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【現地レポート】「小さな成功体験」が未来を耕す。トリンコマリーで進む川瀬さんのコンポスト・プロジェクト

2026年5月12日

2026年5月、スリランカ東部のトリンコマリーを訪れ、ピースウィンズ・ジャパンのスリランカ事務所代表、川瀬葉子さんの活動に同行させていただく機会を得ました。2017年からトリンコマリーに赴任し、農業を通じた生計向上支援に取り組んできた川瀬さん。現在は8つの村で、身近にある資源を活用した「コンポスト(堆肥)作り」のトレーニングを行っています。中東情勢の影響による原料輸入ルートの混乱で化学肥料が高騰する中、この取り組みは現地の農家の暮らしを左右する重要なプロジェクトです。

「そこにあるもの」を価値に変える

コンポストに使用する植物たち

トリンコマリーや周辺の村を歩くと、牛やヤギをたくさん見かけます。時には象の姿を目にすることもあるそう。川瀬さんが目を向けたのは、こうした「当たり前に存在する環境」でした。

スリランカの従来のコンポストは品質にムラが出やすいという課題がありました。牛やヤギなど周辺に当たり前にいる家畜の糞尿や、本来は堆肥化が難しいとされる生の葉も、トリンコマリー特有の高い温度と湿度をうまく活かすことで、これらを独自のコンポスト作りに取り入れました。

例えば、これまで活用されてこなかった「牛の尿」も肥料などの材料として取り入れています。この取り組みを始めたところ、現地での取引価格が一気に跳ね上がったといいます。「○○がないからできない、とは絶対に言わせない」という川瀬さんらしい、現地の資源を再定義し、新しい価値を生み出すアプローチです。

周辺に豊富に生い茂るこの葉。
茎と葉に手で分ける作業を、川瀬さんと現地のみなさんと実際に一緒に体験させていただきました。

バナナの茎のカッティング作業。
丸太のような太い茎を、現地の男性たちが力強く切り分けていきます。

現地に寄り添う、伝え方へのこだわり

タミル語で生き生きと語りかける川瀬さん

トレーニングの現場で印象的だったのは、川瀬さんが現地のタミル語で生き生きと語りかけ、誰にでも分かりやすい言葉で説明する姿です。

「専門用語を使って難しいと感じさせてしまったら、内容を覚えてもらえない」と語る川瀬さん。発酵のメカニズムを「お腹の状態」に例えて説明するなど、現地の人がイメージしやすい表現を徹底しています。また、説明の「後」に資料を渡すのも川瀬さんのこだわりのひとつ。まず話をしっかり聞いてもらい、その上で資料を手元に残す。より深く学んでもらうための工夫です。

そして、指示を出すだけでなく、自らも土に触れ、仕事をする背中を見せながら現地の方々と積極的に交流し、信頼と主体性を引き出す。宗教や民族ごとの文化や慣習を深く理解し、村の人たちと話す。その特性を把握した上で、それぞれに合わせたアプローチをされているのも、長年の経験があってこそ。今回訪れた村は男性が農業を担い、女性が家を守るという文化的背景があり、参加者のほとんどが男性でしたが、川瀬さんはその場の雰囲気に自然に溶け込み、和やかにトレーニングを進めていました。

良い状態の土と、そうでない土の違いを川瀬さんが丁寧に説明

ピースウィンズ・ジャパンのスタッフによる、プロジェクト内容の説明の様子

説明後に配布されるタミル語の資料。
図解入りでわかりやすく工夫されています。

「小さな成功体験」が意欲を育てる

川瀬さんは現在、内容の異なる4種のトレーニングをそれぞれ3回ずつ、計12回を1セットとして一つの村で行っています。

当初は同じプログラムを繰り返していなかったそうですが、家族の中でも毎回違う人が参加したり、家の事情で参加できなかったりと中々思うように参加者の知識が積み重ならず、前に進めなかったといいます。一人でも多くの人に確実に知識を届けるための答えが、この計12回というプログラムでした。

さらに徹底しているのが、日本から持ち込んだ温度計による管理です。毎日の温度変化をWhatsAppのグループでそれぞれの村と川瀬さんたちで共有し、現地の方々も成果を自分の目で、数値でしっかりと確かめられます。

「温度が上がるのは、コンポストがうまく発酵している証拠。その変化を見ることが、彼らにとっての成功体験になり、次の意欲へと繋がるんです。」

実際、訪問時に作ったコンポストは、翌日に撹拌してからわずか5時間後に70℃まで温度が上昇したとの連絡が届きました。この目に見える成果の積み重ねが、村の人々の表情と、より良い作物づくりを変えていきます。

コンポスト作りの様子。
若い人よりも年長者の方が率先しているとのこと。

完成したコンポストに黒いカバーをかぶせて寝かせます。
ここからじっくりと発酵が進みます。

翌日、川瀬さんより70度まで温度が上がった!と送っていただいた写真

常に学び、寄り添い続ける姿勢

コンポスト作りが一段落した後も、川瀬さんの手は止まりません。
農地のpH(酸性度)を測定し、収穫への影響を細かく分析すると、酸度が高いことが判明。肥料の与えすぎによって土の酸度が上がり、葉が縮んでしまった唐辛子畑では、その原因が酸度の高い水にあることを突き止め、すぐさま灰を混ぜた水を散布する対策を試行。実際に酸度が下がる効果も確認されました。

㏗が低い畑

肥料の与えすぎで葉が縮んでしまった唐辛子

原因究明のために、すぐさま村の人たちと話し合う川瀬さん

帰りの車中でも、さらに深い原因を探るため熱心に検索を続ける川瀬さん。
その飽くなき探究心に圧倒されながらも、行き帰りの道中では2025年11月末から12月初頭にかけてスリランカを襲ったサイクロン「ディトワ」による被害の爪痕についても教えていただきました。複雑に入り組んだ川が流れるトリンコマリーの地形上、内陸部から流れ着いたゴミがたどり着き、有刺鉄線に絡まり、今もあの日の被害を静かに語りかけるように残る光景。その言葉のひとつひとつから、この土地と人々への深い愛着と敬意が伝わってきました。

知識と経験だけでなく、この土地と人々を深く愛し、尊重しながら活動し続ける川瀬さん。その姿は、関わるすべての人の背中をそっと押してくれるようでした。

2026.05 トリンコマリー近くの村にて

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川瀬さんのこれまでの活動や思いについては、こちらのインタビュー記事にてぜひご覧ください。

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