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伊藤忠コロンボ駐在員事務所長/スリランカ日本人会会長 堀田幹長氏インタビュー|スリランカは日本企業のハブになり得るか

2026年3月24日

ブラジル、シンガポール、タイ、ベトナム、そしてスリランカ。37年の商社人生のうち21年を海外で過ごしてきた堀田幹長氏。伊藤忠商事コロンボ事務所長として過ごした4年間と、スリランカ日本人会会長を務めた3年間についてお話を伺った。 

※本記事は雑誌掲載インタビューのWEB版です。

堀田さんのこれまでのキャリア

1989年に伊藤忠商事に入社し、紙パルプ部(現在の生活資材部)に配属されました。私が所属していた紙パルプ部では、1973年に設立されたブラジルと日本の国家プロジェクトである Celulose Nipo-Brasileira S.A.(CENIBRA社)というパルプ会社に、日本の製紙会社11社とともに出資していました。

私は大学時代、日本ブラジル交流協会のワーキングホリデープログラムで1年間ブラジルに留学しており、仕事でもブラジルと関わることができたのは大変うれしいことでした。その後、語学・実務研修生としてブラジルの地方都市に赴任し、国内外の営業を経験しました。さらにシンガポール、タイ、ベトナム、2回目のブラジル(サンパウロ)、そしてスリランカと、これまで5か国に駐在しました。

海外で仕事をしたいという思いから商社に入りましたので、会社生活37年のうち21年を海外で過ごすことができたのは大変幸せなことであり、会社にはとても感謝しています。

スリランカにおける伊藤忠商事のビジネス展開

当社は1977年にコロンボ事務所を開設して以来、50年近くにわたり、本社のスリランカにおけるさまざまなトレードビジネスをサポートしてきました。スリランカからの輸出では、シャツの縫製品、ファミマル向け紅茶、胡麻、キリサンバ米などを取り扱っています。

一方、スリランカへの輸入では、商用車、建設機械、原油などを扱っています。関連会社としては、皆さんもご存知のドールがスリランカでバナナ農園を経営し、海外へ輸出しています。

スリランカのビジネスの可能性

当社は、日本商工会議所の日本スリランカ経済委員会の委員長を、初代の瀬島龍三元会長から現在の小林文彦副社長まで代々務めています。私は、当社にとってスリランカは重要な国の一つだと考えています。

スリランカのビジネス上の魅力は多くありますが、特にインド洋の中央に位置し、アジアとヨーロッパ、中東、アフリカを結ぶ主要な海上交通路上にあることから、国際物流の要衝である点が挙げられます。この地政学的な立地を活かし、輸出拠点や産業回廊の拠点として、今後の発展が期待されるインド、中東、そしてアフリカへとビジネスを展開していく可能性を持つ重要な国だと思います。

また当地の日本大使館、JETRO、JICAの皆さんが、日本企業が抱える問題の解決など企業支援を重要な任務の一つとして取り組んでくださっており、これは他国ではあまり見られなかったことです。さらにスリランカは特に親日的な国でもあり、日本企業にとって将来の海外展開のハブの一つになる可能性があると考えています。

Q. 日本スリランカ経済委員会ミッションは2026年2月、2016年6月と10年ぶりに行われ、堀田さんは両方のミッションに参加されていますが、10年前と比べて今年のミッションの違いはどこにありますか? 

10年前は2国間の議論が主体でした。今回は経済産業省さんとJETROさんがまとめられた「輸出志向型産業回廊構築に向けたロードマップ」のお陰で、両国の議論がより具体的でかつインドを含む広域に於けるビジネスの可能性について協議することが出来たことは大変有意義でした。

スリランカで働く醍醐味 

日本国内では、部署ごとに取り扱う商品や活動分野が細かく決められています。私は紙パルプの担当だったため、何十年も紙パルプを専門に仕事をしてきました。

一方、コロンボ事務所では、繊維、機械、食料、化学品、エネルギー、住生活など、あらゆる部署の商品開発の可能性があり、それに携わることができるのが魅力の一つだと思います。

例えば、バナナや紅茶などはスリランカで初めて取り扱いました。こちらでさまざまな商品開発に関わることができたのは、商社マンとして大きなやりがいを感じる経験でした。

また、通常であればお会いする機会のない財閥グループのトップの方々と交流する機会も多く、新しいビジネスの提案や意見交換ができたことも、私にとって大変貴重な経験になりました。

財閥グループのトップはどんな人たちか

多くの方が海外の大学や大学院を卒業されており、国際的でグローバルな視野をお持ちです。立ち振る舞いもジェントルマンですし、とても義理堅い方達が多いと感じました。ご自宅での夕食会に、夫婦そろってご招待いただくことも多くありました。もちろん日本は大好きです。ビジネスでは日本向けビジネスの難しさ(品質面や制度面など)を良くご理解頂いているし、日本製品への信頼度は非常に高いため、安心して様々な商品紹介や提案をすることが出来ました。

スリランカ日本人会会長としての役割と、日本人会の意義

日本人会は1952年に発足して以来、70年以上の長い歴史を持つ会です。長く存続してきたのは、諸先輩方をはじめ多くの方々のご尽力の賜物であり、深く感謝しています。スリランカにおける日本人社会にとって、これからも受け継いでいくべき非常に大切な組織だと思っています。

理事と監事の皆さんには毎月集まっていただき、理事会を開催しています。主な年間行事としては、1月の賀詞交換会、2月のバレーボール大会、7月の盆踊り大会、9月の運動会、10月の墓参会、婦人部による茶話会、12月の総会・懇親会などがあります。

盆踊り大会はその代表的な行事の一つで、毎年7月にマハラガマの National Youth Service Council にて、日本大使館、NYSC、そして LNBTI(Lanka Nippon BizTech Institute)と共催で開催しています。毎年、推計3,000人以上のスリランカの若者が訪れ、大いに賑わいます。

彼らは日本に強い関心を持ってくれているので、将来、日本とスリランカの架け橋になってくれることを願っています。日本人会の役割は、この長い歴史を持つ会を次の世代へつないでいくこと、そして「スリランカとの友好親善の促進」と「在留邦人同士の親睦を深める」ことに貢献することだと思っています。

スリランカでの休日の過ごし方

コロンボでは、Colombo City Runというスリランカ人主催のランニングクラブに参加しており、日曜日の朝と木曜日の夜に走っています。気軽に参加でき、自分のペースで走れるのが魅力です。仲間とも自然に親しくなり、さまざまな情報交換ができる点も気に入っています。

また、ダズン会という伝統ある日本人ゴルフ会にも参加しており、Royal Colombo Golf Clubでプレーしています。このゴルフ場は1879年に設立された歴史ある名門コースで、アジアで2番目に古い会員制ゴルフクラブです。1928年にはジョージ5世から「ロイヤル」の称号を授与されています。コース内を鉄道の線路が通り、プレー中に列車が行き来する光景も、このゴルフ場ならではの風景です。

休日には、ビーチリゾートや中部高原のお茶畑に囲まれたリゾートホテルへ、夫婦でよく出かけていました。コロンボの都会を離れ、素晴らしい景色を眺めながら心身ともにリフレッシュできるのも、スリランカの魅力の一つだと思います。

スリランカに来て印象に残っていること

スリランカに来て驚いたことの一つは、シンハラ語の中にブラジルで話されているポルトガル語と同じ単語があることでした。例えば、シャツは「カミーザ」、靴は「サパトゥ」と、身近な日用品の言葉がまったく同じ発音で使われているのです。

ポルトガル人はブラジルには1500年、スリランカには1505年に到着しています。どちらの国もポルトガルの影響を受けているのですね。若い頃に影響を受けたブラジルと、最後の駐在地となったスリランカにこのような共通点があることを知り、とても感動しました。

今後の日本とスリランカの関係

スリランカには、日本に大きな関心を持ち、日本語や日本文化を学んでいる若い人たちがたくさんいます。現在では、このように日本に強い興味を持ってくれている国は世界でもそれほど多くないのではないかと思います。彼らが日本で働いたり学んだりする夢を少しでも実現できるような機会や環境をつくることで、日本とスリランカの双方がともに発展していけるのではないでしょうか。

同時に、日本の若い世代にもスリランカで働きながら学べるようなワーキングホリデーのような機会が生まれれば、両国の友好関係はさらに深まっていくと考えています。

取材日:2026年3月10日 伊藤忠コロンボ事務所にて

本インタビューは雑誌掲載記事のデジタル版です。誌面版はこちらからご覧いただけます。

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