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JICAスリランカ事務所長の山田哲也氏にインタビュー

2024年5月28日

JICAスリランカ事務所長の山田哲也氏に、他国と比べたスリランカでのJICAの活動の特徴、スリランカにおける重点分野、経済危機後の注力事項、海外協力隊員の活躍、スリランカでの働くことのやりがいについて伺いました。

山田哲也氏プロフィール

1994年、大学卒業後、新卒採用で海外経済協力基金(OECF)に入職。
1999年、OECFと日本輸出入銀行統合が統合し、国際協力銀行(JBIC)が発足。
2000年~2002年、在ウズベキスタン日本大使館に出向。
2008年、JBICのODA部門とJICAが統合して、新JICAが発足。
2010年~2012年、民間連携室連携推進課長 兼 海外投融資課企画役。
2012年~2015年、中央アジア・コーカサス諸国担当課長。
2015年~2018年、JICAフィリピン事務所次長。
2018年~2021年、JICA人事部人事管理課長。
2021年~現在、JICAスリランカ事務所所長。

スリランカでの活動の特徴

JICA各事業を導入したフルラインナップの支援

Q.他国と比べたスリランカでのJICAの活動の特徴について教えてください。

JICAには技術協力、有償資金協力、無償資金協力、ボランティア派遣事業、民間連携事業、草の根技術協力事業など様々な事業がありますが、JICAの各事業をフルラインナップで導入しているのがスリランカの特徴です。

それはスリランカの所得レベルが、各事業による協力を行いやすいゾーンにいることが理由の一つです。

例えば所得レベルが上がり、開発がある程度進むと、都市化の問題や、ゴミ処理や下水道などの経済の川下の問題に取り組むことができるようになります。

上水道整備事業から下水道整備事業へ

キャンディ市を例に挙げると、2001年からキャンディ市上水道整備事業に取り組んでいました。それから開発が進み、20年後となる2021年にはキャンディ市下水道整備事業としてスリランカ初となる本格的な下水処理施設を開所しています。

参考)
ODA見える化サイト:キャンディ上水道整備事業
在スリランカ日本国大使館:キャンディ市下水道整備事業における下水処理施設開所式
JFE エンジニアリング株式会社:世界遺産都市スリランカ国キャンディ市の下水処理施設を受注

一般廃棄物マスタープラン策定からプラスチック廃棄物管理システム構築へ

西部州では、2019年から2022年にかけて、一般廃棄物のマスタープラン策定に取り組んでいました。そして現在は、「プラスチック廃棄物の管理システム構築」を始めています。

発展途上国において、JICAがプラスチック廃棄物の管理まで行うことは珍しく、スリランカにおける活動の特徴と言えます。

スリランカで使われているプラスチック原料はほとんどが輸入されています。原料が輸入され、プラスチック製品が製造・流通し、消費者に届いた後に最終処分までどうなっているのかのフローを把握する必要があります。

プロジェクトの目的は、リユースとリサイクルを増やし、最終処分場の負荷を減らし、環境負荷を低減させることです。日本ではプラスチックの8割がリサイクルされていますが、スリランカにおいてもプラスチックの回収率を高めていこうとしています。

例えば、ヨーグルトやアイスクリームのプラスチック容器の回収率を高めるため、スーパーマーケットを運営する企業やヨーグルト・アイスリクームの製造メーカーと話し合い、回収方法について検討しています。一回で捨てられてしまう「シングル・ユース」を減らしていきたいと考えています。

参考)
ODA見える化サイト:西部州における廃棄物マスタープラン策定支援プロジェクト
JICA:スリランカ向け技術協力プロジェクト討議議事録の署名:持続可能なプラスチック廃棄物管理システム構築を支援
JICA:国家課題であるプラスチック管理の現状を解明し、国内随一の大学との連携を協議

基礎的医療からその先へ

保健分野では、感染性対策や母子保健などの基礎的医療の先にある、心臓病の手術に必要なカテーテル検査室の増設などを支援する円借款を供与しています。

参考)
ODA見える化サイト:保健医療サービス改善事業

草の根技術協力事業

草の根技術協力事業については、そもそも日本の自治体や大学がスリランカに興味を持っていないと始まりません。草の根技術協力事業に取り組めているということは、スリランカに興味を持っている人が日本には多いということの現れでしょう。

参考)
JICA:草の根技術協力事業_国別事業一覧【スリランカ】

スリランカにおける重点分野

Q.スリランカにおける重点分野について教えてください。

2018年に定めた重点分野は「質の高い成長の促進」「包摂性に配慮した開発支援」「脆弱性の軽減」の3つです。現在、外務省さんがJICAなどの関係者と話し合いながら新しい重点分野について、策定し直しているところではあります。

参考)
JICA:スリランカ

ゲームチェンジャーになりうる国際空港の拡張

「質の高い成長の促進」の分野に含まれる国際空港の拡張事業は、スリランカにとってゲームチェンジャーになりうるものだと考えています。

日本は1980年代にバンダラナイケ国際空港のターミナルビルの改修・新設、管制塔機器の整備などを行い、2000年代には新旅客ピア(スリランカ初となるボーディングブリッジと動く歩道を導入)と新貨物ターミナルの建設をするなど、国際空港の整備・拡張に長年取り組んできました。

現在の旅客ターミナルの年間取扱可能容量は600万人ですが、現在の年間旅客取扱量(パッセンジャームーブメント)は1000万人に達し、大幅に超過しています。新ターミナルを建設することで、年間取扱可能容量を1500万人に拡張する予定です。

新ターミナルができることで、新たな航空会社の就航や旅行者の増加が見込め、観光立国を目指すスリランカにとって、即効性が高く、インパクトのある事業です。

参考)
JICA:コロンボ国際空港整備事業
ODA見える化サイト;コロンボ国際空港改善事業
ODA見える化サイト:バンダラナイケ国際空港改善事業フェーズ2(2)

アンバランスな発展を補完する

先ほどお話したように、プラスチック廃棄物の管理や下水道整備など進んでいるところがある一方で、上水道の供給が不十分な地域があったり、主要都市間の道路ネットワークが貧弱であったりと、発展が不十分なままになっている分野があります。

農業は就業人口の約4分の1を占める一方で、貧困人口の多くが農村やエステートに住んでおり、開発が続く都市部との地域間格差や所得格差が拡大しています。

また、内戦の影響を受けた北部・東部には開発が遅れている地域もあります。

包摂的な(インクルーシブな)成長の支援、バランスの取れた発展・成長をサポートしようと取り組んでいます。

参考)
ODA見える化サイト:復興地域における地方インフラ開発事業
ODA見える化サイト:北部州酪農開発プロジェクト
JICA:サプライチェーン強化を通じた中小規模農家の生計向上プロジェクト

脆弱性の克服

スリランカは、洪水や地すべりなど水害が多く、気候変動に対して脆弱です。

気象災害への備えとして、気象ドップラーレーダーシステムの整備、気象観測や予警報について教えること、住民への啓蒙としてハザードマップを作成したり、法面などの構造系の対策など防災関係に注力しています。

また、女性、障がい者、高齢者、子どもたちなど、弱い立場の人たちへの支援にも取り組んでいます。

参考)
ODA見える化サイト:気象ドップラーレーダーシステム整備計画
外務省:スリランカにおける女性のエンパワーメントのための無償資金協力に関する書簡の交換
JICA:インクルーシブ教育アプローチを通じた特別なニーズのある子どもの教育強化プロジェクト

経済危機後の注力事項

Q.経済危機になってからの注力事項は何でしょうか?

債務再編とODA事業の再開

スリランカ政府がデフォルトに陥ったことで、2年間返済が行われていない状態が続き、円借款のODA事業がほぼ停止しています。

ODA事業を再開にするは、各債権者とスリランカ政府が債務再編について合意し、返済のスケジュールを引き直し、止まっている貸付を再開することが必要です。

日本はインド、フランスとともに、17カ国の債権国会合で議長国を務めています。

現在のスリランカ政府は、国外投資家、ODAのドナーやコントラクター、市民からの信頼を失っている状態と言えます。ODAの立場から信頼回復をサポートしていくのが我々の役割です。

スリランカ政府はタイドの有償資金援助を多く受け入れていて、コントラクターが日本企業であることが多いのも特徴です。

この2年間の物価高騰や円安の影響で、お金を貸すと決めたときと取り巻く環境が変わっています。そのため、当初の目的を達成するためには、スコープを定義し直す必要もあります。

デフォルト再発防止のための構造改革

二度とデフォルトになるようなことのないように、構造改革の支援も行っています。

IMFの支援は歳入を増やすことに力点が置かれ、世界銀行、ADB、国連、JICA、USAIDなどのドナーが分担しながら、税制などの改革に取り組んでいます。

一方で、歳出を減らすことも必要です。

収益を生みにくいプロジェクトに巨額の投資をしてきた過去があり、投資の審査を透明化することが必要です。

また、赤字が続いているセイロン電力庁(CEB)などの国営企業の改革も必要です。

私はスリランカに来る前は、旧ソ連圏の中央アジア・コーカサス諸国を担当してきましたが、スリランカに来て感じたことは、すごく社会主義的な国だということです。軍や国がこんなことまでやっているのか!と驚くことが多かったです。

競争性の欠如が効率化を阻み、どこかに歪みを生んでいるとも言えます。政府による過剰な保護を減らし、民間ができることは民営化していくことが必要でしょう。

参考)
ODA見える化サイト:電力マスタープラン策定プロジェクト
ODA見える化サイト:電力セクターマスタープラン実現に向けた能力向上プロジェクト

スリランカから高い評価のJICA海外協力隊

Q.海外協力隊の活躍について教えてください。

スリランカでは、1981年に海外協力隊の派遣が開始されて以来、現在まで1,150名の海外協力隊員が派遣されています。

現在、スリランカにいる海外協力隊員は24人です。2019年の連続爆破テロによって一度、海外協力隊員を全員引き上げましたが、引き上げ直前時の海外協力隊員の人数が40人ぐらいでしたので、その時の半分以上の人数に戻ってきた状況です。

スリランカ関係者からの海外協力隊員への評価は高く、スリランカの隊員の能力・意識がともに高い人が多いと感じています。

自分の持ち場で自発的に活動するのはもちろん、横で連携してより大きな取り組みに果敢にチャレンジする隊員が多く、驚きと尊敬の連続の毎日です。

今日の午前中は体育隊員が事務所に来てくれましたが、それを例にお話します。

日本の学校では音楽の授業は情操教育として、体育の授業は健康の保持増進と体力の向上などを目的に行われますが、スリランカの学校では音楽や体育の授業も受験対策の座学が中心に行われます。

そのため、体育の授業では生徒たちが運動着を持っているにも関わらず、運動着を着用せずに制服のまま実技授業が行われていることが多く、教えている先生が運動できないようなサリーを着ていることもあります。

音楽の授業でも、机の上だけで音楽史を学び、楽器の音や声を一度も出すことなく終わることもあります。

体育隊員や音楽隊員が連携して、現場の先生と協議を重ねながら、子供たちにとって最適な教育方法がどのような形なのかをスリランカ教育省に対して提言をしようと取り組んでいます。

また、環境教育隊員同士がネットワークを作り、各地をグループで回って、子どもたちにゴミ収集の大切さを伝える活動も行われています。

参考)
JICA:スリランカ_ボランティア活動概要
JICA Sri Lanka/スリランカ事務所 facebookページ

スリランカで働くことのやりがいとは?

Q.スリランカで働くやりがいと言えば何でしょうか?

デフォルトした国に身を置くこと、デフォルトした国を扱うことは初めての経験です。

デフォルトしてしまったことは不幸なことですが、それが大の親日国で起こってしまったわけです。

このピンチを乗り越えることは、先達が築いた良好な二国間関係を、より強硬にするチャンスでもあり、とてもやりがいのあることです。

スリランカと日本が国交80周年、100周年を迎えるときに、経済危機の時に日本の支援があったおかげで、今のスリランカがあると思っていただける方が一人でもいたら、それほど嬉しいことはありません。

経済危機によって失われた2年間、テロ・コロナ禍・経済危機を合わせれば世界の経済成長から5年間取り残されてしまったわけですが、持続性を犠牲にせずに、成長軌道にいち早く戻すサポートを行っていきたいと思います。

冒頭にお話したように、スリランカはJICAの各事業をフルラインナップで受け入れてくれますので、最大限の貢献をして参りたいと思います。

取材日:2024年5月15日、JICスリランカ事務所にて

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