませていく”。
その積み重ねが、スリランカの高齢者施設に小さな変化を生み出し続けています。

2026.05 クルネーガラの介護施設にて

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