『すべては森から 住まいとウェルビーイングの新・基準』落合俊也著 建築資料研究社
建築専門誌『住宅建築』の2015年8月から2020年6月まで掲載されたシリーズ「森と人と建築と」をまとめた落合俊也さんの本を紹介します。
本書の構成は以下のようになっています。
はじめに
序章「森林と人を結ぶ数式」
・試論/森林共生住宅のすすめ第1章「森林ウェルビーイングの先駆者たち」
・アーユルヴェーダの試み Part1 環境と健康、そして幸福
・アーユルヴェーダの試み Part2 アーユルヴェーダ的健康と環境
・フィンランド 森のレイヤーの教え 生態系に建築のレイヤーを
・稲本正の今 電子と伝統の森から アロマで人と森を結ぶ第2章「タイムマシンを生み出す森」
・サウナの源泉を探る 森と人を繋ぐタイムカプセル
・東京里山秘話「鎌田烏山」第3章「熱帯雨林の環境リアリティー」
・Laki Senanayake Art and Forest Part1 森に住むという理想
・Laki Senanayake Art and Forest Part2 熱帯雨林が生み出す本物のアート
・Laki Senanayake Art and Forest Part3 青と緑のラグーン ふたつのリズムの協奏曲第4章「木材に投影される森の力」
・月齢伐採と榊原正三の一味
・対峙と共生の技術 Part1 森が支える極地建築
・対峙と共生の技術 Part2 森林共生の住まい
・住まいに家具の森を終章「神の棲む森の掟」
・ウイルスと森の呪文おわりに
ラキラナナヤケさんの写真が写る帯を取ると、本の表紙から裏表紙にかけてラキさんのスケッチが描かれていて、「はじめに」と「おわりに」にもラキさんのスケッチが描かれています。
ジェフリーバワ建築を見てきた方は、ラキさんの素晴らしいスケッチをよくご覧になられていると思いますので、一目見ると、それと分かるかと思います。
第1章「森林ウェルビーイングの先駆者たち」で最初に取り上げられているのが、スリランカのアーユルヴェーダリゾートの「バーベリンビーチ(Barberyn Beac)」です。
第3章「熱帯雨林の環境リアリティー」は全てラキセナナヤケさんに関する内容になっています。
こちらの記事は以前に取り上げていますので、本ページ下部の関連記事をご覧ください。
森林共生住宅を提唱し、世界各地を回っている建築家で、「私の主治医はアーユルヴェーダ医」と言い、10年ほど前から毎年アーユルヴェーダリゾートのバーベリンビーチに訪れているという落合俊也さんだからこその視点でスリランカを各地の事例がまとめられています。
取り上げられているのがスリランカ以外も含まれていることで、より多面的にスリランカの魅力を知ることができる良書です。
本記事では、私がグッときた文章を引用しながら本書について紹介しています。
本書は対談も多く踏まれていて、発言内容の意味することを咀嚼しながら読むのをお勧めします。
アーユルヴェーダリゾート「バーベリンビーチ」
大きく湾曲したウェリガマ湾には穏やかな波が続いてやってくることから、サーフィン初心者に最適地として知られるウェリガマビーチ。
そのウェリガマビーチから少し東に行った岬の丘の上に建っているのがアーユルヴェーダ専業ホテルを複数経営するバーベリングループのリゾート「ベーベリンビーチ」です。
バス通りからベーベリンビーチを繋ぐ坂道はその名も「バーベリンロード」。
この丘は自然豊かで、孔雀や猿をよく見かけます。
この土地について、バーベリンのギーサ・カランダワラさんがお話されています。
私たちがバーベリンビーチの土地に出会ったとき、そこはすべての自然の要素が完璧なバランスで実現している場所であることが分かりました。一方の側は起伏のある豊かな地形で、平らな場所はほとんどなかった。そしてそれは海に向かって開いている形の整った土地でした。海に向かって開いた眺望は、人が巨大な青い空と夜に星でいっぱいの空を見て、宇宙そのものを感じることができることを意味していました。
ジェフリーバワの傑作とされるヘリタンスカンダラマは歳月とともに森に埋もれるホテルとして知られていますが、落合さんがこうおっしゃっています。
建物は建設から約15年を経てすっかり緑の中に埋没した感じになりました。森林の中にいるように錯覚します。野生の孔雀(ピーコック)もあちこちで見かけます。スリランカの国鳥ですが王者の風格ですね。大小さまざまな野鳥がさえずりを欠かしません。野生の猿も沢山いますが、人の棲み分けが上手にできていて危険は全く感じません。
ちなみに、設計はジェフリーバワとも働いたターナーウィクラマシング(Turner Wickramasinghe)さんによるものだそうです。
私はいつもバスから降りて、歩いて坂を登ってバーベリンビーチに行くため、エントランスに着く頃には汗ダラダラの状態になります。
風が入るエントランスでウェルカムドリンクを出してもらって休憩させてもらいますが、エントランスパビリオンになる照明はラキセナナヤケさんの作品だそうです。
たしかにヘリタンスカンダラマのメインレストランにあるラキセナナヤケさんによる作品に似たものを感じます。
「Kaludiya Pokuna Monastery Complex」がジェフリーバワが好んでよく来ていた場所として写真付きで紹介されています。
Kaludiya Pokuna Monastery Complexはヘリタンスカンダラマから程近い場所にある巨岩のある史跡です。
ハーベリンがルフナ大学、英国キュー王立植物園と薬草のデータベース化を進めているアーユルヴェーダの研究機関「Institute of Ayurveda and Alternative Medicine」についても写真付きで紹介されています。
研究機関を持っているのは、アーユルヴェーダリゾートを基軸に展開しているバーベリングループならではだと思います。
自然の力、すなわち神の力
スリランカの各観光資源・伝統・文化を横串で繋ぐ落合さんの洞察が書かれていました。
ところで、古代のアーユルヴェーダ病院施設は、衛生処理に関してどのように取り組んでいたのだろうか。それにはやはり自然の浄化能力に頼るしかなかったことが想像できる。そして当時、自然の力とは神の力を意識していたはずだから、衛生の技術も治療の効果も、すべては自然の力、すなわち神の力を借りることを前提に考えていたに違いない。
私は、スリランカに滞在する魅力の一つは自然が身近に感じられることだと思っています。
最大都市コロンボに住んでいても、海に沈む夕日を毎日のように見ることができます。
満月の日は祝日のため、コロンボにいても満月を見上げることがあります。
スリランカには仏教、ヒンドゥー教、イスラム教、キリスト教の四宗教の祝祭日がお休みで、その起源を調べると、太陽や月の動きと関連していることが多くあります。
宗教とも関係するアーユルヴェーダはスリランカでは仏教徒、インドではヒンドゥー教と結びついているとも言われ、ヨガが呼吸法、マインドフルネス、占星術とも近い関係がありますが、満月の日には行わない施術があります。
スリランカは宝石が重要な伝統産業ですが、石は星と関連し、生活でも身近な存在です。
スピリチュアルや宇宙というと薄っぺらさと怪しさが、信仰というと昔のこと、異世界のことにように感じられますが、落合さんがおっしゃるように、自然の力=神の力 と捉えると、伝統文化や伝統行事、信仰や伝統医療をより素直な気持ちで受け入れられるように思います。
ジェフリーバワ建築も自然の力を取り入れて、快適さが追求されているのが魅力の一つだと思います。
野生動物たちが見られる自然公園、クジラやイルカが見られる海など、やはり自然の豊かさはスリランカの魅力の大切な要素だと思います。
月の力(フィンランドのハーブ学者ビルピさん、月齢伐採の榊原正三さん)
フィンランドのオーガニックハーブ製品メーカー「フランツィラ(furantsila)の創設者でハーブ学者のVirpi Rapala-Cormierさんの言葉も興味深いです。
木を材料に使う場合は、カビや細菌が発生しないタイミングで木を切ること。月の影響はすべての植物や木が大きく受けています。私のおじいさんは何をするにも月の示すタイミングで生活していました。それだけでなく、編み物や洗濯や料理の仕込みまで決められたタイミングで行っていました。
第4章では、月齢伐採を行う榊原正三さんについて紹介されています。
オーストリアのエイルヴィントーマさんは
月が欠けていく時に伐った木は、虫がつきにくく、永持ちする。
と語ったと言います。
これを聞いて榊原正三さんは月齢伐採を実行し、京都大学に分析を依頼して、
新月前と満月前とでは、木材内のでんぷん質の消化量に明らかな違いが見られた
ことを明らかにされたそうです。
これは月の動きを重視する、スリランカにいると、より納得するお話だと思います。
落合さんは、エコロジーコンシャスな住宅、パッシブ設計を追求した「月的寓居」シリーズを発表し、設計事務所の名前が「アトリエ月舞台」となっていることからも、月の力を感じてしまいます。
毒杯の神託と赤い玉
終章に掲載されている杉下智彦さんと落合さんの対談の中で、杉下さんがマラウイでご経験されたの伝統医の話が非常に興味深いです。
スリランカの悪魔祓いや伝承医療のことを理解する上での参考にもなるように思います。
一部抜粋して引用しますが、是非、全文をご覧ください。
アフリカのヒーラーといわれるものにはいくつか種類があります。その中でもウィッチドクター(妖怪術)の存在が我々に多くのことを示唆してくれます。(中略)当時、僕らの病院には社会的制裁で殺されたと思われる人が毎月のように運ばれて来ました。いろいろ話を聞くと、村人全員の暗黙の合意を得て、最終的には村長が人を殺めることを決定するような、一種の不文律が色濃く残っていることが分かってきました。(中略)さらに驚くことは、「罪を憎んで人を憎まず」ということをきちんと実践している。災いは「赤い玉」のせいであり、普通は善良な彼がある日「赤い玉」を飲み込んでしまったために、今回は死ななければならなかった、彼や家族などの関係者は悪くない、とみんなが言うのです。
本書にはその他、現代建築技術が越えられない壁と説明されているエストニアのサウナ、千と千尋の神隠しにも看板として登場する東京の里山「鎌田烏山」など興味深い事例が多く取り上げられています。
建築、アーユルヴェーダ、森林、オーガニックなどに興味がある方にお勧めの本です。
参照)
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SPICE UP LANKA CORPORATION (PVT) LTD Managing Director
SPICE UP TRAVELS (PVT) LTD Managing Director
「旅と町歩き」を仕事にしようとスリランカに移住。
地図・語源・歴史・建築・旅が好き。
1982年7月、東京都世田谷区生まれ。
2005年4月、法政大学社会学部社会学科を卒業後、六本木の人材系ネットベンチャーに新卒入社。
2015年6月、新卒採用支援事業部長、国際事業開発部長を経てネットベンチャーを退社。
2015年7月、公益財団法人にて東南アジア研修を担当しながら、新宿ゴールデン街で訪日外国人向けバーテンダー。
2016年7月、スリランカに初めて渡航し、法人設立の準備を開始。
2017年1月、SPICE UP LANKA CORPORATION (PVT) LTDを登記。
2017年2月、スリランカ情報誌「スパイスアップ・スリランカ」創刊。
2018年2月、スリランカ観光情報サイト「スパイスアップ」開設。
2019年11月、日本人宿「スパイスアップ・ゲストハウス」オープン。
2020年8月、ニュースレターの配信を開始。
2020年10月、WAOJEコロンボ支部立ち上げ初代支部長に就任。
2023年2月、スリランカ日本人会理事・広報部長に就任。
2025年6月、SPICE UP TRAVELS (PVT) LTDを登記。
渡航国:台湾、韓国、中国、ベトナム、フィリピン、ブルネイ、インドネシア、シンガポール、マレーシア、カンボジア、タイ、ミャンマー、インド、スリランカ、モルディブ、アラブ首長国連邦、サウジアラビア、エジプト、ケニア、タンザニア、ウガンダ、フランス、イギリス、アメリカ
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