楽園のイカがおいしいのは
コロナ禍が世界中を襲う前のことになりますが、米国の組織・人事コンサルティング会社マーサーは、「2019年世界生活環境調査(Quality of Living Survey)- 都市ランキング」を発表しました。
この総合調査は、多国籍企業などが海外派遣にあたり、社員の報酬を公平に決定する際の世界でも有数な指標のひとつであり、コロナ禍前までは毎年実施されていました。
調査対象の世界213都市中、南アジアでは、インドのニューデリー(162位)、ムンバイ(154位)、バンガロール(149位)を抑え、スリランカのコロンボ(138位)が最高位となりました。
タイのバンコクが133位であることを考えると、コロンボは他の非先進国への赴任者から憧れられる都市のひとつである、と言ってもよいでしょう。
国別1人当たりのGDPの高さをみても、人口38万人の観光立国モルディブを除けば、スリランカは南アジアの中では随一ですし、2019年には世界最大手の旅行誌が推薦する旅行先の第1位にも輝きました。
こうなれば、人はこの地を楽園と呼びはじめます。
さてさて、その昔、永田町界隈に幾度となくもちかけられたキナ臭い話があります。
「ある島国では良質のイカが大量に揚がるのだが、地元ではほぼ食用に供されず利用価値がなくて困っている。そこでイカの現地加工および日本への輸入ビジネスに興味がある方がいるなら、現地の大臣がぜひ面会したいと言っている。」
なんでも漁業権はすぐに用意できるらしく、すでに現地の大臣に会って前金まで支払ってきたという人々が、水産庁や商社へ接触するべく、肝煎りの代議士先生に会いに来る、という内容です。
ふたを開ければ、漁業権かパーティー券かわからないようなものをつかまされただけで、自然に頓挫しはじめる計画とともに、支払った前金もなしのつぶて、これが「スリランカのイカ」と呼ばれる永田町の伝説です。
スリランカの魚市場ではマグロ、カツオ、タイ、ヒラメ、タチウオ、エビ等がとても良い状態で簡単に手に入り、もちろん新鮮なイカも手に入ります。
内臓と軟骨を取り除いて下処理をし、そのまま食べてもよし、ラップして冷凍しておいて、常温水でやさしく解凍すればいつでもおいしいイカ刺しを味わえるのはうれしいことです。
ですが、おいしいとは思えないのがビジネスの方です。
やれ、コロンボ行き機内で隣に座った元大臣と仲良くなって名刺交換をしたとか、やれ、現地知人の夕食会に誘われて行ったら国会議員も居て大いに意気投合したとか、そういう話の絶えない国です。
大臣数は70人(閣外大臣: Non-cabinet Minister含む)ほどなので、日本の15人に比べると結構多く、両国の人口比も考慮すると、現職大臣に会えるチャンスは日本の40倍くらい高いでしょう。
ですから元○○大臣に巡り会って伝家の宝刀を手に入れたような気分になる前に、すこし冷静になってみる必要がありそうです。
ともあれ、インド洋の涙とも呼ばれるこの島国でイカに挑戦するとは、なんともロマンあふれる話ではありませんか。
小樽の網元たちは、ニシン漁で巨万の富を築きニシン御殿を建て、紀州の紀伊国屋文左衛門は、塩鮭とミカンで財を築き上げて、いずれも伝説になったのです。
このコラム、いよいよキナ臭くなってきた、というわけではありません。
永田町でマイナスイメージの伝説が出来上がったのは、海外からやってくるこの手の話で失敗、あるいは肩透かしに遭った先達が後を絶たなかったからでしょう。
リスクコントロールの観点からは、このような話にありつく前に、以下の例の通り、甲か乙かを見極めることが大切です。
1.イカ大臣は、甲)イカ管轄省庁の大臣であるか、乙)「管轄はいくつかの省庁に分かれていたはずだが、 わたしの重要な友達がすべて取りまとめるから。」と安心感は与えてくれたが、直接関係はなさそうな大臣なのか。
2.その大臣が用意したイカパートナーは、甲)日本に特にゆかりはないが、輸出入契約や実務には精通している人間なのか、乙)「自身に輸出入の知見等はないが、そういう友達をたくさん知っていて、なにより日本人パートナーとビジネスを行った(あるいは日本で働いた)経験がある。」と紹介された人間なのか。
3.イカ漁船・保管・加工設備等への投資や、漁業組合等の人的資産の確保について、甲)ある程度計画が進んでいるのを実際に確認したのか、 乙)「今度、現地ですべて案内・紹介するから、具体的に出張時期を教えてくれ。」と言われたのみか。
4.上記3の設備投資について、甲)大臣側と折半か、 乙)「まず○○百万ドルを送金してくれれば充分で、足りなくなったら大臣側で追加していくから。」と言われたか。
5.会社法を含む、広義のイカビジネス関連法について、甲)自らチェック済か、乙)「この国のルールは、この国の人間である我々がいちばんよく知っているから、あなたは心配しなくても大丈夫。」と言われたか。
6.イカ会計・税務まわりの整備、各種契約の締結について、甲)ビジネスが動き出す前に環境を整えたか、乙)「ビジネスが軌道に乗り出したら、大臣の友達の会計士と弁護士に頼むようにするから。」と言われたか。
7.そもそもイカを余らせていたという事情について、甲)現地の既存事業の調査・消費の動向調査等を行ったか、乙)「大臣側が調査報告を取りまとめている最中だから、同時並行で事業資金の送金準備をすすめてくれればいい。」と言われたか。
上記、それぞれ楽園-甲タイプについて、「こういう確認作業を行っていくのがビジネスの肝だろう。なにをあたりまえのことを。」と皆思われるはずです。
しかし、そう思われた方々の中から、また今年も一定数が、楽園-乙タイプに誘導されていくのもまた紛れもない事実なのです。
この島国が、縁があって赴任する人あるいは事業を行う人にとっての楽園である必要はあるのでしょうか。
筆者はその必要はないと思っています。
そもそも楽園とは、「そこにあるもの(例:シーギリヤ・ロック)」ではなく、ゼロからでも演出してつくり込んでいくべきものだと思いますし、それを担うことができるのは現地にいる人々です。
観光客あるいは投資を呼び込むことがこの島国の発展につながるとなれば、そのために演出のプロたちは、楽園-乙タイプの彼らと裏で喧々諤々やり合ってでも、必死に人を惹きつける舞台をつくり込んでいくのです。
そのようなイメージをもって楽園-甲タイプに徹したい現地コンサルタントのわたしたちは、今日もコツコツと入念に、お客さんたちのイカ伝票の分析に励むのであります。
(次号につづく)
執筆者:吉盛 真一郎
慶応義塾大学経済学部卒。日本・香港・スリランカ・インドにて、日系企業の経理・財務・総務業務に約14年従事。スリランカでは、ODAプロジェクトにおける山奥での現場経験や、当時のCSR業務から派生したソーシャルビジネスの起業実績もあり、経営者としてスリランカ法人の管理業務の実績を数多く積んでいる。
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スリランカビジネス歴15年の日本人コンサルタントが、現地法人の設立や会計・税務、カンパニーセクレタリーや監査に至るまで各種コンプライアンスについてのご相談・ご要望に日本語でご対応いたします。
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