山村バウラーナの長屋(ラインハウス)再生プロジェクト
スリランカ中央部にある小さな村、バウラーナ。紅茶産業の発展とともに形成されたこの村では、今もインド系タミル人が住む「ラインハウス」が連なり、独自のコミュニティが形成されています。私はこの村でのホームステイや様々な体験を通じて、彼らの生活に深く触れる機会を得ました。
目次
バウラーナ村の紹介
スリランカ中部州、標高約1,000mに位置するバウラーナ村は、19世紀に紅茶栽培が初めて導入されたデルトタ郡に属し、紅茶産業の歴史とともに発展してきた地域です。豊かな自然と青々とした田畑に囲まれ、穏やかな時間が流れるこの村では、自然と共生するための知恵が日常生活に息づいています。
コロンボからバウラーナ村までの道のり
コロンボからバウラーナ村までは、鉄道とバスを乗り継いで向かいました。使用した交通手段は以下の通りです:
• コロンボ-キャンディ間: 鉄道 (約2時間)
• キャンディ-デルトタ間: バス (約1時間半)
• デルトタ-バウラーナ村間: バス (約1時間半)
なお、バウラーナ村からデルトタを結ぶバスは1日2〜3本程度しか運行されておらず、交通の便はあまり良くありません。また、村内の道路も整備が不十分な箇所が多くあります。しかし、移動中には広大な茶畑や美しい山々の景色を楽しむことができ、徐々にバウラーナ村特有ののどかな風景が目の前に広がっていきます。
キャンディから車で向かう場合は、西回りのデルタトに向かうバスとは反対のビクトリア湖側を取って東回りで向かい、1時間半弱です。
バウラーナ村とラインハウスの歴史
バウラーナ村は、紅茶産業とその歴史を語るうえで欠かせない場所です。この村の象徴的な存在である「ラインハウス」は、植民地時代に紅茶プランテーションで働く労働者のために建てられた集合住宅であり、スリランカの紅茶産業とタミル人労働者の関わりを物語る貴重な建築物です。
ラインハウスとは
ラインハウスが建てられたのは19世紀半ば、イギリス植民地時代にスリランカ(当時セイロン)で紅茶栽培が盛んになった頃です。イギリス人プランテーション経営者たちはインド南部から多くのタミル人労働者を移住させ、過酷な条件下で茶葉の栽培と収穫を行わせました。労働者たちの住居として建てられたラインハウスは、長細い建物の中に家族単位の部屋が一列に並び、台所やトイレは共同で使用するという構造でした。この住居形態は労働者の厳しい生活環境を反映する一方、家族やコミュニティの絆を深め、タミル文化を維持する場でもありました。
NPO法人アプカスによる「ラインハウス」プロジェクト
現在でもラインハウスは多くの紅茶プランテーション地域に残されていますが、老朽化や生活環境の改善が大きな課題となっています。バウラーナ村では、NPO法人アプカスがラインハウスを再生し、地域の活性化を目指す「ラインハウスプロジェクト」を進めています。このプロジェクトは、歴史的建造物の保全だけでなく、地域ツーリズムを通じた持続可能な地域づくりを目指す取り組みです。
プロジェクトの背景
築100年を超えるラインハウスは、タミル人労働者の暮らしを象徴する建築遺産としての価値を持っていますが、貧困や若者の都市部への流出、空き家の増加など、地域の持続可能性を脅かす課題も顕在化しています。2014年には専門家や建築士による調査が行われ、ラインハウスの構造的な魅力と歴史的価値が確認されました。この結果を受け、ラインハウスを地域資源として再生し、その価値を広く発信するプロジェクトが始動しました。
プロジェクトの目標
プロジェクトの主な目標は、以下の2つです。
1. 紅茶長屋の再生
ラインハウスを歴史的建造物として修復し、その価値を再発見する取り組みです。日本の建築専門家や学生、地域住民が協力し、歴史や地域の風土に配慮した修復が進められています。また、滞在プログラムや交流イベントを通じて、建物の価値や生活文化の重要性を国内外に発信しています。
2. 地域ツーリズムによる地域活性化
修復したラインハウスを宿泊施設や交流拠点として活用し、紅茶栽培体験やタミル文化を紹介するプログラム、自然体験などを提供しています。これにより観光を通じた雇用創出や経済活性化を図り、地域住民が持続的に暮らせる仕組みを構築します。
持続可能な地域づくりへの貢献
このプロジェクトは、地域住民との協働を重視し、紅茶産業を支えた歴史を次世代に伝えるとともに、観光を基盤とした持続可能な地域づくりにも大きく貢献しています。ラインハウスは単なる建物以上の価値を持ち、タミル人労働者たちの歴史や文化を見つめ直すきっかけとなっています。
バウラーナ村のラインハウス再生プロジェクトは、過去と未来をつなぐ架け橋として、地域に新たな希望をもたらし、スリランカだけでなく世界の地域再生モデルとして注目されています。
バウラーナ村での体験
有機農業の見学
標高約1,000mに位置するバウラーナ村では、キャベツ、ジャガイモ、ビーツ、インゲンなど、低地では育てにくい野菜が栽培されています。すべての作物が有機栽培で育てられ、品質の高さが評判です。これらの有機野菜は、コロンボにある「KENKO 1st」で販売され、都市部の消費者に安心で新鮮な農産物を届けると同時に、村の経済にも貢献しています。村の農業は、自然と共生しながら持続可能な方法で発展しています。
特に印象的だったのは、非常に新鮮な野菜ばかりが揃っていることです。見学中に収穫の体験もさせていただき、その場で初めて食べた非常に小さなトマトの美味しさが忘れられません!有機農業の実践とその成果を直接感じることで、自然の恵みと農家の努力に対する理解が深まりました。
牛の役割と乳製品生産
牛はヒンドゥー教徒にとって神聖な存在とされ、村の生活において大切に扱われています。放牧はあまり行われず、盗難防止のため多くの場合、牛はつないで飼われています。村で生産される生乳は、各農家が集乳場所に運び、大手企業によって工場まで輸送されます。この仕組みによって、村の住民は安定した収入を得ることができ、村の経済基盤を支えています。
滞在中、村で搾りたての生乳を温めたホットミルクをいただく機会があり、その濃厚で自然な甘みがとても印象的でした。新鮮なミルクの豊かな風味を味わいながら、日々の暮らしの中に自然の恵みが生きていることを実感しました。
地元の家庭料理と自給自足の暮らし
滞在中、ラインハウスの住民とともに地元の食材を使った料理作りを体験しました。近くの畑で収穫した新鮮な野菜を使い、石臼でスパイスをすり潰しながら作る料理は、村の自給自足の生活を体感する貴重な機会となりました。特に印象的だった料理は、ビーツカレー、ジャックフルーツのカレー、大豆ミートの炒め物です。どの料理にもスパイスがふんだんに使われ、ココナッツが欠かせない食材として活躍しています。シンプルながらも深い味わく魅力的で、料理を通してタミル文化をより身近に感じることができました。
ホストファミリーの日常
ホストファミリーのお母さんは朝から晩まで、子どものお弁当作りや学校の準備、家事などに忙しく動き回っています。その姿から、家族のために尽くす献身的な愛情を感じました。一方で、お父さんは町で日雇いの仕事をしたり、時には海外へ出稼ぎに行くこともあります。滞在中には、離れて暮らすお父さんに子供たちが電話をして話す場面もあり、家族の絆の深さを感じました。
子どもたちは放課後、キャロムというビリヤードに似たゲームやクリケットなどを楽しみ、時には私のカメラの使い方を学ぼうと興味津々でした。箸の使い方を教えたときには、真剣に練習する姿が印象的でした。彼らの純粋さと好奇心は、村の活気そのものです。
学校訪問と壁画プロジェクト
村の学校では、朝の体操や宿題の発表を行う子どもたちの姿を見ることができました。特に印象的だったのは、NPO法人アプカスが実施した壁画プロジェクトです。2024年3月末から4月にかけて、アーティストの河野ルルさんが滞在し、住民や子どもたちと協力して壁画を制作しました。
完成した壁画には、豊かな自然の中で明るく描かれた子どもたちの姿が描かれています。壁画は、地域の希望を象徴するものとなり、学校だけでなく村全体に大きな影響を与えています。
このプロジェクトの様子は以下のYouTubeを参考にしてください。
ヒンドゥー寺院とヘナタトゥーの体験
村のヒンドゥー寺院を訪れた際、地元住民が敬虔に祈る姿から、宗教が日常生活に深く根付いていることを実感しました。また、村の女性たちにヘナタトゥーを施してもらう体験もしました。この一時的なアートは、結婚式や祝い事の際に女性を彩る大切な文化の一部であり、村の伝統を知る貴重な機会となりました。
※ヘナタトゥーとは、植物「ヘナ」の葉から抽出した天然染料を使って肌にデザインを施すボディアートの一種です。ヘナは肌に一時的に色を付けるもので、数日から数週間で自然に消えます。
バウラーナ村で得た学び
バウラーナ村で過ごした日々は、私にとって大きな学びと発見の連続でした。この村では、低地で育たない野菜を有機栽培する農業が行われており、そのすべてが手間ひまかけた丁寧な方法で育てられています。
また、紅茶産業の歴史を支える「ラインハウス再生プロジェクト」にも触れました。植民地時代に建てられた長屋を観光資源として活用しようとするこの取り組みは、村に新たな活力をもたらすと同時に、歴史と生活文化を見直す大切さを教えてくれました。村の将来を見据えたこうした努力に、持続可能な地域づくりの意義を深く実感しました。
さらに、ホストファミリーの温かなおもてなしにも心から感謝しています。彼らは、自家菜園で採れた新鮮な食材を使った料理作りや村の生活習慣を通じて、私に自給自足の暮らしの豊かさを教えてくれました。美しい星空が見える夜は特に印象的で、都会の騒音やスマホの電波がほとんど届かない静寂が、デジタルデトックスとしても好環境です。新鮮な空気や自然を感じながら、物質的な豊かさよりも家族や地域とのつながりこそが真の幸福につながるという気づきを得ました。
この村での経験は、持続可能な社会の在り方を考えるきっかけとなり、シンプルな生活の価値を再確認させてくれる貴重な時間でした。
参考資料
NPO法人アプカス,『地域開発(スリランカ) 負の建築資源を活用した地域ツーリズム振興(建築分野)』,負の建築資源を活用した地域ツーリズム振興(建築分野) – NPO法人アプカス
スリランカの自然、人、夕日が大好きです
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