JICA青年海外協力隊員の遠藤さんに密着 / 2023 年度一次隊、小学校教育分野、スリランカ派遣

職員室に入ると日本人が流暢なシンハラ語で同僚に紙芝居を披露していた。名前は遠藤和弥(えんどう かずや)さん。ニルワラ国立教育養成大学で教壇に立っているたったひとりの日本人だ。兵庫教育大学を卒業後、横浜市で小学校教員として7年間働き、JICAの現職教員派遣制度を利用してスリランカへ着任。主に教員を目指す学生に対して授業を行っている。今年の3月で任期が終わろうとしている中、二日間密着して、遠藤さんの今までの活動とこれからの展望について尋ねてみることにした。
目次
遠藤さんが活動されている小学校教育分野
遠藤:
この分野は、現地の小学校で教員として働くパターンが多いですが、僕は教員養成校に配属されました。活動内容は、教員を目指す学生に日本の教育方法を伝えることです。算数を中心に、音楽、体育等実技系の教科も教えてほしいというのが最初の要請内容でした。追加して、子どもたちのやる気を引き出すような授業方法や、勉強が楽しくなるようなアクティビティのアイデアを伝えています。
協力隊のやりがい
遠藤:
僕の活動のやりがいは、将来教員になる学⽣を通して、スリランカの⼦どもたちの可能性を広げられるかもしれないということです。
—素敵ですね。それはスリランカに来る前から考えていたことですか?
遠藤:
いいえ。そもそも子どもたちと直接関わるものだと思っていたので。最初は20代の大人を相手に授業をした経験がないこともあり、苦手意識が強かったです。でも、やってみてやりがいがあることに気づきましたね。
—たとえ何十年かかっても…
遠藤:
そうですね。時間がかかっても、学⽣たちの子どもへの関わり⽅や教え⽅の引き出しが少しでも増えて、子どもたちに還元されたらいいなと。こうすればもっとよくなりそうだと思ったことを、将来スリランカ各地で教員になる学⽣に伝えることができる環境ってありがたいです。以前日本の小学校で働いていた時、先輩教員から「今、あなたが話している言葉は、目の前にいる子だけじゃなくて、その背後にいる家族や地域の⽅まで届く可能性がある。その影響⼒を忘れないように。」と言われたことがあります。それを今の僕の活動に置き換えると、それよりさらに多くの人に伝わることになるわけです。
—たしかに私も、学生の頃先生に言われた何気ない言葉の中で、印象的なものは今でも覚えています。
遠藤 :
そうですよね。何がどこでどう伝わっていくかわからないじゃないですか。⾃分の⾔葉の中のどれか一つが、自分が関わっているたくさんの学生たちの中の一人にでも響いたとしたら、彼らが今後教えていく子どもたちにも少なからず影響していく。そう思うと、やりがいと共に⼤きな責任も感じます。
スリランカで感じたこと。日本に帰ってからしたいこと。
遠藤:
スリランカは家族や地域のつながりがとても深いです。日本に取り入れたいスリランカのよさは、学校で言えば子どもたちを地域で見守ることかなと思います。
—今の日本では地域の人が子どもたちに対して厳しくなっていますよね。人と人とのつながりが薄くなっているというか。
遠藤:
そうかもしれません。スリランカがちょっと前の日本のようだと言われることがあるのは、地域のつながりの深さからもわかる気がします。
—じゃあ、遠藤さんは(日本に戻ったら地域社会と学校の)つながりを戻していくということですか。
遠藤:
そうですね。今よりもう少し、つながりが深くなったらいいなと思います。特に都会ではつながりが薄く感じることがあるので。
—私の出身は比較的都会だったんですけど、つながりが薄かったように感じます。隣人との関わりがほとんどなかったですね。
遠藤:
そうなんですね。僕の実家は⽥舎だったので、今思えば近所の⼈とのつながりが深く、スリランカに近いものがありました。このよさを取り戻してもいいんじゃないかと思います。
—地域コミュニティは大事ですよね。子どもが孤立せずに済むし、精神的にもプラスに働くことも多いと思います。
遠藤:
地域の⼈たちと⼦どもたちとの関わりが深まれば、みんなで⼦どもを育てようという感覚が生まれるんじゃないかなと思います。そうすれば、⼦どもたちはたくさんの大人から様々なことを学ぶことができる。地域の⼈にとっても、いいことも、時には指導すべきことも子どもたちに言いやすくなると思うんです。なので、日本に戻ったら地域のコミュニティと小学校を、今より深くつないでみたいと思っています。
—でも、その分の労力とか時間がかなり割かれると思うんですよね。小学校教員の労働環境が大変だとよく言われますけど、実現するまでに相当労力がいると思いませんか?
遠藤:
確かにそうかもしれません。ただ、一度いい協力関係を作ることができたら、その後はむしろ教員の負担を減らせる可能性もあるんじゃないかと思います。
—遠藤さんがスリランカに来る前までは、今、仰ったように地域で総合的に子どもを見るような考えはありましたか?それとも協力隊に来てから考えるようになったことですか?
遠藤:
以前も今も、小学校と地域社会はつながってはいます。特に僕が勤めていた小学校は、地域社会と密接していた方だったとも思います。ただ、僕がそのよさをきちんと理解できていませんでした。スリランカに来て、授業においても生活においても、子どもたちが学び、成長するために地域との関わりは大切だということに気づいたんです。だから、それをよりつなげたい、生かしたいと考えるようになりました。協力してくださる方々への感謝を忘れずに、いい関係性を築いていけたらいいなと思います。
スリランカに来て目の当たりにした現実。学生たちの変化。
遠藤:
思っていたよりも学生のモチベーションは高いです。スリランカには大学が少なく、この学校に入るまでに何年も待っている学生がたくさんいます。そのためか授業への出席率は高く、態度もきちんとしています。そして何より、先生になるという意思が高いと感じます。スリランカでは10歳の時点で奨学金試験(その後の人生を左右する大きなテスト)が実施されるため、多くの小学校教員は児童にテスト対策のような教え込む授業をします。でも、私は今のスリランカに必要なのは、子どもたちが自ら疑問を持ち、それを解決する楽しさを味わわせられるような授業方法だと思います。教員がすべきなのは、そのための環境づくりじゃないかと。自分で疑問を持って問題解決をして、分かった時の嬉しさや喜びを感じ、じゃあもっともっと知りたいなって思うような子が増えたら、その子たちが作る将来のスリランカが、もっといい国になっているだろうなって思うんです。
※奨学金試験は今後撤廃される可能性があります。
—具体的にはどうやって授業をするのですか?
遠藤:
(容量が同じで形の異なるペットボトルをふたつ用意して)例えば算数の「⽔のかさ」の授業では、初めにこの2本のペットボトルを⽤意して、どちらが多いと思うか問いかけます。意⾒が分かれたら、なぜそう思ったのか理由を⾔い合います。こうなったら、確かめる⽅法を考えたくなりません か?
—そうですね。自分だったら、まずは比べるためにコップを持ってきて、、、
遠藤:
じゃあ、このふたつのコップを使いましょうか。こっちのペットボトルはこの⼩さなコップ、そっちはこの⼤きなコップで…。
—あ、いや、それだと良くないと思います。同じ形のコップで何杯分か比べなきゃいけないと思います。全く同じ形のコップにしなきゃ。
遠藤:
なるほど、形の異なるペットボトルの容量は、同じ形のコップの何倍分かで⽐べることができるんだね…という感じです。伝わりますか?
—あー、なるほど。これが導入のやり方なんですね。
遠藤:
この同じ形のコップが「単位」になりますよね。だから、ミリリットルとかリットルとか、単位って必要なんだねって。メートルやグラムも同じ。世界のどこでも誰でも⽐べられるように単位って作られていて、⼤体統⼀されている。こんな感じで⼦どもたちになるほどって思わせられたらよくない?って、学⽣たちに伝えています。
—身の回りにあるものを授業の導入に使うんですね。
遠藤:
そうですね、疑問を持って自ら考えることを始めるのに、身の回りのあるものを使うのは効果的だと思います。
—遠藤さんは主体的な授業を積極的に取り入れようとされていると思います。学生からの評判はどうでしたか?
遠藤:
うーん、数字で見られるようなわかりやすいフィードバックはないですけど、学生たちの反応から手応えを感じることは多いです。例えば先ほどのぺットボトルを使った導入を紹介した時は、学生たちも自分なりの方法を考え出していました。
—効果が目に見えづらいのですね。
遠藤:
学⽣たちはうなずいたり、なるほどって⾔ったりしてくれるけど、本当の効果が分かるのはこの学生たちが先生になって子どもたちに教える時。その時、子どもの思考を想像しながら授業が考えられるかどうか。そして、その授業を受けた子どもたちが楽しみながら学べているかどうかだと思います。
—遠藤さんの教育方法は、スリランカの教育では珍しいじゃないですか。他の教員からの評判はどうでしょうか。
遠藤:
子ども主体の授業がいい、という認識は広まっているし、実際に上手にされている先生もいます。ただ、方法がわからなかったり、方法を知る環境が整っていないように思います。そもそも奨学金試験がある時点で遠回りだとも思われてしまうし…
—なるほど。
遠藤:
学⽣のうちは熱⼼に勉強する学生たちも、先⽣になると差が広がってしまうように感じるんです。というのも、小学校では⼦どもと同じ時間に帰っちゃうんですよ、先⽣たちが。家族との時間を大切にするというのはスリランカのよさでもあるけど、先⽣として働くにはあまりにも余裕がなさすぎる。
—余裕がないっていうのはどういう意味ですか。
遠藤:
他の先生とシェアをする時間がないっていうことです。先生同士で授業の質を高めるために話し合う時間がありません。だから、もし政府に1つでもお願いできるなら、児童が帰ってから1時間、教員に余白の時間を作ってほしい。その時間を使って、先生たちはうまくいった授業⽅法やその日の出来事をシェアしてほしい。こんな時、あなたならどうしますか?僕ならこうするなあ。って僕ら(日本で働く教員)はできるんですよ。子どもがいない場所で話し合えるんです。勤務時間に収まっているかどうか、というのは一旦置いておいて、大切な時間だったなと今になって思います。
—そうなんですね。
遠藤:
スリランカで教員に時間的な余裕ができれば、工夫している先生のやり方が広がる可能性があります。今はその余裕がありません。学生が教育実習で、以前僕が授業で伝えたことを実践しているのを見た時は嬉しかったですね。どうか先生になってからも、自分から新しい方法を取り入れようとしてほしい。そして、どんどん真似し合ってほしいです。
—それは、遠藤さんと学生との間に信頼ができたからというのもあるかもしれませんね。
遠藤:
アイデアが欲しいなと思ってくれるのは嬉しいですよね。時間外に⾃主的に聞きに来る学⽣も増えました。
—すごいですね。
遠藤:
序盤はなかなか無かったことなので、これは目に見える成果の1つと言えるかなと思います。
協力隊に応募しようとしている人たちへ
遠藤:
僕はとにかく日本の外を見たかったから来た。協力隊仲間を見ていると明確な目標や想いを持ってきて来ている人もいるけれど、僕の場合はその場で何か見つかるんじゃないかという気持ちだったんです。
— 構えすぎずにいたってことですか?
遠藤:
そう、構えすぎずに。最初はそんなに構えずに、まず一歩踏み出してみる、まず一回やってみることが大事だと思います。
—遠藤さんはどのようなタイプの人間ですか?
遠藤:
僕はどちらかといえば行動派です。もし迷っている⽅がいたら応募だけでもしてみると世界が広がると思います。
—日本では周りと違うことをするのが怖い人も多いと思います。協力隊の一歩っていうのは、ほかの国に行って一人で何かをすることじゃないですか。新しい環境に飛び込むことはどのようにとらえられていますか?
遠藤:
新しい環境に飛び込むことに僕は、ワクワクします。少しでもワクワクしたら挑戦してみてほしい。協⼒隊での経験はそのワクワクをきっと、 超えてくると思いますよ。
経歴
2016年3月 兵庫教育大学卒業
2016年4月 横浜市立長津田小学校 着任
2023年8月 JICA海外協力隊としてスリランカへ派遣
2025年3月 帰国予定
現職教員派遣制度利用
配属先:ニルワラ国立教員養成大学(マータラ県 アックレッサ)
取材日:2025年1月9日、10日
インタビュー・テキスト:Kenji

同志社大学在学中。卒業まで半年を残して大学を休学し、インターンに参加。宗教や民族問題について興味があります。インターンでは記事執筆とカメラマンで参加中。
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