バワが手掛けたスリランカ初のモダンリゾート「ジェットウィングラグーン」
ジェフリーバワが最初に手掛けたリゾートホテルが、1965年〜1966年に建設したブルーラグーンホテル(現:ジェットウィングラグーン)です。
バワのカントリーハウスであったルヌガンガは湖に突き出した半島を走る道を挟んで北側と南側に広がっていますが、ジェットウイングラグーンは、ラグーンと海に囲まれた長細い半島の真ん中を走る道を挟んで配置されています。
バンダーラナーヤカ国際空港から約16キロと、アクセスが良好ながら、自然に囲まれた静かな環境が魅力のリゾートです。
本記事では、ジェットウイングラグーンについて紹介します。
3つの初が揃う老舗ホテル
スリランカ初のモダンリゾートホテル

ジェットウィングのホームページや書籍には、ジェットウィングラグーンはスリランカで最初のモダンなリゾートホテルとして建設された紹介されています。
そこで建設年を見ていきましょう。
ブルーラグーンホテルが建設されたのは1965〜1966年です。
バンダーラナーヤカ国際空港の開港は1967年、
バワ設計のベントタビーチホテルの開業が1969年、
アルハンブラム・ホテル(現:ラマダコロンボ)の開業が1969年、
コロンボ初の5つ星ホテル「セイロンインターコンチネンタルホテル(現:ザ・キングスバリー)の開業が1973年、
などと比較しても早く開業しています。
スリランカ「初」と断定できるかは分かりませんが、黎明期に建てられた老舗ホテルであると言えるでしょう。
ジェフリーバワ初のリゾートホテル
ジェフリーバワは1957年に帰国して、学校、住宅、オフィス、倉庫を次々に建設していきます。
そして、最初にホテルの設計に取り組んだのが1961年のセイロン政府によるヒルトンホテルの1回目の誘致です。
ゴールフェイスグリーンを建設予定地としていたこの誘致は失敗に終わり、バワのプランも実現しませんでした。
1965年、セイロン政府による2回目のヒルトンホテル誘致は、現在のシナモングランドを建設予定地としたものでした。
この計画にもバワは設計プランを提出しますが、またもヒルトンの進出は実現しませんでした。
そして、1965年から建設を開始して、1966年に完成したのがブルーラグーンホテル(現:ジェットウイングラグーン)です。
1966-1967年、3回目のヒルトンホテル誘致にバワは設計プランの作成に取り組んでいますが、3回目もヒルトンの進出は実現していません。
ミルフイスン初のリゾートホテル

植民地時代のバンガローや総督の邸宅などを改装したホテルしかなかった時代に、ジェフリーバワにホテルの設計を依頼した人物はどんな人だったのでしょうか。
ジェフリーバワにホテルの建設を依頼したのは、ペリヤゴダで材木店を経営していたジェラルド・アーンシュフト・ミルフイスン(Gerald Earnstchft Milhuisen)です。
ペリヤゴダの材木商といえば、ペリヤゴダのセダワッテで材木商で財をなしたウィジェワルデナ家が有名です。
新聞社「ランカハウスニュースペーパー」を創業したD. R. ウィジェワルデナ、
ジュニウス・リチャード・ジャヤワルダナ大統領、
ラニル・ウィクラマシンハ首相、
などを輩出しているのがウィジェワルデナ家です。
ミルフイスンの材木会社は大きく成長していました。
ミルフイスンから多くの材木を買っていた一人が、建設会社を経営していたジェラミウス・クーレイ(ジェットウイング創業者ハーバート・クーレイの父)でした。
ミルフイスンは、ニゴンボラグーンとインド洋に挟まれた半島のタラヘナ(Talahena)に、ジェフリーバワに設計を依頼して、ブルーラグーンホテルを建設します。
ミルフイスンが開業した最初のホテルであるブルーラグーンホテルは、スカンジナビア人Goranが経営するチャーターツアー会社「Vingresor」から宿泊客を獲得して成功します。
ジェットウィングのホテル事業拡大とジェフリーバワ

ジェットウィングは現在、ジェフリーバワが設計したホテルを3つ経営しています。
1つ目がミルフイスンがジェフリーバワに依頼して、後にジェットウィングが買い取って改装オープンしたジェットウィングラグーンです。
2つ目がジェットウィングの創業者ハーバート・クーレイがジェフリーバワに設計を依頼したジェットウィングビーチです。
3つ目が同じくハーバート・クーレイがジェフリーバワに設計を依頼したジェットウィングライトハウスです。
それでは、以下、ジェットウィングのホテル事業拡大の歴史を見ていきます。
ミルフイスンは2軒目のホテルを、ニゴンボの北にあるパランガトゥライ(Palangathurai)に建設することにします。
この時に建設を依頼したのが、後にジェットウイングを創業するハーバート・クーレイが経営する建設会社でした。
1972年、ホテル「Seashells(現:ジェットウィングシー)」が完成します。
1973年、ホテル事業の可能性に着目したハーバート・クーレイは、ニゴンボのエスカラ(Ethukala)にブルー・オーシャニック・ビーチ(現:ジェットウィングブルー)を6室でプレオープンし、1974年には60室でグランドオープンしています。
1976年、ミルフイスンはヌワラエリヤのホテル「セント・アンドリュース(現:ジェットウィングセントアンドリュース)」を買い取ります。
1978年、クーレイがミルフイスンからSeashells(現:ジェットウィングシー)を買い取ります。
1981年、ハーバート・クーレイはジェフリーバワに依頼してエスカラに「ロイヤル・オーシャニック・ビーチ(現:ジェットウィングビーチ)」を開業。
1987年、クーレイがミルフイスンからセント・アンドリュース(現:ジェットウィングセントアンドリュース)を買い取ります。
1997年、ハーバート・クーレイがジェフリーバワに建設を依頼した「ジェットウイングライトハウス」がゴール郊外に開業しています。
このように、材木商で財を成したミルフイスンがホテル業に進出した際に、最初のホテル建設を依頼したのがジェフリーバワだったのです。
そして、ミルフイスンからホテル建設の仕事を請けたハーバート・クーレイは、それをきっかけにホテル業に進出し、スリランカを代表する旅行会社・ホテル運営会社となり、ジェフリーバワ設計のホテルを3つ経営しています。
海とラグーンに囲まれた立地
ホテルはインド洋とニゴンボラグーンに挟まれた細長い半島部分に立地しています。
レセプション

ホテルに到着すると、まずあるのがレセプションです。レセプションデスク、ベンチ、トイレがあるだけのシンプルな建物で、チェックインを済ませたら、左右の庭を通って客室に向かいます。
ホテルの顔「100mプール」
ジェットウィングラグーンの顔と言えるのが、バワが設計した100mもある大きなプールです。
ホテルのレセプションからまっすぐプールが100m伸び、その先に本館があります。
本館のさらに先にラグーンがあります。
メインレストラン「ブルーラグーン」

本館を入って正面にあるのがメインレストランのブルーラグーンです。ラグーンに面していて、風が心地良いです。
私たちが泊まった日は結婚式会場になっていて、ランチは設営準備、ディナーは結婚式パーティーで使えませんでした。

ラグーンが見えるバー「Kalapuwa」

メインレストランの奥に行くと、小さなバーがあります。穏やかなラグーンを眺めながら食事やお酒が楽しめます。
レストラン「ジェフリーズパヴィリオン」

バーのさらに奥に行き、階段を上がるとジェフリーバワの写真とジェフリーズパヴィリオンと書かれたボードが飾られています。
左に進むとレストランがあります。こちらもラグーンに面しています。

右に進むとさらに階段があり、その先はホールとなっています。
この日はウェディングで使うブーケが並べられていました。
アーユルヴェーダ&スパ

海に面したプール「The Beach」
レセプションから道を渡り、階段を上げると、そこにはインド洋を見渡せるプールがあります。

レセプション、宿泊棟、本館に囲まれた100mプールと比べて、ゆったりとくつろげるプライベート感のあるプールです。

コロンボ側を見ると、遠くにコロンボの摩天楼が見えます。

夜にこちらを訪れると、星々が綺麗に見えて、コロンボのビル群の夜景が遠くに見られます。
客室
客室のタイプは以下の5つです。
・デラックスルーム
・バワルーム
・ファミリーデラックスルーム
・デラックススイート
・バワスイート
バワルーム

庭に面しているため、バワガーデンルームとも言います。

バスルームは半屋外になっています。

ファミリーデラックスルーム
プールの横に並ぶ宿泊棟の2階の部屋に泊まりました。

部屋のドアを開けるとベットとデスクが中央に置かれた広いベットルームがあります。

プールを見下ろせる窓側に腰掛けたりモノを置くのに程よい高さに台が取り付けられています。

窓側の奥には区の字に設置されたソファーは、寝転んでしまうと、そのまま安眠してしまう快適さでした。

バスルームもとても広いです。
真中にバスタブが置かれていて、その奥の左手側にシャワーブース、右手側にトイレがあります。

デラックススイート

ラグーンに面しているレストランやバーがある本館にスイートルームはありました。
バワスイート

アーユルヴェーダ&スパがある側の中庭にバワスイートはありました。
食事
朝食はビュッフェ、ランチとディナーはアラカルトでの注文でした。(2023年12月17-18日に宿泊時)
ハーフボードやフルボードで予約している場合、前菜・メイン・デザートからそれぞれ好きに選ぶことができます。予約せずにアラカルトで注文の場合も同じメニューから好きなものを選びます。
ハーフボードで予約しましたが、ホテルの周辺にはご飯を食べる場所が近くになく、3食をホテルで食べたので、フルボードの予約で良かったと思いました。ハーフボードやフルボードとして予約した方が食事の料金は若干割安でした。
ランチ



ディナー





ジェットウィングラグーンを予約する
ジェットウィングラグーンはBooking.comから予約ができます。
Booking.comのジェットウィングラグーンのページはこちらです。
参考)
KAJA DESIGN:【スパイスが薫る家】オーナーインタビュー前篇〝スリランカ〟と〝旅する建築会社〟との出会い
SPICE UP LANKA CORPORATION (PVT) LTD Managing Director
SPICE UP TRAVELS (PVT) LTD Managing Director
「旅と町歩き」を仕事にしようとスリランカに移住。
地図・語源・歴史・建築・旅が好き。
1982年7月、東京都世田谷区生まれ。
2005年4月、法政大学社会学部社会学科を卒業後、六本木の人材系ネットベンチャーに新卒入社。
2015年6月、新卒採用支援事業部長、国際事業開発部長を経てネットベンチャーを退社。
2015年7月、公益財団法人にて東南アジア研修を担当しながら、新宿ゴールデン街で訪日外国人向けバーテンダー。
2016年7月、スリランカに初めて渡航し、法人設立の準備を開始。
2017年1月、SPICE UP LANKA CORPORATION (PVT) LTDを登記。
2017年2月、スリランカ情報誌「スパイスアップ・スリランカ」創刊。
2018年2月、スリランカ観光情報サイト「スパイスアップ」開設。
2019年11月、日本人宿「スパイスアップ・ゲストハウス」オープン。
2020年8月、ニュースレターの配信を開始。
2020年10月、WAOJEコロンボ支部立ち上げ初代支部長に就任。
2023年2月、スリランカ日本人会理事・広報部長に就任。
2025年6月、SPICE UP TRAVELS (PVT) LTDを登記。
渡航国:台湾、韓国、中国、ベトナム、フィリピン、ブルネイ、インドネシア、シンガポール、マレーシア、カンボジア、タイ、ミャンマー、インド、スリランカ、モルディブ、アラブ首長国連邦、サウジアラビア、エジプト、ケニア、タンザニア、ウガンダ、フランス、イギリス、アメリカ
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