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シンハラ語3-25 アーユルヴェーダに関する名詞

2022年3月08日

本記事では、医療に関するシンハラ語を学びます。

スリランカにはアーユルヴェーダをはじめとした伝統医療が数多くあります。

それぞれの医療が何かを理解するには、その名前と意味が分かると理解が進むでしょう。

本記事は、アーユルヴェーダを入口に、数年間に渡るスリランカ伝承医療の調査をまとめた梅村絢美著『沈黙の医療 スリランカ伝承医療における言葉と診療』から取り扱う単語を取り上げ、野口忠司著『シンハラ語・日本語辞典』で調べた意味を記載しています。

医療・治療・内科医を意味する「ウェダ」

日本語に「医学」「医者」「医療」「治療」「診療」「病院」などの言葉があるように、シンハラ語にもいくつかの言葉があります。

その中でも広く使われている言葉が「ウェダ」です。

「ウェダ」には内科医・医者・治療などの意味があります。
「ウェダー」には内科医・漢方治療などの意味があります。
「ウェダヒラ」には病院などの意味があります。
「ウェダカマ」には治療・診察・診断などの意味があります。

梅村絢美著『沈黙の医療 スリランカ伝承医療における言葉と診療』には、「カマ」はシンハラ語の”する”を意味する動詞「カラナワー」に由来し、「ウェダカマ」で”医療実践”と訳すことができると記載されています。

ウェダカマを使った医療・医学を表す言葉があります。

「ヘラ・ウェダカマ」は、スリランカの治療・診察・診断という意味。
「ゴダ・ウェダカマ」は、田舎の治療・診察・診断という意味。
「シンハラ・ウェダカマ」は、シンハラの治療・診察・診断という意味。
「パーランパリカ・ウェダカマ」は、先祖伝来の治療・診察・診断という意味。
「バタヒラ・ウェダカマ」は、西洋の治療・診察・診断という意味で、西洋医学のことです。

伝承医療の男性治療家を「ウェダ・マハッタヤー」
伝承医療の女性治療家を「ウェダ・ハーミネー」と言います。

言葉は違いますが、薬指を「ウェダァンギッラ」というのは、何か近いものを感じます。

バラモン教の聖典「ウェーダ」と「アーユルウェーダ」

「ウェダ」と似た言葉に、バラモン教の聖典「ウェーダ」があります。
「ウェーダ」はシンハラ語の発音で、英語で記述される場合は「ヴェーダ」となります。

アーユルヴェーダは、ヴェーダ時代(紀元前1500年〜紀元前500年)に、バラモン教の聖典「ヴェーダ」の一つである「アタルヴァ・ヴァーダ(災厄を除く呪法の句をまとめたヴェーダ)」から、身体を扱う分野が独立して成立したと考えられています。

命を意味する「アーユシャ」と、バラモン教の聖典「ヴェーダ」から、アーユルヴェーダと呼ばれます。

バラモン教は、カイバル峠を越えてインド亜大陸に侵入した人々が、インド亜大陸の先住民族のドラヴィダ人に代わって北インドを拠点とした際に成立したと考えられています。

ウィキペディアによれば、カイバル峠を越えた人たちは、銅器時代(紀元前4300年〜紀元前3200年)に現在のウクライナを中心に栄えた「ヤムナ文化」の人々の一部だとする「クルガン仮説」が現在は有力とされているようです。

アーユルヴェーダでは乳製品を使いますが、乳文化を長年に渡って調査した平田昌弘著『人とミルクの1万年』にでは、乳文化の起源は西アジアであり、羊とヤギの西アジアでの家畜化は紀元前8700年〜8500年頃、牛の家畜化は紀元前6400年頃と推定されていることを紹介しています。

世界に先駆けて家畜化と乳文化が発生した西アジアを通過してインド亜大陸に侵入したヤムナ文化の末裔の人々が乳文化をインド亜大陸にもたらし、バラモン教とヴェーダを成立させたのかもしれません。

この「ヴェーダ」をシンハラ語では「ウェーダ」と発音し、このバラモン教を発祥とする医学を「アーユルウェーダ」、その医師を「アーユルウェーディヤー」と言います。

アーユルヴェーダは紀元前3世紀に仏教とともにスリランカにもたらされ、ミヒンタレーやリティガラ、ポロンナルワにアーユルヴェーダの治療院跡が遺跡として残されています。

ポロンナルワ王国滅亡後は、王国に保護されてきた仏教とアーユルヴェーダは衰退します。

イスラーム王朝のムガール帝国、大英帝国の支配によってインドで衰退していたアーユルヴェーダは、19〜20世紀にインドで行ったナショナリズムによって、民族服のサリーが標準化されたように、アーユルヴェーダが近代化・合理化されます。

この近代化されたアーユルヴェーダは、呪文や御呪いを排除し、長年の修行や実践がテキストや文献に置き換えて、西洋医学と同格の医療教育機関を目指して、アーユルヴェーダの高等教育機関がインドで設立されます。

これをスリランカに導入した最初の事例が、カルカッタの「アシュタンガ・アーユルヴェーダ大学」で学んだG.P.ウィックラマーラチが、1929年にガンパハに設立したのが「ガンパハ・ウィックラマーラチ・シッダ・アーユルヴェーダ・インスティテュート(1995年にケラニヤ大学に統合された)」です。

同年、1929年にはコロンボ大学の伝統医療学部の前身である専門学校も設立され、1962年にはバンダーラナーヤカ政権が「国立アーユルヴェーダ研究所」を設立、1980年には「土着医療省」が設立されて国立アーユルヴェーダ研究所が吸収さえ、アーユルヴェーダ局が設置されます。

この近代になってインドから導入された大学で教えられるアーユルヴェーダは「インディアン・アーユルヴェーダ」あるいは「サンスクリット・アーユルヴェーダ」と呼ばれ、古代からスリランカで仏教僧などが脈々と行ってきたアーユルヴェーダ(シンハラ・アーユルヴェーダ、ランカ・アーユルーヴェーダ)とは区別されていると、梅村絢美著『沈黙の医療 スリランカ伝承医療における言葉と診療』に記載されています。

タミル人の医療「シッダ」とムスリム「ユナーニ」

1929年にスリランカで初となるアーユルヴェーダの教育機関「ガンパハ・ウィックラマーラチ・シッダ・アーユルヴェーダ・インスティテュート」の”シッダ”には、その土地固有の、有効な、料理した、聖なる、清らかな、というような意味があります。

12世紀のポロンナルワ王国時代には、南インドから多くの治療家がスリランカに渡り、スリランカの治療家「ヴァイッディヤー」がタミル語の医療文献をシンハラ語に翻訳し、スリランカでのタミル医療の普及に努めたと言われていますが、このタミル人の医療を「シッダ」と言います。

コロンボ大学の伝統医療学部には、「アーユルヴェーダ」「シッダ」「ユナーニ」の3つの学科があります。

アーユルヴェーダを学ぶのは主にシンハラ人、シッダを学ぶのはタミル人、ユナーニを学ぶのはムスリムと分かれています。

ユナーニとは、ギリシャ発祥でイスラーム世界で発達し、パキスタン・インド・スリランカなどの南アジアのムスリム社会で実践されている伝統医療です。

ユナーニは、エーゲ海に面したアナトリア半島南西部に植民したイオニア人に由来する言葉で、アラビア語・ペルシャ語でギリシャを意味する言葉です。

スリランカの伝承医療

教育機関で教えられる近代アーユルヴェーダとは異なり、村で代々引き継がれている伝承医療が「ヘラ・ウェダカマ」「ゴダ・ウェダカマ」「シンハラ・ウェダカマ」「パーランパリカ・ウェダカマ」「バタヒラ・ウェダカマ」などと呼ばれる医療です。

伝承医療は「デーシーヤ・チキッサ」とも呼ばれ、コロンボ大学の伝統医療学部では、アーユルヴェーダ学科の中に「デーシーヤ・チキッサ」という科目で教えられています。

「デーシーヤ」は”国内の”という意味です。
「チキッサ」は、治療を意味する「チキッサーワ」「チキッサーガーラヤ」を元にしています。

伝承医療の診療科

伝承医療の医師には、それぞれ得意とする診療科があります。

一番多いのが全身(サルワーンガヤ)を治す、内科にあたる「サルウァンガ」です。

キャドゥマ、ビンディーマと呼ばれる骨折や捻挫などの外傷に対して整骨治療を行う「キャドゥム・ビンドゥム」も広く行われています。

火傷(ピリッスヌ・トゥワーラヤ)を治す「ダウム・ピリッスム・ウェダカマ」
蛇の毒(ウィシャ)を抜く「サルパ・ウィシャ・ウェダカマ」
目(アス)の治療を行う「アス・ウェダカマ」

など様々な治療があります。

薬「ベヘッ」

スリランカの伝承医療の治療は「ベヘッ・ゲダラ」あるいは「ウェダ・ゲダラ」と呼ばれる特定の親族集団の内部で受け継がれています。

「ゲダラ」は家の意味です。
「ベヘッ」は薬を意味すると「ベヘタ」の複数形です。

スリランカの伝承医療やアーユルーヴェーダでは薬草が頻繁に使われます。

関連する言葉には、以下のようなものがあります。

薬「ベヘタ(単数形)」「ベヘッ(複数形)」
薬草「ベヘッ・バドゥ」
薬局「ベヘッ・カデー」
薬剤師「ベヘッ・ウェレンダー」
処方箋「ベヘッ・ワットールワ」

日本でも手を当てることの治療効果は知られていますが、手の薬「アタ・ベヘッ」と言ったりします。

また、伝承医療の治療家が持つ治療能力を「アタ・グナヤ」と言ったりします。

スリランカの悪魔祓い

西洋医学と同格の医療の立ち位置を目指した近代アーユルヴェーダが排除した呪文や御呪いを中心にした悪魔祓いがスリランカにはあります。

伝承医療の医師が治療の一環で行う場合もありますが、医師ではなく、祈祷師が行うものもあります。

悪魔祓いにも種類があり、「トウィラヤ」「バリヤ」「フーニヤマ」「ヤクマ」などがあります。

悪魔祓いによって、鬼や悪魔と言われる「ヤカー」や「フーニヤン」を祓います。

まとめ

スリランカに関する医療に使われる、ほんの一部のシンハラ語を紹介しました。

リゾートやスパとしてのアーユルヴェーダではなく、医療・治療としてのアーユルヴェーダに興味がある方は、梅村絢美著『沈黙の医療 スリランカ伝承医療における言葉と診療』を読まれることをお勧めします。

西洋医学との対比ではなく、アーユルヴェーダとスリランカ伝承医療との違いを理解する方が、医療と治療としてのアーユルヴェーダについて理解が深まるでしょう。

この本はアーユルヴェーダよりもスリランカ伝承医学に重きが置かれているため、「沈黙の医療」とタイトルが付いています。

インフォームドコンセプトとは逆をいく、「病は気から」の究極系とも言える、患者は医者に病状を伝えない、医者は患者に病気・施術・薬について患者に伝えない、医療が見えてきます。

西洋医学とは違うものを求める人には、西洋医学に追いつこうとした近代化されたアーユルヴェーダよりも、言語化されないスリランカの伝承医療は興味深いでしょう。

参考)

Wikipedia:Vedic period
コトバンク:ベーダ
ウィキペディア:ヴェーダ
ウィキペディア:ヤムナ文化
ウィキペディア:銅器時代
ウィキペディア:クルガン仮説
ウィキペディア:カイバル峠
ウィキペディア:イオニア
Wikipedia:Unani medicine
Wikipedia:Ministry of AYUSH

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