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アジア開発銀行(ADB) スリランカ事務所長 葛野高文氏インタビュー|経済再建の舞台裏

2025年12月23日

アジア開発銀行(ADB)のスリランカカントリーディレクターは日本人の葛野高文氏が務めている。難しい局面から始まったスリランカでの2年間についてお話を伺った。

重責の中で続けた、シナリオ分析の日々

私が着任したのは2023年7月、国際通貨基金(IMF)プログラムがすでに始動した後のタイミングでした。ガソリンスタンドにできていた長蛇の列や、大規模停電、連日の抗議デモといった“最も厳しい局面”は過ぎていましたが、経済は依然として極めて不安定で、先行きが不透明でした。

外貨準備高は低水準にあり、債務再編もようやくスタートラインに立ったばかり。政府が本当に改革をやり切れるのかどうか、最初のIMFレビューが行われた2023年12月までは、常に緊張感を持って状況を見つめていました。当時、債務再編が完了するまで二国間援助は動けず、実質的に支援できるのはADB、IMF、世界銀行のみ。責任の重さを強く感じていました。

私自身、スリランカを訪れるのはこの赴任が初めてでした。政府関係者や事務所のスタッフから積極的に話を聞き、この国の制度や歴史、経済構造を学びながら、常に複数のシナリオを頭に描いていました。「もしこうなったら、次に打つ手は何か」。そうした分析を、ほぼ毎日のように繰り返していました。

経済成長率がプラスに転じた2024年

2022年にマイナス7.3%まで落ち込んだGDP成長率は、2023年にマイナス2.3%、そして2024年には5.3%へと大きく改善しました。この急回復は、前政権による痛みを伴う改革の成果が大きかったと思いますし、ADBとしても、その一端を担えたことには大きな達成感があります。

一方で、この時期は政治的な不透明感も高まっていました。野党からはIMFプログラムの見直しを示唆する発言が相次ぎ、どこまで本気なのかを見極める必要がありました。そのため、私たちは政権与党だけでなく、野党とも事前に対話を重ねてきました。

結果として、新政権発足後も財務省事務次官や中央銀行総裁が続投し、改革の継続性が確保された点は、非常に前向きな材料でした。

輸出拡大とFDI誘致――成長の鍵は制度改革にある

2024年3月、ADBは5か年計画「カントリー・パートナーシップ・ストラテジー」を発表しました。 公共財務管理とガバナンス、民間セクター、公共サービスの三つを柱に、スリランカの経済再建と持続的成長を支援していく戦略です。

コロンボ港の開発は、ADBが長年支援してきた分野です。スリランカは地理的に大きな優位性を持っていますが、透明性の向上、手続きの迅速化、施設の近代化など、サービスの質をさらに高める必要があります。

加えて制度面の課題もあります。スリランカ港湾局(SLPA)は規制機関でありながら、民間投資が入るターミナルの株主でもあり、競合する東コンテナターミナル(ECT)を100%所有しています。こうした構造では投資は呼び込みにくい。海外直接投資(FDI)を増やすには、時代に合わなくなった法律を近代化し、予見可能で公正なルールを整えることが不可欠です。

民間セクターへの期待

民間企業の活力も非常に重要です。 MAS、ブランディックス、ヒルダラマニといったアパレル企業の努力によって、スリランカはエシカルな生産拠点として国際的なブランドを築いてきました。彼らはすでに海外にも工場を展開しています。将来的な投融資の可能性も見据え、私たちはスタッフとともに、こうした優良企業を積極的に訪問しています。

一方で、相対的なコスト上昇を理由に撤退した外資系企業もあります。政府は15ある輸出加工区(EPZ)を拡充しようとしていますが、本来はEPZに限らず、スリランカ全土が投資しやすい環境であるべきです。 内需が限られるスリランカにとって、輸出とFDIは成長の生命線であり、後発国として投資を呼び込むには、抜本的な改革が求められています。

テックスタートアップという新しい可能性

最近、私が注目しているのがスタートアップ、特にテックスタートアップです。 スリランカでは毎年およそ30万人の高度人材が国外に流出しています。しかしその一方で、国内にいながら世界を相手にサービスやソリューションを提供している若者も確実に存在します。

そうした人材をどう育て、どう支えていくか。ADBは政府だけでなく民間企業にも融資を行いますが、まだ大きな収益を上げていないスタートアップをどう支援できるのか、試行錯誤を続けています。難しさはありますが、非常にやりがいのあるテーマです。

インクルーシブな成長へ――女性・農業・観光への投融資

インクルーシブな成長を実現するうえで、女性の経済参加の拡大は重要な課題です。スリランカの女性の労働参加率は約3割と低く、これを引き上げるための制度整備を進めています。担保を持たない女性でも金融アクセスを得られるよう、融資の一部を保証する「ナショナル・クレジット・ギャランティー・インスティテューション」を設立しました。

また、農業改革も欠かせません。人口のおよそ4分の1が農業に従事している一方で、GDPへの貢献度は8%にとどまっています。生産性と付加価値を高めることで、農業を「生計維持型」から「成長産業」へと転換していく必要があります。 私たちはジョン・キールズへの投資も行っていますが、その理由の一つが、フードセキュリティに関わるサプライチェーンの中で重要な役割を果たしている点です。農家の方々にもその恩恵が広がることを期待しています。

観光もまた、インクルーシブな成長を支える重要な分野です。地元のコミュニティが恩恵を受けられる、持続可能な観光産業を育てていく必要があります。 先日、観光副大臣と、イベントやスポーツ大会の開催・誘致を通じて地域経済を活性化させる可能性について意見交換をしました。アルガムベイのサーフィン、カルピティヤのカイトサーフィン、丘陵地帯のトレイルなど、スリランカには分野ごとに国際的にも知られたデスティネーションがあります。

治安の良さという強みを生かし、ナイトマーケットのような都市型・地域密着型の観光コンテンツを広げていくことも有効でしょう。観光を通じて、地域に雇用と収入が生まれ、若者や女性が活躍できる場が広がる、そうした好循環を生み出すことが、インクルーシブな成長につながると考えています。

開発金融を志したきっかけ

大学進学時は「街づくり」に強い関心を抱いていました。1997年頃は、関西国際空港のような象徴的な大型インフラが次々と完成していた時代でした。「構造を理解した人が、こんなにもすごいものをつくるのか」と感銘を受け、土木工学科へ進学しました。

一方で、構造計算そのものよりも、アーチの曲線や人の歩きやすさ、美しさのバランス、黄金比といったデザインの要素に心を惹かれ、専攻は景観工学を選びました。

大きな転機となったのは、大学院時代に偶然受講した「途上国開発論」の講義でした。元ADB職員の教授が担当し、英語で行われるその授業には留学生が多く集まっていました。その中で紹介されたのが、一般財団法人国際開発機構(FASID)が春休みにタイで実施する研修でした。

研修には、日本全国から集まった20名ほどの熱意ある参加者が集い、強い刺激を受けました。タイの農村で暮らしに寄り添いながら話を聞く中で、「ここに小さな灌漑があれば、村の人たちの生活は大きく変わるかもしれない」と実感しました。「自分が本当にやりたいのはこれだ」と、はっきりと感じた瞬間でした。

進路について大学の教員に相談すると、「まずは現場で経験を積むべきだ」と助言を受け、建設コンサルタント会社に就職しました。水力発電事業を担当していく中で、その国における水力発電の位置づけが見えてきて、より上流の計画や案件形成に関わりたいと思うようになっていきました。

開発金融への関心が明確になったのは、2004年のスマトラ島沖地震後、インドネシア・バンダアチェで復興支援に携わったときでした。各国・各機関から多くの支援が入る一方で、現場では調整が追いつかず混乱も生じていたことから、「交通整理役」として多様な機関との方々と話していく中で、中長期的な視点で復興を描く銀行系国際機関の重要性を意識するようになりました。ものづくりをバックグラウンドに持つ自分には、開発金融という立場がとてもしっくりきました。

その後、ADBに転職し、世界銀行シンガポールオフィスでの勤務を経て、再びADBに戻りました。その節目ごとに、挑戦を後押ししてくれる人が必ずいました。そして、スリランカでもかけがえのない出会いと経験に恵まれました。スリランカは開発ニーズが非常に幅広く、経済成長が軌道に乗り始めたまさに「これから」という段階でやるべきことがたくさんあります。このタイミングで次の赴任地へ向かうことに、正直なところ後ろ髪を引かれる思いもあります。 スリランカで出会い、関わったすべての皆さんに心から感謝しています。(2025年10月28日 ADBスリランカオフィスにて)

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