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国連開発計画(UNDP)スリランカ常駐代表 久保田あずさ氏インタビュー

2025年4月07日

国連開発計画(UNDP)スリランカ事務所の常駐代表は現在、日本人女性が務めています。UNDPスリランカ常駐代表の久保田あずさ氏にお話を伺いました。

UNDPのスリランカでの活動

UNDPスリランカの活動内容についてお聞かせください

 私たちは主に「気候変動対応」「ガバナンス強化」「社会保障制度強化」の3つの分野で活動を展開しています。中でも特に予算規模が大きいのは気候変動対応です。今年はパリ協定採択10周年の節目であり、同協定に基づき、全ての締約国は5年ごとに削減目標を提出する義務があります。2025年は第3弾となる削減目標の提出が求められています。気候変動対応は、運輸、農業など多岐にわたる分野に関わるため、UNDPは削減目標策定のコアチームとして、スリランカの関連16省庁から情報収集を行い、目標設定を支援しており、現在最も注力している業務の一つです。 

 政策レベルの活動と並行して、策定された政策を具体的に実行するための草の根レベルのプロジェクトも多数実施しています。水資源、農業、養殖などゼロエミッション達成に向けた様々な分野でプロジェクトを展開しています。ゼロエミッションの実現には、関連産業間の連携が不可欠であり、ある産業の副産物や不要物を他の産業で有効活用し、社会全体で資源を循環させる必要があります。UNDPはスリランカ全県にプロジェクトを展開しており、各地に事務所を構えています。その他、Eモビリティ、ソーラーを含む再生可能エネルギー、廃棄物処理システム強化、カーボンクレジット、ブルーツーリズムなどのプロジェクトも推進しています。

 2つ目の重点分野はガバナンス強化です。最近では、昨年水越前大使との間で書簡の署名・交換を行った「汚職防止政策支援を通じた経済ガバナンス推進計画」が主要なプロジェクトの一つです。2023年に新たに制定された汚職防止法の運用を支援し、賄賂・汚職疑惑調査委員会(CIABOC)をはじめとする汚職対策機関の説明責任、監督機能、ガバナンス体制などの強化に向けた改革に取り組んでいます。また、IMF(国際通貨基金)のプログラムを支援する形で、税制改革にも関与しています。さらに、制度改革だけでなく、その成果がSDGs(持続可能な開発目標)の達成に貢献するよう、末端レベルに焦点を当てたプログラムも実施しています。その他、女性の社会進出支援、脆弱な立場の人々への法的サービス提供のための法整備、北部州・東部州の国内避難民の再定住支援プログラム、平和構築、デジタル化推進などの活動も行っています。国会内にもUNDPのオフィスを設置し、議会機能の強化にも取り組んでいます。

 3つ目の分野は、社会保障制度の強化(女性支援、障がい者支援など)です。スリランカは経済危機に陥りましたが、それは各家庭レベルでも同様でした。生活に困窮した女性が、子どもたちの食料や教育のために借金を重ねてしまうケースが少なくありません。投資目的ではなく、日々の消費のための借金は返済が困難となり、経済的な破綻を招きます。こうした経済的困窮から、自殺や家庭内暴力の増加といった社会問題も深刻化しました。そこでUNDPは、女性たちに対して借金に関するファイナンシャルリテラシーを高める教育を提供するとともに、金融機関に対しては、契約書などの書類が契約者にとって理解しやすく、トラブルを未然に防げるようなものとなるよう働きかけ、関連法規の見直しも支援しています。

 UNDPの特徴

数多くの国連機関が存在する中で、UNDPはどのような特徴を持っているのでしょうか?

 国連には、FAO、ILO、WHOなどの専門機関があり、それぞれ特定の専門分野を担当しています。一方、UNDPは開発途上国の経済的・社会的発展のため、幅広い開発課題に関するプロジェクトを手がけています。所得向上や健康改善、民主的な政治、環境問題、エネルギーなど、その活動分野は多岐にわたり、現地の政府各省庁や様々な外部団体と連携しながら、プロジェクトの策定から管理までを行っています。多様な関係機関との連携こそが、UNDPの大きな強みと言えるでしょう。

 SDGsの17の目標は相互に深く関連しています。UNDPは、多角的な視点から包括的な解決策を提案できることが特徴です。昨年、AIを活用してスリランカにおけるSDGsの各目標への投資効果をシミュレーションした結果、「あらゆるレベルにおいて、有効で説明責任のある透明性の高い公共機関を発展させる」(目標16の1)が、他の目標達成にも大きく貢献するとの結果が得られました。これは、グッドガバナンスがなければ、いかなる開発も実現し得ないということを示唆しています。そして、このガバナンスこそ、UNDPが最も得意とする分野なのです。

様々な機関と連携しながらプロジェクトを進める上で、最も重要なことは何でしょうか?

 プロジェクトの根拠となる客観的なデータやエビデンスを明確に示すこと、そしてUNDPがどのような貢献を提供できるのかを具体的に伝えることが重要です。また、他機関よりも迅速に成果を届けられることを示すことも信頼を得る上で不可欠です。2023年には、オックスフォード貧困・人間開発イニシアチブ(OPHI)と共同で報告書「多次元脆弱性の把握:スリランカ国民への影響」を発表し、喫緊の対策の必要性を明らかにしました。

そして、プロジェクトは人によって進められるため、関係者との良好な人間関係を築くことも非常に大切です。レセプションなどのイベントに参加する際も、事前に参加者の顔ぶれを確認し、どのような話題を提供できるかを準備して臨んでいます。 

UNDPスリランカのウェブサイトに掲載されている「Stories」はとても興味深いと思いました。

 UNDPのプロジェクトは、単に物資や資金を提供するだけで終わるのではなく、全てがプログラムとして設計されています。試験的に実施するプロトタイプは、その後の成果を踏まえ、政府の資金によって規模が拡大されたり、調整されたりするものです。税金を拠出されているドナーの皆様にとって、支援によって実際にどのような人々の生活が改善されているのか、顔が見える形で理解していただくことは非常に重要です。受益者を選定する際には、母子家庭であることや水道へのアクセスがないことなど、明確な基準を設け、政府と何度も協議を重ねた上で対象者を決定しています。その後、1〜2年、長いプログラムでは7年間にわたりデータを収集することもあります。例えば、ヴァブニヤの農家にバイオガスを導入したプロジェクトでは、「女性が森へ薪を取りに行く必要がなくなり、その時間を活用して気候変動に対応した農業技術を習得したことで生産性が向上し、収入が増加した」、あるいは「調理用ガスが不要になったことで浮いた資金で鶏を飼い始め、養鶏を始めた」といった具体的な変化を追跡しています。このように、女性を支援することが、社会全体に何倍ものポジティブな影響をもたらすことを示すことができるのです。

国連でのキャリアについて

あずささんは国連で働くことをいつ頃から意識されていたのですか?

 小学校6年生の時に、日本全国から集まった十数人の子どもたちと共にニューヨークの国連本部を訪問するプログラムに参加したのが最初のきっかけです。世界各国の国旗が並ぶ光景を見て、英語を話せるようになれば、世界中の人々と繋がることができると感じました。地元の宇和島では英語を話す機会が限られていたため、アメリカやイギリスの有名大学に進学し、国連を目指すには高校から留学する必要があると考え、逆算してスイスの高校に進学しました。母が東京出身で、姉が東京の高校に通っていたこともあり、中学校を卒業したら宇和島を離れるだろうと思っていたので、海外に行くのも、東京に行くにも、遠いということには変わりなく、同じだと感じました。スイスでの高校生活3年間は、本当に必死に勉強しました。幸運にもアメリカの良い大学に進学でき、大学でも猛勉強に励みました。

 ニューヨーク本部評価部で働かれていた際、文化や背景が大きく異なる国々を評価するのは難しくなかったでしょうか。

 どの国を訪問しても、必ずと言っていいほど「この国は特殊だから、あなたには絶対に理解できない。だから評価は不可能だ」と言われました。しかし、評価は可能です。なぜなら、根本的な人間の問題は共通しているからです。私たちが取り組んでいるのは、気候変動のように国境を越えた地球規模の課題であり、どの国も単独で存在しているわけではありません。ただし、評価を実施するにあたっては、データの収集方法や評価結果の公表の仕方など、その国の文化や社会的なコンセンサスに細心の注意を払う必要があります。

国連では多様な方々が活躍されていますが、最も刺激を受けたのはどのような方ですか?

 素敵な方はたくさんいらっしゃいますが、最も身近な存在で言えば、私の上司であるカニー・ウィグナラージャです。彼女は国連の中でスリランカ人として最もシニアな立場で、国連事務次長補(Assistant Secretary General)兼UNDPアジア太平洋地域局長を務めています。高校時代には生徒会長とホッケー部のキャプテンを務めたタミル人女性で、コロンボ大学在学中にスリランカ内戦が勃発し、100ドル札とホッケースティック一本だけを持ってアメリカに渡り、そこからキャリアを積み上げてきたという、非常に強い意志と行動力を持った方です。国連には優秀な人材が多いですが、彼女は人間としても素晴らしく、常に熱い情熱を持ち続けています。そんな彼女から「スリランカに来ないか?」と誘われたことは、私にとって大変光栄なことでした。

現在のお仕事のやりがいや、仕事をする上で大切にされていることは何でしょうか?

 仕事のやりがいは、日本にいたならば決して会うことのできないような、重要な意思決定を行う立場の方々と議論を交わすことができる一方で、プロジェクトの現場で生活している村の人たちと気軽にお茶を飲みながら話すこともできるという、本当に多様な人々と出会えることです。また、数年ごとに赴任国が変わるため、その度に新しい人生が始まるような、普通では経験できない貴重な体験を重ねています。新たな赴任地では、また新しい家族のような繋がりができる感覚があります。そうした一つ一つのご縁を大切にしています。現代においては、物理的にその国を離れても人間関係を維持していくことができます。仕事でもプライベートでも、点と点をつなぐことをしているように思います。

久保田あずさ氏プロフィール

愛媛県宇和島市出身。中学卒業後、スイスのインターナショナルスクールに単身留学。セネガルアンタディオップ大学での交換留学を経て、米国マサチューセッツ州スミス大学卒。インターナショナルローインスティチュートに勤務後、ニューヨーク州コロンビア大学国際関係学科修士入学。在学中にJPO(Junior Professional Officer)派遣制度に合格。国連開発計画(UNDP)マラウイ事務所へ貧困削減ユニットのプログラムオフィサーとして赴任後、UNDPニューヨーク本部評価部、UNDPモルディブ常駐副代表、UNDPラオス常駐副代表、UNDPソロモン諸島カントリーマネージャー兼ソロモンアイランド国連ジョイントプレゼンスオフィス・マネジャー、UNDPブータン常駐代表を経て、2023年1月よりUNDPスリランカ常駐代表。

取材日:2025年2月27日、UNDPスリランカオフィスにて

撮影:庄司健人

 

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