データで徹底解説!スリランカの民族・宗教構成とその分布
スリランカは島国ながら多民族、多宗教国家です。
スリランカを旅行するなら、国の構成も知っておきたいところ。
では、この小さな島国には、どのような民族、宗教があるのでしょうか。
スリランカの各町には仏教寺院、ヒンドゥー寺院、モスク、教会がそれぞれ見られます。
国全体としては民族としてはシンハラ人、宗教では仏教徒が多数派ですが、町によってはタミル人が多いところ、ムスリムやクリスチャンが多いところもあります。
そのため、それぞれ違った町並みや行き交う人々の様子が見られるのもスリランカの魅力の1つです。
今回は、スリランカの複雑な民族、宗教についてご説明します。
なお、今回の記事は、2012年にスリランカで行われた国勢調査のデータを参考にまとめています。
目次
スリランカ国全体の民族・宗教分布
まず、国全体としての民族、宗教構成を見ていきましょう。
スリランカの国全体としては、仏教徒が多いシンハラ人が多数派です。
ついで、ヒンドゥー教徒が多いタミル人、イスラム教徒のムスリム(民族分類上はスリランカ・ムーアという)。
キリスト教徒に改宗したシンハラ人、タミル人、ヨーロッパ人との混血であるバーガー人などで構成されています。
民族の詳細については後ほど詳述します。
民族・宗教分布が拮抗している最大都市「コロンボ」
スリランカ最大都市のコロンボは民族・宗教ともに圧倒的多数派が存在せず、それぞれが一定の割合で混在しています。
わずかにではありますが、宗教の最大多数派はイスラム教徒となっています。
民族分類では仏教徒の多いシンハラ人が最大多数派であり、ほぼ同数と見ても良いでしょう。
コロンボは1から15に区分けされるが、ムスリムが多いのはコロンボの北東部の10〜15と南部の6の海側。
2019年のスリランカ連続爆破テロで被害を受けたセイント・アンソニー教会があるコロンボ13(Kotahena)は教会やヒンドゥー寺院が多く集まっているエリアです。
攻撃を受けた3つのホテルがあるのは、以下の地域。
ザ・キングスバリーがコロンボ1(フォート)、シャングリラ・コロンボがコロンボ2(スレイブ・アイランド)、シナモン・グランドがコロンボ3(コッルピティヤ)とそれぞれがコロンボの中心地です。
キリスト教徒が多数派の町「ニゴンボ」
スリランカの玄関口「バンダラナイケ国際空港」から最も近い主要都市、ニゴンボの多数派はキリスト教徒となっています。
町には多くの教会があり、道を歩けばキリスト像やマリア像をよく見かけられます。
大航海時代のポルトガルやスペインは、各地でカトリックの布教に熱心に行いましたが、16世紀に、シナモン貿易のためにニゴンボを占領したポルトガルも同様でした。
またここニゴンボには、2019年のスリランカ連続爆破テロの被害を受けたセント・セバスチャン教会があります。
ヒンドゥー教徒が多数派の町「バッティカロア」
ヒンドゥー教徒が多いタミル人はスリランカの北部(最大都市はジャフナ)と東部(第二の都市トリンコマリー、第三の都市がバッティカロア)に多く分布しています。
また、2019年のスリランカ連続爆破テロの被害を受けたザイオン教会があります。
イスラム教徒が多数派の町「アンパーラ」
アンパーラは、あまり知られていませんが、2018年のモスク襲撃事件が起きた町です。
以下の分布図で、ムスリムの割合が最も高い地域がアンパーラ県です。
2019年の連続爆破テロを起こしたイスラム過激派のNTJ(National Thowheeth Jama’ath)が発生した地域とも言われています。
2019年4月26日に銃撃戦が起こり、爆弾やISの制服などが見つかったカルムナイがあるのもこのアンパーラ県。
この地域にムスリムが多いのは、ポルトガルやLTTE(タミル・イーラム解放のトラ)による迫害を逃れた結果だとされています。
大航海時代の始まる前、8〜15世紀にアラブ系商人がスリランカを含むインド洋の貿易を掌握していました。
その中からスリランカに定住する人が増え始め、最初に定住したのがスリランカ南西部の町「ベルワラ」と言われています。
その他、コロンボ、ニゴンボ、カルタラ、プッタラム、マンナール、ジャフナなど、西海岸や北部にムスリムが定住しています。
16世紀にポルトガルの占領が始まると、ムスリムの迫害が起こり、キャンディ王国の王がムスリムを中央高地や東部に避難させたため、現在も中央高地や東部にはムスリムが多くなっています。
特にカルムナイは王の農場であったため、多くのムスリムが移住し、現在では東海岸最大の人口を誇る町となっています。
スリランカにおけるムスリムの分布は、WikipediaのIslam in Sri Lankaに掲載されている以下の図が参考になります。
シンハラ人とは?
では、スリランカで多数派であるシンハラ人はどのような民族なのでしょうか。
シンハラ人はミャンマー、タイ、カンボジア、ラオスに多く、上座部仏教(テーラワーダ仏教、南伝仏教、小乗仏教)を信仰している人がほとんど。
キリスト教を信仰している人も一定数存在します。
言語はシンハラ語で、シンハはサンスクリット語でライオンを意味し、タイのシンハービール、シンガポールと同じ語源です。
スリランカの建国神話では、北インドから渡ってきた初代王ウィジャヤはライオンと人間の間に生まれた両親を持つとされています。
内陸部に住むウダラタ(高地)シンハラとパハタラタ(低地)シンハラに分かれており、言語、習慣、慣習法に違いがあります。
シンハラ人の分布及び各民族の分布はWikipediaのSinhalese Peopleの以下の図が参考になるでしょう。
こちらは主要な仏教の3つの分類と分布を表した図。(Wikipediaの上座部仏教を参照)
日本、韓国、中国、ベトナムは大乗仏教です。
タミル人とは?
2番目に多いタミル人は、インドに約7,000万人、スリランカに約310万人、マレーシアに約180万人、シンガポールに約19万人が住んでいる民族グループ。
宗教はヒンドゥー教が多く、言語はタミル語を使っています。
タミル語はインド、スリランカ、シンガポールで公用語の一つとして認められています。
スリランカでは、タミル人は大きく2つに分けられます。
紀元前にインドから渡ってきた「スリランカ・タミル」と、イギリス統治時代にプランテーションの労働者としてインドから連れてこられた「インド・タミル」。
スリランカの国勢調査では、ポルトガル統治時代にタミルナードゥ州の海岸地域から連れてこられた「Bharatha」、同じくポルトガル統治時代に南インドで貿易や商業に従事していて連れてこられた「Sri Lankan Chetties」を別に分類しています。
スリランカの内戦は、タミル人過激派・テロ組織「タミル・イーラム解放のトラ」とスリランカ政府との間で行った戦争です。
以下は、WikipediaのTamilsのページに掲載されている南インドのチョーラ王朝の影響範囲の図。
タミル語話者がいる地域と重なっているので参考になる図です。
スリランカにおけるムスリム
スリランカにおけるムスリムは、以下の3つに分かれます。
・スリランカ・ムーア:8〜15世紀に渡ってきたアラブ系商人
・マレー人:オランダ統治時代にジャワ島から、イギリス統治時代にマレーシアから連れてこられた傭兵
・インド系ムスリム:19〜20世紀にインドから渡ってきた人々
このうち、最も多いのがスリランカ・ムーア。
インドネシア、マレーシア、モルディブ、東アフリカに多いスンナ派のシャーフィイー学派に属する人が多いとされています。
こちらは、WikipediaのIslamのページに掲載されている図です。
バーガー人とは?
バーガー人は、植民地時代にヨーロッパからやってきた男性とスリランカ人女性との混血の子孫。
旧宗主国であったオランダ系、ポルトガル系、イギリス系が多いですが、他のヨーロッパの血をひく人々もいると言われています。
ヴェッダ人とは?
ヴェッダ人は、スリランカの先住民族とされる狩猟採集民。
シンハラ人との同化が進み、現在はごくわずかな人しか残っていません。
スリランカの聖山であり、世界遺産にも登録されている「スリー・パーダ(アダムス・ピーク」の頂上には足跡(パーダ)があるとされています。
この足跡は、イスラム教徒はアダムの足跡、キリスト教徒は聖トマスの足跡、仏教徒はブッタの足跡、ヒンドゥー教徒はシヴァ神の足跡であると信じられています。
このスリーパーダの麓の町である「ラトゥナプラ」には、ヴェッダ人の山の神「サマン」を祀る祠があり、元々はヴェッダ人の山岳信仰の対象であったと考えられています。
まとめ
このように、スリランカには多民族、多宗教が共存しています。
その1つの象徴が各民族・各宗教の人たちが聖山として崇める世界遺産「スリー・パーダー」。
ここは、スリランカ中央南部に広がる雄大な自然の中にそびえる山。
スリランカには、小さな島国ながら多くの民族や宗教が混在していますが、これら各民族・各宗教を知った上で旅行するとさらに旅行が面白くなるでしょう。
「旅と町歩き」を仕事にするためスリランカへ。
地図・語源・歴史・建築・旅が好き。
1982年7月、東京都世田谷区生まれ。
2005年3月、法政大学社会学部社会学科を卒業。
2005年4月、就活支援会社に入社。
2015年6月、新卒採用支援事業部長、国際事業開発部長などを経験して就職支援会社を退社。
2015年7月、公益財団法人にて東南アジア研修を担当。
2016年7月、初めてスリランカに渡航し、会社の登記を開始。
2016年12月、スリランカでの研修受け入れを開始。
2017年2月、スリランカ情報誌「スパイスアップ・スリランカ」創刊。
2018年1月、スリランカ情報サイト「スパイスアップ」開設。
2019年11月、日本人宿「スパイスアップ・ゲストハウス」開始。
2020年8月、不定期配信の「スパイスアップ・ニュースレター」創刊。
2023年11月、サービスアパートメント「スパイスアップ・レジデンス」開始。
2024年7月、スリランカ商品のネットショップ「スパイスアップ・ランカ」開設。
渡航国:台湾、韓国、中国、ベトナム、フィリピン、ブルネイ、インドネシア、シンガポール、マレーシア、カンボジア、タイ、ミャンマー、インド、スリランカ、モルディブ、アラブ首長国連邦、エジプト、ケニア、タンザニア、ウガンダ、フランス、イギリス、アメリカ
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