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「住宅建築」2018年8月号〜Laki Senanayake Art and Forest Part3 青と緑のラグーン ふたつのリズムの協奏曲

2021年4月30日

建築専門誌「住宅建築」の落合俊也さんの連載「森と人と建築と」にて3回に渡って掲載された「Lake Senanayake Art and Forest」。

Part 3は-青と緑のラグーン-ふたつのリズムの協奏曲

今回もPart2と同様に3部構成になっています。
1)落合さんの論文「人体と森羅万象のリズム」
2)ラキさんへのインタビュー「都市の生活 VS 森林の生活」
3)南雄三さん・伊礼智さん・落合俊也さんによる対談
より健康に住まうために -今の住宅のつくり方は正しいのか-

今回の記事ではラキさんの建築が2つ紹介されています。

一つ目がニラベリビーチに立つC beyond Nilaveli。
目のような形をした柵から朝日が登る様子を捉えた写真
太陽が登る前の濃い青に包まれたインフィニティープールと海と空
そして、太陽が登り始めて黄色と白色の光が加わったプールと海と空
の写真が印象的です。

もう一つは、鉄筋コンクリートの柱の上に木造の家が作られている独特のツリーハウス「Ritigala house」。
ツリーハウスを建てたいという施主の土地には適した木がなかったために、考え出されたものとのこと。
立ち並ぶ支柱を捉えた写真と、樹間に浮かぶ回廊から撮れた写真が見ものです。

青と緑のラグーン-ふたつのリズムの協奏曲

この連載のタイトルをまさに表す言葉を落合さんの質問に対して、ラキさんが回答されています。

空の青は太陽からのエネルギーを象徴し、緑は太陽と相互作用する生命を象徴しています。(中略)海の音は宇宙の音に通じる無生物的な音。一方、森の音は生き生きとした生物の音で活力があります。しかし根底のリズムは共振しているというか、同調関係にあって私たち生物と同じリズムになっているのだと思います。

Part 2の対談で、森のリズムに注目する落合さんに対して、伊礼さんが水辺のリズムの視点を加えていますが、まさにそれを進めた内容です。

ラグーンは海であり湖でもあるような二つの側面を持つもので、森林と海辺の二つを象徴したタイトルだなと思いました。

山派・海派という言葉がありますが、私はスリランカに住み始めて、自分は山派だと思いました。
落合さんが指摘されているように、山や森の音がとても気持ち良かったからです。
特に朝と夜の虫と鳥の音は格別です。

一方で、海辺に面した都市であるコロンボに住んでいることで、海が好きにもなりました。
特に西海岸のため、天気が良ければ、毎日夕日が見られます。

落合さんが「スリランカは外環境が快適」とご指摘されているように、コロンボはバーでもレストランでもカフェでも、良い席は野外席です。
特に海が見える開放的な席は特に素晴らしく、そこで夕日を見ることは格別で飽きることはありません。

スリランカは満月の日が祝日であるため、必然と月を意識するようになります。

落合さんが「太陽と月のリズム」の重要性を挙げていますが、コロンボでの生活は都市でありながら、東京よりもはるかに太陽と月を感じることができます。

年中朝は6時頃に太陽が顔を出し、夕方は18時頃に太陽が沈むのも、季節で日没や日の出の時間が変わる日本よりも、太陽のことを意識しやすいように思います。

真っ暗な海があることで、空には星が見え、稀に月明かりの筋が海辺に見えることもあります。

コロンボには残念ながら綺麗な川はありませんが、インド洋が大きく生活の質を上げてくれています。

伊礼さんが対談で同様なことをおっしゃられています。

沖縄では年間の行事がすべてリズムとリンクしています。例えば、僕が結婚するときにも結納は潮の満ちる時間にやるとかね。東京に来たとたんに一切関係ない。

落合さんは論文でこう書かれています。

建築は、さまざまな経済指標が優先して計画されるようになっている。法規や予算、工期など、経済にがんじがらめの建築生産が行われている。本当は建築本体より、まず体が正しく呼応できる外部環境を確保することのほうが大切なのである。

熟練した職人の技は芸術になり得るのか?

職人や技に価値を日本、そうでないスリランカを、ラキさんの回答で感じました。

落合さんはこう話されています。

私は非常に熟練した職人の技能は、それ自体が芸術になり得ると思っていました。

これは日本人的感覚であり、私もそう思います。

一方で、スリランカはそうではないように思えます。
ラキさんはこう話されています。

残念なことに、職人のスキルは現代建築ではほとんど評価されなくなってきています。なぜなら、ほとんどの材料は工場でつくられているからです。物つくりをトータルに考えられない人は芸術家たり得ません。(中略)現代社会では熟練労働者はいても、芸術性を発揮できる立場にいない。彼は全く芸術性がなくても非常に熟練した仕事をすることができるのに対し、人は最小のスキルをもって芸術作品を制作することができるのです。

上記の引用に加えて、ラキさんは分業化による弊害を指摘されています。
ところがスリランカやインドは日本以上に元々分業化の考え方が根強くあります。
カーストと言われる職業による区分けです。

日本ではゴットハンドと言われて施術をする素晴らしい整体やマッサージの先生がいます。
その発想からか、アーユルヴェーダのセラピストを目指してスリランカやインドに行く人は多くいます。

一方で、スリランカやインドは権威のあるドクターと、実際に施術を行うセラピストには大きな乖離があり、立場も大きく異なります。

建築家と職人による共同作業で作られる建築においても、日本とスリランカでは職人の立場や求められるスキル、プロフェッショナリズムには大きな違いがあるように思います。

ラキさんのおっしゃることも分かりますが、落合さんがおっしゃる「非常に熟練した職人の技能は、それ自体が芸術になり得る」の方に共感します。

鉄筋コンクリート柱のツリーハウス

ラキさんが話されているツリーハウスの説明が、動物が身近に存在するスリランカらしいものですので、以下に引用します。

この場所で一番大きなマンゴーの木の高さを基準に決めました。だからこの家は周囲の樹冠の高さを超えない程度の高い場所に位置しています。ですから、鳥などの樹木動物を目の高さで見ることができます。象も定期的にマンゴーを食べにきます。象がこの家を壊さないように1.2メートルの深さのプールをつくり、その中に家を建てたのです。

四季は素晴らしいのか?

「日本には四季があって〜」と当たり前のように良いこととして言われるこの言葉は本当か?とスリランカに住んで思うようになりました。

季節による温度変化や、日の出・日没時間の変化が少ないことは、生活のリズムを作る上でも、冷暖房に頼らずに快適に過ごす上でも利点が多いと思います。
変化が大きい、四季がある日本では、スリランカ以上に工夫が必要だと感じます。

日本の住宅建築への問題定義されているからか、Part1とPart2に比べて、Part3は私にはそこまで面白いものではありませんでした。

ただ、外部環境に目を向ける落合さんの視点は、スリランカ生活を送る上では、そこにある環境をより自覚でき、大切だと思いました。

建築は、さまざまな経済指標が優先して計画されるようになっている。法規や予算、工期など、経済にがんじがらめの建築生産が行われている。本当は建築本体より、まず体が正しく呼応できる外部環境を確保することのほうが大切なのである。

もう一つ、当たり前のように言われていて本当か?思うのが「日本は自然を大切にする文化で〜」という言葉。

南雄三さんが対談でいかにようにお話されています。

ドイツでは小学生が森に行くカリキュラムがあったり、西洋人は自然は神と人間がつくったと考えるから、自然と共生することにきちんとしている。でもアジア人は自然とともにあるから、自分達が人工的な生活に向かうと、簡単に自然を壊してしまいますよね。

日本は森林面積が広く、たしかに豊かな自然はあるのですが、スリランカ人の自然を愛する心、自然や動物を優先する考え方には見習うところがあるように思います。

南さんがおっしゃるように、ヨーロッパ人旅行者が多いスリランカにいると、ヨーロッパの人たちの自然を満喫しにいく動きは参考になるなとよく思います。

一方で西洋人やアジア人は対象となる地域が広く、一括りに考えるのは無理があるように思います。
乾燥地帯と湿潤地帯に住む人々、沿岸部と山岳部に住む人々、と環境によっても異なるように思います。

今回の連載を通して知ったことは「森林の音」「太陽と月のリズム」「水辺のリズム」の大切さです。

「森と海」、「太陽と月」、「植物と動物」が身近に感じられるスリランカの環境は恵まれているように思います。
それらを満喫できるような時間をスリランカで過ごしていただけるよう、引き続き情報発信を続けていきたいと思います。

参照)

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