【Global Japanコラム7】月明かりの影のような女性たち -満月の日に考える労務-

静寂の中で
1875年創業の老舗ホテルの4階には、コロンボ港のコンテナターミナルを一望できる古き良きレストランがあります。その入口をかすめるようにしてくすんだ色の軋む廊下を右に進むと、ほどなくWellness & Spaの立て看板に遭遇します。その受付にはいつもうら若き女性が座っています。ホテルの重厚な雰囲気にそぐわないその女性の説明を聞けば、人は思わず後ずさりしてしまうかも知れません。15年以上前から変わらない静寂の中の光景です。
筆者は2018年から2019年にかけて、コロンボ郊外のマハラガマにあるOsethmaアーユルヴェーダ専門学校コースに通っていました。コース内容は気難しい年配ドクターによる約半年間の講義と試験であり、なんとかかんとか修了することができましたが、同級生30人ほど(筆者以外はすべてスリランカ人)のうち、男性は5人ほどで大多数は女性でした。修了生たちはその後各地のアーユルヴェーダ施術院などで働くことになるのですが、すでにスパ (SPA: 美と健康の維持・回復・増進を促す施設)で施術者として働いている女性もいました。専門的訓練を施された若者が就職するスパは、Spa Ceylon やSiddhalepaに代表される、伝統医療とリラクゼーションが癒合した格式のある施設であることが多いです。しかし残念なことに、それらと同様の商号を掲げて公然と街中で営業を続けている、施設として整っていない店舗が無数に存在するのも事実です。
社会進出と法律
スリランカ国内女性の社会進出と法律のお話です。同国における女性の全労働力人口中、実際の就労率は7.7%(2023年統計)にとどまっています。数字に表れているものでは、アパレル業界の約33万人が挙げられ、同業界の全就労者数約47万人中の78%が女性で占められ、輸出額首位(2021年は全輸出額の約45%)の欧米高級ブランド衣料品の委託生産を支えています。衣料品工場にかかる労働法は、工場法(Factories Ordinance 1942) 、店舗および事務所従業員法(Shop and Office Employees Act)がこれに該当し、女性の就労条件や女性就労に必要な設備などが規定されています。
前述の女性就労率には、スリランカから中東諸国に家政婦としていわゆる出稼ぎに行っている女性の数(約13万人~15万人)も含まれており、筆者が3年間住んでいた香港において、街を席捲しているようにも見えたフィリピン人家政婦さんたち(約30万人: 2022年報告)の迫力の存在感を思い出します。外国雇用にかかる法律は 外国雇用局法(Sri Lanka Bureau of Foreign Employment Act)であり、同法上とくに女性に特化した規定等はないものの、雇用斡旋人(Foreign Employment Agency)が事前に整備しておくべき受け入れ国での就労条件について細かな規定があります。
ネオンと影
一方、就労人口統計に含まれていないであろう就労実態の報告として、同国のアーユルヴェーダ大臣による、若年層約5万人が国内のスパ施設で就労していることへの言及(2024年1月)があります。国内でスパを名乗る施設は約6,000店にものぼることも明らかにされ、同大臣は、未許可営業が横行していることに著しい懸念を示しています。本来スパは、アーユルヴェーダ局もしくはスリランカ観光局から専用ライセンスを取得する必要がありますが、町役場に簡易な事業届を行うに留めている施設が大多数存在するとされています。
国内6,000店舗という数が多いか少ないかを議論するのは難しいですが、参考までに、2024年3月に全土で営業停止となってしまったマクドナルドが国内に12店舗、すこし視点を変えて信号機の数が国内に116機(鉄道むけを除く:うち67機がコロンボ市内)、国内大手スーパー Cargills Food Cityの数が527店舗ですので、なかなかのスパの数です。24時間営業を謳っているスパのネオンも、繁華街や主要街道沿いに散見されます。
前述した労働法では、ホテルやレストランの従業員を除き、午後8時から翌午前6時までの時間帯の女性の就労は不可となっていますが、女性および青少年雇用法 (Employment of Women, Young Persons and Children Act)によると、労働局の事前承認を受けていることを条件に女性の夜10時以降の就労が認められることになっており(ただし月間10日を超えてはならない)、法律間で規定の相違があることから、女性の夜間労働が法的にしっかり擁護されているとは言えない状況です。
さらに研究機関QUT 司法センターのレポート(2023年)によると、スパ施設自体が会社登記を行っている場合にも、施術者たちの雇用契約は存在せず、つまり上記のような女性の夜間労働にかかる制限もそもそも適用されないことになります。同レポートでは、衣料品工場での一般的月収約3万ルピーに対して、スパ施設では月収20万ルピー~30万ルピーが見込めるとされ、「自己責任に基づく需給が成り立っている以上、誰も不幸にはならない。」という施術者たちからの実際の意見も吸い上げており、確かにそれはそうかも知れません。しかし、雇用や労働に大小トラブルはつきもの。いざというときの契約書類の存在、法律的な裏付けが、社会進出途上の女性たちを必ず救ってくれるのです。
満月夜
筆者の個人的意見ですが、手先が器用で、一度覚えたことは愚直なほどにやり抜く同国女性の気質は、業務の標準化・可視化を進める、あらゆる業種の日本企業にとって非常に有用だと考えています。月あかりの影のような女性たちにとって、本日ウェサック・ポヤデー(5月23日 満月の日)の夜は、明るすぎて歩けません(スパも休業)。精神的にも物理的にも健全かつ安全な女性の社会進出を、コンサルタントとしても後押ししていきたいと思います。(つづく)

執筆者:吉盛 真一郎
慶応義塾大学経済学部卒。日本・香港・スリランカ・インドにて、日系企業の経理・財務・総務業務に約14年従事。スリランカでは、ODAプロジェクトにおける山奥での現場経験や、当時のCSR業務から派生したソーシャルビジネスの起業実績もあり、経営者としてスリランカ法人の管理業務の実績を数多く積んでいる。
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住所 :No.33, Level12, Parkland Building, Park Street, Colombo02
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