Spice Up 観光情報サイト スリランカ観光・情報サイト

ココヤシ・キトゥルヤシ・アラックについて理解が深まる『ヤシ酒の科学』濱屋悦次 著

2021年3月16日

スリランカには、ヤシの樹液から作るヤシ蜜・ヤシ糖・ヤシ酒、ココヤシの種子から作るココナッツミルク・ココナッツウォーター・ココナッツオイルなど、ヤシの木から取れるものが食卓によく出てきます。

その名前は英語やシンハラ語で呼ばれ、スリランカには主なヤシの木が3種あるため、混乱してしまうところがあります。

そんな中、今回ご紹介する 濱屋悦次著『ヤシ酒の科学』ココヤシからシュロまで、不思議な樹液の謎を探る 批評社 を読む、ヤシがスリランカを含む熱帯地域で広く活用されていること、ヤシが生活に密着した植物であること、ヤシ蜜・ヤシ糖・ヤシ酒がどのように作られているのかが分かります。

本記事では、こちらの本を参考に、「ヤシ類の種類」、ヤシ樹液から作られる「ヤシ蜜」「ヤシ糖」「ヤシ酒」について整理しています。

シンハラ語を覚えることもできますので、是非ご覧ください。

ヤシ(パーム)とは?

熱帯地方を中心に亜熱帯から温帯にかけて分布している植物で、種子が食用・オイル・ミルクに、芽が食用に、樹液が砂糖・酢・酒に、果実の繊維や殻が食器や建材などと、実用価値が高い植物として使われてきました。

英語名のパーム(Palm)は、ラテン語のpalma(手のひら)に由来し、葉が手のひらのように広がっていることから付けられた名前と言われています。

ヤシの葉は古代オリンピックでは、優勝者にヤシの枝が授与され、勝利を象徴していました。

イエス・キリストがローマ軍に捕らえられ、エルサレムに入場した日は、別名「Palm Sunday」と呼ばれますが、これはイエス・キリストこそ勝利者であるとして、イエス・キリストが連行された道にヤシの枝を投げたことに由来します。

主なヤシ類

ヤシ類が自生している中南米、アフリカ、アジアではヤシ酒が昔から飲まれていたようですが、現在、世界で最もヤシ酒作りを行っているのがスリランカです。

ヤシ酒はヤシ樹液から作られますが、スリランカで樹液が利用されているヤシは主に3種類あります。

樹液が使われる3種の生育地の違い

ココヤシ:南西〜南部の海岸地帯に生育
キトゥルヤシ:南西部多雨地帯の山間部に生育
パルミラヤシ:北部乾燥地帯に生育

開花・結実の違い

開花・結実において2つのタイプがあります。

プレオナンシック(ポリカーピック):寿命のある限り栄養生長を続けながら何度も開花・結実を繰り返す
ハパクサンシック(モノカーピック):ある時期がくると栄養生長が止まって開花・結実し、枯死する

ココヤシはプレオナンシック
キトゥルヤシはハパクサンシック

ココヤシ

スリランカでは、ココヤシが最も多くヤシ酒(醸造酒のトディー、蒸留酒のアラック)に用いられます。

ココヤシの種子が「ココナッツ」、種子の内部の胚乳を絞ったものが「ココナッツミルク」、胚乳からオイルだけを取り出したものが「ココナッツオイル」と呼ばれます。

種子の中心部には液体が入っていて、これをココナッツウォーターあるいはココナッツジュースと言います。
これを発酵させて固める(ゲル化する)と、フィリピンの伝統食「ナタ・デ・ココ」になります。

新芽の内側は野菜になり「ハート・オブ・パーム」と呼ばれ、中南米、フランス、ベルギー、イタリア、スペイン、アメリカなどで食べられています。
ココヤシ以外にもアサイー、チョンタドゥーロ、サバルなどのヤシの芽が、ハート・オブ・パームとして食されています。

ココナッツは「ココナッツファイバー」あるいは「コヤ」と呼ばれる繊維に覆われています。
ココナッツファイバーは、たわしや縄、ほうきなどの原料に使われています。

ココナッツの殻は皿や容器としても活用されています。

キトゥルヤシ

キトゥルヤシから作るヤシ蜜・ヤシ糖が最も味が良いとされるため、樹液はヤシ酒ではなく、主にヤシ密・ヤシ糖になります。

キトゥルヤシの蜜を、英語で「キトゥル・シロップ」、あるいは「キトゥル・ハニー」と呼び、シンハラ語では「キトゥル・パニ」と言います。

キトゥルヤシ蜜は、水牛のヨーグルト「ミー・キリ」にかけてよく食べられます。
ミー・キリに、キトゥル・パニをかけるので、「キリ・パニ」と呼ばれます。
ミー・キリは、浅い容器(ハティヤ)に入って売られていることが多く、それを「キリ・ハティヤ」と言います。

キトゥルヤシの糖を、英語で「キトゥル・ジャガリー」、シンハラ語で「キトゥル・ハクル」と言います。

パルミラヤシ

パルミラヤシは、ヤシ糖にもヤシ酒にも使われます。
本書で濱家さんが最も美味しいと感じたラーは、北部のパルミラヤシのものでした。

種子か発芽したモヤシ(オディヤル)は食用になる他、果実、葉、葉柄、幹、根など、あらゆる部分が活用されています。

パルミラヤシは仏典の写本に使われています。

タミル人にとって、パルミラヤシは捨てるところのない、生活に密接した植物です。

キングココナッツ(タンビリ)

種子が大きく、ココナッツウォーター(ココナッツジュース)が多く、飲用品種として重宝されているのが、英語名「キングココナッツ」、シンハラ語名「タンビリ」です。

樹液の糖分が薄いため、樹液は使われていません。

ココナッツウォーターも糖分が少ないため、水分補給に適しています。

キングココナッツはスリランカ原産です。

サゴヤシ

サゴヤシからは、食用澱粉の「サゴ」が取れます。
英語のsagoは、マレー語・インドネシア語のsaguが語源とされています。

サゴに水を加えて熱し、ヤシ糖で甘味をつけてから冷やしたものをサゴプリンと言い、スリランカでもデザートとして出されます。

その他のヤシ類

ヤシ類は中南米、アフリカ、アジアの各地にそれぞれの種があり、各地で利用されています。

スリランカ以外に自生していて、生活に活用されているヤシ類を以下に列挙しましたが、聞いたことがあるものもあるかと思います。

・アブラヤシ:パーム油の原料になります。
・ナツメヤシ:果実がデーツと呼ばれています。
・サトウヤシ:インドの砂糖「グル」と呼ばれる他、フィリピンやインドネシアでヤシ酒になります。
・サトウナツメヤシ:ヤシ糖の材料になります。
・コウリバヤシ(タリポットヤシ):最大のヤシ種で、傘や仏典を筆記する貝葉に使われていました。
・ニッパヤシ:フィリピンで伝統的家屋の屋根材や壁材として使われます。
・ラフィアヤシ:アフリカでロープやカゴ、敷物の材料として使われます。
・サラカヤシ:インドネシア、マレーシアの自制する、果実が食用になるヤシ。
・オオミテングヤシ:南米に群生していて、食用・果実酒・漁網・ハンモック・建材などになります。
・オオミヤシ(フタゴヤシ):セーシェル諸島に自生する植物界で最大の種子をつけるヤシ。
・シュロ:南九州が原産で和歌山にも多く分布し、寒さに強いため東北まで分布しています。
・アサイー:アサイーの実は非常に栄養価が高いと言われています。
・チャンタドゥーロ:果実が塩漬け、砂糖漬け、蜂蜜漬けなどで食べられ、芽も食べられます。

ヤシ樹液から作るヤシ酢・ヤシ糖・ヤシ酒

ヤシ樹液

ヤシの樹液を英語で「スイート・トディ」、シンハラ語で「テリッジャ」と言います。
樹液は糖分を含んだ甘い液体です。

ヤシ酢

樹液を数日間ひなたに置いておくと、酢を作ることができます。
ワインビネガーのように、ヤシ酢でマンゴーやタケノコのピクルスが作られます。

ヤシ蜜

樹液を煮詰めてとろみのある液状にしたものが、日本語で「蜜」、英語で「シロップ」、シンハラ語で「パニ」と呼ばれます。

ヤシ糖

樹液をさらに煮詰めて固形にしたものが、日本語で「ヤシ糖」あるいは「赤糖」、英語で「ジャガリー」、シンハラ語で「ハクル」といいます。

ヤシ醸造酒

樹液を発酵させたものを日本語で「ヤシ酒」、英語で「トディ」あるいは「ファーメンテッド・トディ」、シンハラ語で「ラー」と呼びます。

英語のトディは、ヒンディー語でパルミラヤシの樹液を指すターリが語源だとされています。

ヤシ類はアフリカ、アジア、中南米に自生しているため、各地で独自に樹液からヤシ酢・ヤシ糖・ヤシ酒が作られていたようです。

ヤシ蒸留酒

ヤシ酒を蒸留したものを英語・シンハラ語ともに「アラック(arrack)」と言います。

アラックは蒸留機から蒸気が凝縮して滴るさまを汗に例えたもので、アラビア語で「汗がにじみ出ること」「少量の水」の意味する言葉を語源としていると言われます。
アラックの発祥はエジプトと言われ、蒸留機ランビキ(アラビア語でアランビック)を用いて作られたとされています。

アラックはアラビア圏に広まり、トルコではラクと呼ばれます。
大航海時代にポルトガルが占領したインド沿岸部にアラックを持ち込みます。

ヤシ樹液を発酵させた醸造酒は保存期間が長くありません。
蒸留することで保存期間を延ばし、体積が数分の1に減るため運搬・保管も容易にすることができます。

インドの沿岸部でヤシ酒から蒸留酒「アラック」が作られるようになり、そして、ポルトガルがスリランカも占領したことで、スリランカでもヤシからアラックが作られるようになったのでしょう。

蒸留技術は琉球に伝わり、泡盛が作られるようになります。
さらに薩摩に伝わり、焼酎が作られるようになります。
焼酎はかつて、阿剌吉(アラキ)・荒木酒などと呼ばれていたそうです。

多くの国でヤシ酒は田舎の安い酒というイメージがあり、それはスリランカでも同様です。
スリランカはビールの原料の多くを輸入に頼っているため、国内のヤシの木から作られるアラックよりも値段が高くなります。

各国のヤシ酒

各国にあるヤシ酒の呼称を紹介します。

英語:醸造酒「トディー」、蒸留酒「アラック」
インド:醸造酒「ターリ」、蒸留酒「カル」
スリランカ:醸造酒「ラー」、蒸留酒「アラック」
マレーシア:醸造酒「トゥァク」、蒸留酒「ニラ」「ニヴァ」「カル」
インドネシア:醸造酒「トゥァク」、蒸留酒「アラク」
フィリピン:醸造酒「トゥバ」、蒸留酒「ランバノグ」
タイ:ナンタンマオ
プエルトリコ:チリヤシ
エクアドル:チョンタルル
ナイジェリア:エム、オゴゴロ
ギニア:エーム

ヤシ樹液の採取方法

スリランカにおけるヤシ樹液の採取方法について紹介します。

トディ・マン、あるいはトディ・タッパーと呼ばれる専門の採液職人が高いヤシの樹に登って採取します。

ヤシの樹液は、皮から顔を出す前の花序(花がつくように特化した枝)に傷をつけ、大きな壺を掛けて樹液を貯めます。
花序は樹冠部分にあるため、キトゥルヤシの場合は約15m、ココヤシとパルミラヤシでは約30mの高さを登ることになります。

ヤシの木の幹には、登り降りするためのヤシの殻で作られた足掛けが付けられているか、あるいは、採液職人の両足首に紐の輪をかけ、一定の間隔以上に足が開かないようにして、足を幹にすりつけて登っていきます。

樹冠部での作業時には、ロープを樹と腰に回して、両手を自由にします。

朝に壺をかけて夕方に回収、あるいは夕方に壺をかけて翌朝に回収します。

登り降りが大変なため、ヤシの木を横にロープで繋がれていることが多く、ロープを伝って、次々と作業していきます。
ロープは2本ずつ繋がれていて、下のロープに足を乗せて、上のロープに手で掴んで渡っていきます。

このように原始的な方法で酒が作れるため、古くから熱帯地域で広くヤシ酒は飲まれてきました。

一方で、近代的な製造方法になっていないことも課題です。
アメリカやカナダで、メイプルシロップになるサトウカエデの樹液を採る際にチューブを連結してポンプに繋いでいます。
サトウキビは刈り取った茎を機械にかけ、汁液を大量に採取しています。
このような近代的な方法、機械化をヤシ酒の製造に取り入れるのは難しいようです。

アラック工場

ヤシ酒は樽に入れられて、アラック工場へ牛車で運ばれます。

蒸留の際の熱源には、ゴムノキの廃木が使われます。
ゴムノキは火力が強いため、紅茶工場の熱源としても使われています。
また、家庭の土間や新年のお祝いの際にミルクライスを吹きこぼす儀式でもゴムノキが使われています。

ヤシの研究所・開発局

スリランカには、樹液が使われるヤシ類3種のそれぞれに研究所あるいは開発局があります。
さらに詳しく知りたい方は、訪れてみるといいでしょう。

ココヤシ研究所

1929年に設立されたココヤシ研究所(Coconut Resarch Institute of Sri Lanka)があるのが、ココナッツ三角地帯の中心地にある「ルヌウィラ(Lunuwila)」。

パルミラヤシ開発局

1978年に設立されたパルミラヤシ開発局(Palmyrah Development Board)は、

キトゥル開発局

2020年12月16日、キトゥル開発局(Kitul Development Board)が設立されています。

まとめ

この本は、1975〜1977年にヌワラエリヤ郊外のシータエリヤ農業試験場に勤務されていた濱家悦次さんが2000年に発行し、2018年に新装版として再度発行されています。

読んでみると、時間をかけて丁寧に調べ、まとめあげたことが分かります。

著者はスリランカを中心にインドネシア、タイ、フィリピン、インドなど熱帯アジアに調査で訪れています。
現地の様子が描写されていますので、旅の本とも言える側面もあり、各地の文化や特徴を理解するにも良い本です。

参照

ウィキペディア「ヤシ」
ウィキペディア「エルサレム入城の日」
和歌山社会経済研究所「棕櫚(しゅろ)」を知っていますか? ~野上谷の棕櫚を訪ねて~
ウィキペディア「ココナッツ」
ウィキペディア「ココナッツファイバー」
ウィキペディア「ココナッツミルク」
ウィキペディア「ココナッツジュース」
ウィキペディア「ナタ・デ・ココ」
ウィキペディア「ハート・オブ・パーム」
ウィキペディア「パームシュガー」
Wikipedia「Palm Sugar」
ウィキペディア「赤糖」
Wikipedia「jaggery」
ウィキペディア「ナツメヤシ」
ウィキペディア「サトウヤシ」
コトバンク「サトウナツメヤシ」
ウィキペディア「オウギヤシ」
ウィキペディア「アブラヤシ」
ウィキペディア「シュロ」
ウィキペディア「コウリバヤシ」
ウィキペディア「サゴヤシ」
ウィキペディア「オオミテングヤシ」
東山動物園図「植物園長の庭 植物の中で最大の種子」
ウィキペディア「チョンタドゥーロ」
ウィキペディア「アサイー」
ウィキペディア「サバル」
ウィキペディア「アラック」
コトバンク「アラック」
コトバンク「阿剌吉」
飲酒ご法度のイスラム圏で、「アラック」という蒸留酒が造られている?!
ウィキペディア「サラク」
ウィキペディア「チリヤシ」
Wikipedia「Lunuwila」
Coconut Research Institute of Sri Lanka
Palmyrah Development Board
Daily FT「Govt. to set up Kitul Development Board」

関連記事

コロナ禍に立ち上がったスリランカ企業③アラックメーカーの「ロックランド…

日本の三大発明品の一つ「亀の子束子」の原料はスリランカ産

# 関連キーワード