バワが手掛けた音楽家の邸宅「デサラムハウス」
2019年より公開されているデサラム邸(De Saram House)は、コロンボの宿泊できるジェフリーバワ建築として知られるようになってきました。
デ・サラム・ハウスは、1986年にジェフリー・バワが改装を手掛けたドーヴィ・デ・サラムの自宅です。
デ・サラム家は植民地政府の現地高官を務めた名家で、現代ではスリランカに出自を持つ音楽一家として知られています。
2019年の公開に当たり、デ・サラム・ハウスの修復・改装を手掛けたのはアミラ・デ・メルです。
アミラデメルは、ジェフリー・バワ事務所で働き、ヘリタンスカンダラマ、ジェットウイングライトハウスにも関わった女性建築家です。
本記事は、2021年に行われたアミラデメルによるオンラインツアー、2023年に開催されたアミラデメルによる現地ツアー、ニュースメディアや他のウェブサイトの情報を参考にデサラムハウスについて解説しています。
デ・サラム家とは?
植民地政府高官を務めたデ・サラム家
デ・サラム家は、オランダ領ゼイラン、イギリス領セイロンで副総督に当たるマハ・ムダリヤールを務めた名家です。
その始まりは、オランダ領ゼイラン・キャンディ王国時代の1731年~1732年に、オランダ外交使節団のキャンディ王国訪問に同行して通訳を担ったことからと言われています。
デ・サラム家は、オランダのプロテスタントに改宗し、オランダ東インド会社領内でのポジションを築き、イギリス統治時代になると、イギリス国教会に改宗し、引き続き、マハ・ムダリヤールの地位を維持。
デ・サラム・ハウスの家主であるドーヴィ・デ・サラムの曾祖父はイギリス領セイロンの4代目マハ・ムダリヤールとして活躍し、その肖像画がデ・サラム・ハウスのミュージックルームに飾られています。

デラニヤガラ家、オベイセケラ家、デ・サラム家
ジェフリー・バワの最初の建築作品であるデラニヤガラ邸を依頼をした人物が、動物学者でセイロン国立博物館(現在のコロンボ国立博物館)館長を務めたパウルス・エドワード・ピエリス・デラニヤガラです。
パウルスの父ポール・エドワード・ピエリス・デラニヤガラはイギリス王室からナイトの称号を得た歴史学者で、妻ヒルダ・オベイセケラ・ピエリスとともに、ガンパハ県パシヤルに邸宅「ヌゲドラ・ワラウワ」を建設しています。
ヒルダ・オベイセケラ・ピエリスは、最後のマハ・ムダリヤールであったジェームス・ピーター・オベイセケラ2世の妹です。
この二人の間に生まれたのが長男パウルス、次男が43グループの創設メンバーであるジャスティン・ピエリス・デラニヤガラ、三男が弁護士で下院事務官・国務院事務官を務めたラルフ・セントルイス・ピエリス・デラニヤガラ、長女がダンサー・詩人のミリアム・ピエリス・デラニヤガラです。
長女ミリアム・ピエリス・デラニヤガラが結婚した相手が、4代目マハ・ムダリヤールの孫であるロハン・デ・サラムです。
ジェフリー・バワが建築を学びにイギリス留学する前から建築の依頼をしたパウルスの妹ミリアムと、その夫のロバート・デ・サラムはジェフリー・バワと友人でした。
ロバート・デ・サラムとミリアムの間に生まれたのが、ジェフリー・バワが授与された国民栄誉賞デシャマニャを同様に授与され著名チェリストの長男ロハン・デ・サラム、フォトグラファーの次男スカンダ・デ・サラム、ロンドン在住のピアニストである三男ドーヴィ・デ・サラム、長女ニロー・デ・サラムです。
デ・サラム・ハウスは、ミリアムがピアニストの三男ドーヴィ・デ・サラム一家に北側の敷地と家を与えたのが始まりです。
デ・サラム・ハウスは旗竿地になっていますが、南(ワードプレイス)側の隣の家は母ミリアムの家で、こちらの改装を手掛けたのもジェフリー・バワです。
南インドは末子相続とも言われますが、ミリアムは4人兄弟姉妹の末っ子であり、母方のオベイセケラ家の資産を相続したそうです。ドーヴィ・デ・サラムも4人兄弟姉妹のうちの3人目で、土地の一部をもらったのかもしれません。
デ・サラム・ハウスのミュージックルームには、伯父ジャスティン・ピエリス・デラニヤガラが創設メンバーである43グループ作品や、コロンボ博物館館長を務めた伯父パウルス・エドワード・ピエリス・デラニヤガラのマスクのコレクションなどが飾られています。
ジェフリー・バワはスリランカの芸術家・実業家・政治家などの社交界の人たちの邸宅を多く手掛けていますが、その最初の作品が一つがデラニヤガラ邸であり、妹のミリアム邸、ミリアムの息子のデ・サラム邸と手掛けたのでした。
ドーヴィ・デ・サラムの兄ロハン・デ・サラムはクラシック音楽と現代音楽の著名なチェリストであり、兄とのコンサートのポスターや、ドーヴィ・デ・サラムのコンサートのポスターがミュージックルームの廊下に飾られています。

ドーヴィ・デ・サラムの長女マンディラはバイオリニスト、次女のラディカはクラシックのバイオリニスト及びジャズのベーシストとして活躍しています。
長女マンディラのポスターも廊下に掲示されています。

ちなみに、ロハン・デ・サラムの長女(ドーヴィの姪)ソフィアはオベロン交響楽団で、長男(ドーヴィの甥)スレンはバンド「ボンベイ・バイシクル・クラブ」のドラマーとして活動しています。
デ・サラム・ハウスの解説
高級住宅街の旗竿地

ワードプレイス沿いのゲート。バワ設計のライトが左右に設置されている。
デ・サラム・ハウスは、コロンボ随一の高級住宅街であるコロンボ7に位置しています。
コロンボ7は各道路に街路樹が植えられ、建物に高さ制限がある特殊なエリアです。
コロンボ7において、最も北側を東西に走るワードプレイス沿いのみ高層建築が許可されており、ホテル「ジェットウィングコロンボ7」、レジデンス「The Grand」などが建っています。

ミリアム・ピエリス・デラニヤガラ邸
このワードプレイスにデ・サラム・ハウスに通じるゲートがあり、ドーヴィ・デ・サラムの母の家を左に旗竿地の竿の部分である細長い通路を通ると、デ・サラム・ハウス専用のゲートに辿り着きます。
ちなみに、ワードプレイスの名は、イギリス領セイロン総督のヘンリー・ジョージ・ワードに由来します。
前庭

ゲートを入ると前庭があります。
デ・サラム・ハウスには大きな庭が2つと、小さな庭が2つありますが、建物は庭を囲むように作られています。
上の写真はワードプレイス側を向いて撮影したもので、左側がゲート、右側がミュージックルーム。

ブーゲンビリアの花の先にミュージックルームの2階にあるフラットも見えます。

オレンジ色の壁が印象的です。

ダイニングの手前には池があります。

ガレージ

ゲート正面の建物の一階がガレージです。二階は次女ラディカの部屋です。
リビング棟の入口

奥に行くと、次女ランディラの部屋への階段とリビングルームがあります。
左に進むと、ダイニングや母屋につながっています。
次女ラディカの部屋

ガレージの上にあるのが次女ラディカの部屋です。Thaala Bentatoの階段に似ているブラック&ホワイトの階段を上がっていくと部屋があります。

部屋からは前庭を見下ろすことができます。
リビングルーム

ガレージの奥には、後庭に面した壁のないリビングルームがあります。いかにもジェフリーバワ的です。
後庭

母ミリアム・ピエリス・デラニヤガラが住んでいた時からあるという大きなジャックツリーが目をひきます。

母屋の壁は、前庭の壁のように、明るい色で塗られています。
ガレージと母屋を繋ぐ廊下


ダイニングにつながるドアは格子になっています。

母屋の廊下

ドゥルヴィとシャルミニの寝室と、長女マンディラの部屋を繋ぐ廊下。天井のライトはバワが設計したもの。

ドゥルヴィとシャルミニの寝室

メザニーンがあり、天井が高いのが特徴です。

廊下があるため、後庭側の壁は窓がありません。そのため、光が入らないので、メザニーン階に採光窓を設置したそうです。

ダイニング側には格子が設置されたドアがあり、窓にもなるようになっています。

壁にはドゥルビ・デ・サラムが所有していたラキ・セナナヤカの絵が飾られています。

メザニーン階に上がる階段は、バワ建築でよく見られるシンプルで直線的な階段です。

バーバラ・サンソーニによるファブリックが白い壁にアクセントを添えています。

メザニーン階の柱が凝っています。

メザニーン階にも、ゲートにあったバワ設計のライトが設置されています。棚の横にある扉は、奥の長女マンディラの部屋につながるドアです。

バスは白が基調になっています。天窓があり、光が差し込みます。

バスルームは通気性と採光のために、廊下に平行して、細いコリドーが作られています。

ここにもバワデザインの照明が取り付けられています。
長女マンディラの部屋

長女マンディラの部屋は奥の後庭とガラス窓で面しています。

私が個人的に好きな場所が、この部屋の階段です。

ドゥルヴィとシャルミニの寝室の階段は反対側、後庭側から反対側に登っていくように階段が設置されています。
手すりのライトと、手すりの形に合わせた窓が印象的です。

この部屋にも大きなファブリックが飾られています。

バスルームの入口にある鏡の上には天窓があります。


ドゥルヴィとシャルミニのバスルームは白一色ですが、長女マンディラのバスルームは壁のオレンジ、床の黒いタイルがアクセントになっていて、オシャレです。

こちらのバスルームにも通気用のコリドーがあります。
ダイニングルーム

前庭から光が入ります。アミラ・デ・メルさんは、このダイニングがこの建物の最もチャーミングな場所の一つだとお話されていました。

壁にはラキ・セナナヤケの作品と、バワ設計の円柱形のライトが設置されています。

後庭側は格子で光が入ってきます。

すだれのストッパーもバワがデザインした丸みを帯びた形。
ミンスター・ギャラリー

ダイニングの前庭の反対側には、小さな中庭と階段があります。
これはデ・サラム夫妻はウォータータンクを上に設置したいとバワに依頼し、バワはそこに階段をつけたそうです。
階段があることで、子どもの遊び場になったとのこと。
また、階段の上のバルコニー部分にミュージシャンを呼んで、演奏してもらってもいいのでは?という提案もしたとか。

ミュージックルームへの廊下

廊下の壁にはデ・サラム家の人たちのコンサートのポスターが掲示されています。

立派な箱。
ミュージックルーム

グランドピアノが置かれたミュージックルーム。

廊下から入口を入ると、43グループの絵画作品、伯父ポール・デラニヤガラのマスクのコレクションが並んでいます。

灰皿でしょうか。

可愛いテーブル。

絵画や本が置かれています。

前庭側には大きな白い本段があります。

本棚の向かいにはソファー。

ガラスの窓とドアからは前庭が見えます。
フラット

ミュージックルームの奥にはフラットに続く階段があります。

階段の横にはバワがデザインした椅子がいくつか並べられています。

イギリスに移住したデ・サラム夫妻はデ・サラム・ハウスを貸し出しましたが、戻ってきた際の滞在場所として、母の家と隣接したこの建物の二階を使っていたそうです。

そのため、大きなバスルーム、パントリー、ウォッシングマシーンなどがあります。
デサラムハウスの見学について、またコロンボの他のバワ建築はこちらから
参考)
the Sunday TIMES:Restoring a home, regaining a bit of history
sri lanka by ish:A song for Geoffrey
Discogs:Drubi de Saram
HIGHRES AUDIO:Rohan de Saram
Wikipedia:Rohan de Saram
the Sunday TIMES:She enriched everyone’s lives
the Sunday Times:Miriam de Saram: Not a mere wanderer
Wikipedia:Bombay Bicycle Club
Mandhira de Saram公式サイト
The Harrison-Frank Family Foundation (UK) Ltd:Radhika de Saram
Hot Vox:Radhika de Saram
Wikipedia:Ceylonese Mudaliyars
Wikipedia:Maha Mudaliyar
Every Story:‘I am not me on my own’ — Amila de Mel on her trek through architecture and other uncharted paths
Wikipedia:’43 Group (art collective)
Wikipedia:Paul Pieris
Wikipedia:Paulus Edward Pieris Deraniyagala
Wikipedia:Justin Pieris Deraniyagala
Wikipedia:Ralph St. Louis Pieris Deraniyagala
Wikipedia:Colombo National Museum
Wikipedia:James Peter Obeyesekere II
SPICE UP LANKA CORPORATION (PVT) LTD Managing Director
SPICE UP TRAVELS (PVT) LTD Managing Director
「旅と町歩き」を仕事にしようとスリランカに移住。
地図・語源・歴史・建築・旅が好き。
1982年7月、東京都世田谷区生まれ。
2005年4月、法政大学社会学部社会学科を卒業後、六本木の人材系ネットベンチャーに新卒入社。
2015年6月、新卒採用支援事業部長、国際事業開発部長を経てネットベンチャーを退社。
2015年7月、公益財団法人にて東南アジア研修を担当しながら、新宿ゴールデン街で訪日外国人向けバーテンダー。
2016年7月、スリランカに初めて渡航し、法人設立の準備を開始。
2017年1月、SPICE UP LANKA CORPORATION (PVT) LTDを登記。
2017年2月、スリランカ情報誌「スパイスアップ・スリランカ」創刊。
2018年2月、スリランカ観光情報サイト「スパイスアップ」開設。
2019年11月、日本人宿「スパイスアップ・ゲストハウス」オープン。
2020年8月、ニュースレターの配信を開始。
2020年10月、WAOJEコロンボ支部立ち上げ初代支部長に就任。
2023年2月、スリランカ日本人会理事・広報部長に就任。
2025年6月、SPICE UP TRAVELS (PVT) LTDを登記。
渡航国:台湾、韓国、中国、ベトナム、フィリピン、ブルネイ、インドネシア、シンガポール、マレーシア、カンボジア、タイ、ミャンマー、インド、スリランカ、モルディブ、アラブ首長国連邦、サウジアラビア、エジプト、ケニア、タンザニア、ウガンダ、フランス、イギリス、アメリカ
# 関連キーワード
新着記事
-
スリランカのサイクロン影響と最新状況|観光・鉄道【12月4日・随時更新...
スリランカを襲ったサイクロンにより発生した洪水・地滑りで、犠牲になられた方々に哀悼の誠を捧げるとともに、御遺族に対し謹んでお悔やみを申し上げます。被害に遭われた方々の早期の御快復をお祈りし、心よりお見舞い申し上げます。 …
2025年12月01日 -
スパイスアップスリランカ【デジタル版】|vol.19 アルガムベイ特集
目次1 スリランカ唯一の日本語情報誌『スパイスアップ・スリランカ』デジタル版を公開!2 2025年10月発行 vol.19「アジア屈指のサーフスポット 東海岸アルガムベイ」特集号2.1 vol.19目次3 vol.19デ…
2025年11月20日 -
ウナワトゥナのブティックホテル「Sergeant House」|ゴール...
スリランカ南海岸・ウナワトゥナのブティックホテル「Sergeant House(サージェント ハウス)」は、19世紀の邸宅を改装したプライベートな隠れ家。風の通るテラス、緑に包まれたプール、そしてわずか5室の上質な客室が…
2025年11月03日
