スリランカ発の奇跡:Kiyota Coffee Companyが切り開く持続可能な未来
目次
はじめに
スリランカの豊かな自然と人々の情熱が生み出す極上のコーヒー。それを世界中の消費者に届ける役割を担っているのが、スリランカ・マータレーを拠点に活動するKiyota Coffee Company (KCC) です。同社は、スリランカのコーヒー産業復興の象徴として注目を集めており、約30名の社員と3,000~4,000名の契約農家と連携しながら事業を展開しています。
スリランカ特有の温暖な気候と多様な地形が育む高品質なコーヒー豆。この恵まれた自然環境を最大限に活かし、KCCは地域社会との強固なパートナーシップを築きながら、持続可能な未来への道を切り開いています。本記事では、KCCの革新的な取り組み、そのビジョンとリーダーシップ、そしてコーヒー産業における社会的・経済的意義について掘り下げていきます。
スリランカとコーヒー
2006年、日本フェアトレード委員会(JFTC)がスリランカを訪れ、歴史の中で忘れられていたスリランカ・アラビカコーヒーの産業の可能性を見出しました。その後、国際協力機構(JICA)の協力を得て、JFTCとスリランカの輸出農業局(DEA)は2007年に中央高地を拠点としてコーヒー開発プロジェクトを開始しました。
JFTCを代表する清田和之氏は、歴史に埋もれた財産を見つけ出し、スリランカのコーヒーコミュニティ、スリランカ政府、JICAの支援等を受けて、この失われた資産を復活させました。
スリランカコーヒーの歴史や、清田氏がどのようにスリランカコーヒーと向き合ってきたかについては、以下の記事をご参照ください。
KCCの企業方針
KCCは、スリランカ産コーヒーの付加価値を高め、その魅力を世界に発信することを目指しています。長い歴史を持つスリランカコーヒーの復活を目指し、2017年に設立されたKCCは、小規模農家と協力し、コーヒーチェリーの収穫から生豆の焙煎、製品化に至るまで、すべての工程を一貫して担っています。さらに、焙煎豆だけでなくインスタントコーヒー市場への参入も視野に入れ、スリランカ経済への貢献を目指しています。
KCCの取り組み
フェアトレードを通じた地域農家の支援
KCCの活動の中心にあるのは、フェアトレードを通じた地域農家の支援です。皆さんすでにご存じのことと思いますが、フェアトレードとは何かを確認すると、「商品価格を適正に保ち、公正な貿易を推進する仕組み」を指します。特に生産者と消費者をつなぐ「顔が見える貿易」を目指し、生産者の生活向上を図ることが重要な要素です。同社は3,000–4,000の農家と契約し、彼らが公正な価格で収入を得られるよう取り組んでいます。
KCCは、小規模農家との緊密な関係を築き、特にオーガニックコーヒー豆の生産に注力しています。KCCと契約しているElheth Anna Estateのマネージャーであるロシャーン氏によると、この農園では肥料を使わず、標高900メートルの環境でオーガニックのコーヒー豆(アラビカ種)を生産しています。25ヘクタールの農園には、コーヒー豆以外にもカカオやペッパーを混作しています。
コーヒー豆の赤い実は10月から12月にかけて収穫され、その後、天日干しまたはウェット乾燥が行われます。ウェット乾燥の場合、未熟な青い豆は浮き上がり、それを取り除く工程が行われます。KCCは、各コーヒー組合で選別された豆をオフィスに持ち込み、さらに自社で選別・乾燥を行い、品質を徹底しています。
また、フェアトレードの導入により、農家の収入も大きく変わりました。以前はマーケットに卸していたため、1キログラムあたり約130ルピーしか得られませんでしたが、KCCと契約したことで、現在では1キログラムあたり約300ルピーにまで改善されています。これは倍以上の収入にもつながっており、小規模農家にとって持続可能な経済的な成長が見込まれています。
インスタントコーヒーの市場参入
スリランカ国内のインスタントコーヒー市場は、大手のネスカフェやタイのK SHONG、Soul Coffeeなどが占めています。そんな中、KCCはこの市場に新しい風を吹き込むべく、精力的に取り組みを進めています。現在、マータレーにあるKCCオフィスの隣で、インスタントコーヒーを製造するための工場建設が準備段階に入っています。この新たな挑戦は、スリランカ産コーヒーの魅力をさらに広める一歩となるでしょう。
通販サイトを活用した日本市場への販売促進
KCCは今年、ネットショップを開設しました。この取り組みを通じて、スリランカ産コーヒーを日本の家庭へ届けるプロジェクトを進めています。焙煎したてのフルシティローストを提供し、800グラムを8,000円で販売する計画です。国際郵便EMSを活用することで、注文から10日以内にスリランカコーヒーを日本の家庭に届ける迅速な配送が特徴的です。
さらに、今後は販売先を他国へと拡大し、最終的には世界中の人々にスリランカコーヒーを届けることを目指しています。
次世代を育てる教育への貢献
KCCは、ビジネスの枠を超え、教育を通じた社会貢献にも力を注いでいます。同社が主催するバリスタトレーニングプログラムは、若者たちに新たなスキルを提供し、彼らが自立してキャリアを築くための基盤を作っています。
このプログラムでは、まずコーヒーの基礎知識として、産地や器具、焙煎、抽出方法などを学びます。その後、コーヒーマシンの操作方法を習得し、ドリップやエスプレッソの抽出技術、さらにラテアートのスキルも身につけることができます。
私自身も、KCCのバリスタワークショップを体験させていただきました。お話を伺うだけでなく、実実践しながら学べる点が非常に魅力的でした。特にラテアートには苦戦しましたが、貴重な経験となりました。
チョコレートワークショップの開催
KCCは、コーヒーだけでなく、スリランカのカカオにも注目しています。
カカオの知られざる旅路
カカオ豆がチョコレートになるまでの過程をご存じでしょうか?この甘美な食品の裏には、興味深いストーリーがあります。スリランカは、カカオ豆の生産地としても知られ、特にマータレーやモナラガラ地方がその中心です。これらの地域では、豊かな自然環境の中でカカオが育てられています。
カカオの実であるカカオポッドは、ラグビーボールに似た形で、約20センチの大きさ。その内部には30~40個のカカオ豆が含まれています。この豆は白い果肉(カカオパルプ)に包まれており、パルプ自体は酸味のある味わいです。この果肉が発酵し、乾燥されることで、私たちが知るカカオ豆が完成します。
スリランカのカカオ生産の特長
スリランカでは、伝統的な農法と豊かな自然を活かし、多くの生産者がオーガニック栽培を採用しています。これにより、持続可能な方法で質の高いカカオが生産されています。FAO(国連食糧農業機関)によると、世界全体のカカオ生産量は年間約500万トンに達し、コートジボワール、ガーナ、エクアドルなどの国々が主要生産地です。一方で、スリランカのカカオ生産量はこれらの国々と比較すると規模が小さいものの、品質の高さや独自の風味が評価されています。
世界とスリランカの比較
・生産量:スリランカの生産量は比較的少ないが、地域ごとに異なる香りや味が特徴。
・持続可能性:スリランカのオーガニック栽培は、世界的なトレンドであるサステナブル農業と一致。
・市場ニーズ:近年、品質志向の市場でスリランカ産カカオの注目が高まっています。
チョコレートができるまで~Bean to Bar~
カカオ豆がチョコレートになるには、いくつかの重要なプロセスがあります↓
①焙煎:カカオ豆をオーブンや焙煎機でローストします。
②皮むき:豆の外皮を取り除きます。
③粉砕:グラインダーで粉砕して「カカオニブ」を作ります。
④コンチング:メランジャーでカカオニブを長時間練り、ペースト状(チョコレートリカー)に。
⑤成型:テンパリング後、型に流し込んで冷やします。
このプロセスを実際に体験できるのが、チョコレートワークショップです。スリランカ産のカカオを使用し、消費者にその原料や背景を学んでもらうことを目的としています。
ワークショップで広がる理解
このワークショップは、普段何気なく口にしているチョコレートの背景やスリランカの生産地の魅力を知る良い機会です。カカオポッドからチョコレートができるまでの工程を実際に体験できるこのワークショップは、消費者が普段食べているチョコレートの原料について学び、製品の背景にあるストーリーを知る機会を提供しています。
キトゥル組合でのカカオワークショップは、通常のワークショップとは異なり、キトゥルを含むチョコレート製造プロセスに焦点を当てたものでした。このワークショップは、小規模農家が自らの製品をビジネスとして発展させるための第一歩ともいえるものでした。参加者たちは非常に真剣に取り組み、終了後のミーティングでは、KCCの社員に対して付加価値や利益に関する具体的な質問を投げかけるなど、熱意が感じられる姿勢が印象的でした。
KCCを支える中心人物
KCCの成功の鍵を握るのは、同社を率いるナリン氏のリーダーシップです。ナリン氏は、単なるビジネスマンではなく、地域社会の発展とスリランカ全体の未来を見据えたビジョナリーとしての役割を果たしています。
彼は、農家との信頼関係を築くことの重要性を深く理解しており、KCCの事業活動を通じて地域社会に貢献することを第一に考えています。ナリン氏のリーダーシップの下、KCCは品質管理の徹底やプロジェクトの展開を行っています。
ナリン氏は現在マネージャーとして会社の中心的な役割を果たしており、彼の人生哲学が企業の成功に大きく影響を与えています。彼のモットーは「できなくても行動、行動しながら考える」というものであり、実際に行動に移してから考えるタイプのリーダーです。「良い」と思ったらすぐにスタートし、結果を恐れずに進める姿勢が、KCCをここまで成功させた理由の一つです。
特に注目すべきは、地元の小規模農家との関係作りに力を注いできた点です。ナリン氏は農家を頻繁に訪れ、現地の声に耳を傾けることで信頼関係を築いてきました。このアプローチにより、農家との強力なパートナーシップが成立し、安定した品質のコーヒー豆供給が可能になりました。
ナリン氏は、コーヒー業界に飛び込む前に他企業で約20年間働きながら、コーヒーに関する知識を蓄えてきました。KCCが現在の名称になる前は「Kandy Forest Garden」という名前で始まり、当時からナリン氏は「うちのコーヒー会社がナンバーワンになる」という野心を掲げていました。
時が経つにつれ、彼のビジョンは現実となり、KCCはテレビ番組に出演したり、数々の賞を受けるまでに成長しました。KCCは政府から表彰を受け、ISOやJAS、HASAPなどの認証も取得しています。さらに、618社のうちわずか3社しか得られないインターナショナルサティスフィケイトを獲得し、以前ヒルトンホテルで行われたインターナショナルペッパーのギフトにも、KCCのドリップコーヒーが採用されました。このような認証取得や賞の獲得などにより、企業としての自信がさらに高まっています。
しかし、この成長の裏には多くの苦労がありました。特に、コーヒーの小規模農家が未熟な青いコーヒー豆を収穫してしまうことは品質に大きな課題をもたらしていました。なぜ彼らが青いコーヒー豆を収穫してしまうのか、その背景には熟練度の不足や市場への早期出荷の必要性などの理由が挙げられます。この問題に対して、ナリン氏は農家に適切な指導を行い、収穫基準の徹底を図ることで改善が進める努力をしました。
数年前、スリランカ国内のコーヒー会社はKCCを含めてわずか2~3社しか存在しませんでした。しかし現在では、多くの新興企業がこの分野に参入し、業界は大きく変化しています。顧客が求めるのは「安くて質の良いコーヒー」であり、価格競争が激化しているのが現状です。さらに、スリランカ国内の紅茶農園でもコーヒー生産を始める動きが見られ、今後、国内市場での競争が一層激化することが予想されます。そのような厳しい環境下においても、KCCの中心人物であるナリン氏の卓越した統率力のもと、KCCはさらなる発展を遂げていくことでしょう。
KCCの展望
KCCは、単にコーヒーを販売する企業ではありません。地元農家との協力を通じて、持続可能な農業を支援し、スリランカ経済にも貢献する社会的責任を果たしています。これからも、コーヒーやカカオといったスリランカの貴重な資源を世界に広めるための挑戦を続けていくでしょう。
KCCのチェアマンである清田氏との同行を終えて
スリランカ滞在中、KCCの取締役会長である清田さんと同行する貴重な機会を2度いただきました。1回目は9月初旬に約1週間、2回目は11月初旬に数日間の同行でした。
清田氏との同行では、自分の研究分野である小規模農家の現場を視察し、直接インタビューを行うことができました。これにより、卒業論文のテーマをさらに深めるための貴重なデータと洞察を得ることができました。また、スリランカ政府関係者との会談や大使館での新規事業に関する商談に同席する機会もあり、ビジネスや国際関係における実務的な学びを得る場となりました。
これらの経験を通じて、スリランカのコーヒー産業の発展におけるKCCの重要性を肌で感じるとともに、地域社会や農業の現場に寄り添った活動の意義を改めて考えることができました。
特に移動中の車内や食事の際、清田さんから伺った人生観や行動力の源についての話は、大きな影響を与えてくれました。彼の話を通じて、ビジネスやキャリア形成の新たな視点を得ることができ、今後に活かしたいと感じています。
清田氏の人生観と原動力
清田氏の人生観は、彼がブラジルを訪れたことで大きく変わりました。ブラジルに行く前は、ブランド品を買い集め、贅沢な生活を楽しんでいたそうですが、現地で小規模農家や貧困層の労働者と接することで、彼の価値観が一変しました。この経験を通じて、清田氏は「自分はこのままで良いのか」と自問し始め、物事や人への接し方、思いやりの重要性に気づくようになりました。
彼の原動力の根底には、自然環境や社会問題、そして貧困問題への強い関心があります。これらの課題に対して無関心でいることができず、自ら行動を起こす必要性を感じています。
78歳を迎えた現在もスリランカに足を運び、現地で精力的に活動しているその姿を目の当たりにし、私自身も大いに奮い立たされました。
おわりに
KCCの挑戦と成功は、スリランカのコーヒー産業だけでなく、地域社会や地球環境にも大きな影響を与えています。同社の取り組みを通じて、持続可能な未来への道が着実に広がっていることを実感できます。これからもKCCの活動に注目し、さらなる発展を期待したいと思います。
参考文献
・神原里佳(2023).『錫蘭(セイロン)浪漫:幻のスリランカコーヒーを復活させた日本人』.合同フォレスト
・清田和之(2023).『スリランカ 幻のコーヒー復活の真実』.文芸社
スリランカの自然、人、夕日が大好きです
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