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スリランカ津波犠牲者を偲ぶ灯篭流し|21回目の追悼行事(2025年)

2025年12月26日

2004年12月26日、スマトラ島沖地震による津波はスリランカ各地に甚大な被害をもたらした。
その犠牲者を偲び、翌2005年から毎年12月に行われているのが、南部ゴールでの「灯篭流し」だ。

21回目となる追悼の灯篭流しは、2025年12月20日、ウナワトゥナの日本山妙法寺(ピース・パゴダ)を中心に静かに執り行われた。本記事では、現地で行われた行進から式典、灯篭が川面を流れていくまでの様子を記録する。

被災20年となった2024年12月には日本からマスコミが取材にきたという。

この灯篭流しの主宰はウナワトゥナのルーマッサラの丘に建つ日本山妙法寺(ジャパニーズ・ピース・パゴダ)の浅見上人。そして、ゴール(シンハラ語でガーッラ)郊外マーガーッラにある日本語学校「ヒロシャン・スクール・オブ・ジャパニーズ・ランゲージ」の校長・ヒロシャンさんがサポートしている。

浅見上人は1997年からルーマッサラに住み、寺院の建設に関わったという。津波が起きた当日の朝、パゴダは2005年2月の完成に向け、工事の最終段階にあった。浅見上人は、仏塔のてっぺん近くの足場から、津波が押し寄せる光景を目にしたという。

行進の出発点は、国道2号線(A2)とボナヴィスタロード(日本山妙法寺へ続く道)が交わる交差点。午後4時、浅見上人、ヒロシャンさん、来年から日本へ留学予定だという同校の生徒たち、ゴールやヒッカドゥワ在住の日本人とその家族などが静かに集った。

先頭には灯篭流しの趣旨を説明する旗と、「南無妙法蓮華経」と記された旗。読経する浅見上人に続き、寺の修行僧、寺でお供えの花を売る少年、そして灯篭を手にした参列者たちが列をなす。灯篭には「デヒワラで亡くなった方々」、「ウェリガマで亡くなった方々」などと、沿岸の町の名前が書かれていた。その隊列は、デワタビーチ沿いの道を約45分かけて進み、マーガーッラ橋手前の店先広場に到着した。

到着後は記念撮影が行われ、続いてアイスクリームが振る舞われた(ダンサラ:無料配布)。ダンサラが終わると、浅見上人に加え、マーガーッラの仏教寺院ガンガラーマ・プラーマ大寺院の僧侶、そしてマーガーッラ・モスクの聖職者も列席し、式典が始まった。

式典では、1945年8月の原爆投下、2004年12月のスマトラ島沖地震、そして2025年11月のサイクロン「ディトワ」による災害で亡くなったすべての人々に向けて黙祷が捧げられた。

閉式と同時に激しい雨が降り出し、参列者は1時間以上にわたって雨宿りを余儀なくされた。雨脚がわずかに弱まったのを見計らい、一行はマーガーッラ橋へ移動。橋のたもとに寄せられたボートに灯篭を乗せ、川面へと順に流していった。

灯篭は前日と当日の朝、日本語学校の生徒たちやゴール在住のJICA海外協力隊員が一つひとつ手作りしたものだ。夜の川を静かに流れ、やがてゴール港の方へ向かう灯篭の光は、幻想的で美しかった。

なお、このマーガーッラ橋は、2004年の津波被害からの復興を支援するため、日本のODAによって架けられた橋でもある。

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