ミリッサのベルギー人大富豪の豪邸『世界現代住宅全集12 安藤忠雄 スリランカの住宅とモンテレイの住宅』
ジェフリーバワの最晩年の作品であるPradeep Jayewardene House(現 レッド・クリフス)があるミリッサに、安藤忠雄さんが設計したベルギー人実業家の邸宅があります。
その豪邸とメキシコの住宅が紹介されているのが『世界現代住宅全集12 安藤忠雄 スリランカの住宅 モンテレイの住宅 』です。
本ウェブサイトでは以前に、世界現代住宅全集がジェフリーバワを取り上げた『バワ自邸/ルヌガンガ(バワの庭園) Geoffrey Bawa 33rd Lane1960-98/Lunuganga1948-98―世界現代住宅全集07(Residential Masterpieces)』を紹介しましたが、本書でも建築写真家の二川幸夫さんによる素晴らしい写真が多数掲載されています。
本書に掲載されている文章は安藤忠雄さんが執筆されています。
施主はジェフリーバワ設計の住宅に住んでいたこともある工業用タイヤの世界市場で1位を占めたSolideal Loadstarの創業者で、ミリッサでのホエールウォッチングのボートツアーをいち早く手掛けたことでも知られるベルギー人のピエール・プリンジャーズさんです。
ピエールさんが、画家である奥様にアトリエ兼ギャラリーとしてプレゼントする際に、設計を依頼したい建築家を聞いたところ、奥様は安藤忠雄さんを希望されたそうです。
現地の建築パートナーは、ジェフリーバワ建築の改装をはじめ、数々の有名ホテルを設計・建築してきたPWAアーキテクツです。
ご夫妻はこれとは別に、坂茂さんに設計を依頼して、豪邸を建築されています。
本記事では、本書で取り上げられている「スリランカの住宅」と、施主のピエールさん&サスキアさん、PWAアーキテクツについて紹介します。
目次
施主:ベルギー人実業家&ベルギー生まれの画家夫婦
本書で安藤忠雄さんは以下のように書かれています。
クライアントは、現地で起業しグローバルに展開する製造業の会社を営む夫と、画家である妻のベルギー人夫妻である。スリランカの風土と文化、人々をこよなく愛する夫妻は、昨今の亜熱帯地域のリゾートホテルの源流として、近年世界的な評価を受けているジェフリー・バワの友人であり、その代表作の一つである「A. S. H. de Silva House」に住んでいた。
また、以下のようにも書かれています。
立地も規模も私がつくってきた日本の都市住宅とはかけ離れている。
まずは、そんな豪邸を建てた施主について見ていきましょう。
実業家・慈善活動家として知られるピエール・プリンジャーズさん
夫のピエールさんはスウェーデンの世界的なエンジニアリング企業「トレルボルグ(TRELLEBORG)」に買収された工業用タイヤ製造会社のゼネラルマネージャーを勤めていました。
会社を辞めて、スリランカの代表的なエンジニアリング会社「ジーナセナグループ(Jinasena Group)」と「ソリディール・ロードスター(Solideal Loadstar)」を創業し、世界市場の40%から60%と半数を占めるほどの世界市場1位の企業に育て上げています。
この功績からピエールさんは、在スリランカ ベルギー名誉領事に任命されています。
ソリディール・ロードスターはカナダの「カムソ(Camso)」に売却され、「カムソ・ソリディール(Camso Solideal)」となり、現在は社名が変更されカムソの所有するブランド名としてソリディールがあります。
2019年1月、カムソはフランスのミシュランに買収されています。
ピエールさんはタイヤ事業からはすでに引退されています。
2004年の初頭に安藤忠雄さんに住宅の設計を依頼します。
2004年12月26日に発生したスマトラ沖地震を受けて、ジーナセナグループと財団法人「Solideal Loadstar Rehabilitation Trust」を設立し、救援活動を行います。
その功績から、ベルギー国王アルベール2世により「レオポルド勲章シュヴァリエ」を、
ライオンズクラブ国際財団より「メルビン・ジョーンズ・フェロー」を授与されています。
2006年、沿岸部の人たちの仕事を作るべく、無償のセーリングスクールを運営する「ルフナ・セーリング協会」をミリッサに立ち上げます。
2007年、セーリングをしている際に沖合で偶然にクジラを発見したことから、ミリッサでの初のホエールウォッチングツアー会社「ミリッサ・ウォーター・スポーツ」を創業します。
現在、ミリッサ・ウォーター・スポーツはミリッサの地元の人たちによって経営されています。
その後、救援活動で支援した沿岸部の人たちを雇用して、スリランカでのヨット・クルージングの事業に乗り出します。
2009年にボート製造会社「BAFF Polymech (Pvt) Ltd」を設立、
2011年にボート製造の機械工学・電気工学を担う「Solar Impuse Pvt Ltd 」を設立、
2012年にフランスの造船・ヨットデザイン会社「Sabrosa-Rain」を誘致して支店を開設、
2013年にセーリングのチャーター会社「Sail Lanka Charter」を設立、
2014年に各社を束ねるグループ「Sail Lanka Yachting Group」を設立しています。
ヨットビジネスは、タイ・マレーシア・シンガポール・中東・地中海などにあるものの、スリランカ周辺にはないことから新規参入することにしたそうです。
タイのヨット業界は、海外の会社がヨットを製造・保有し、収益はタイ国外に行っていると指摘し、ピエールさんはスリランカ国内で製造・保有・運行を行うことを目指し、会社を複数設立したそうです。
チャーターは、ミリッサ・トリンコマリー・パーシクダー・ジャフナなどから運行しているようです。
スリランカはサーフィンやダイビングが1年中できるように、ヨットも1年中できること、海岸線が1,400km以上あり、クジラが見られる場所が3つもあることから、ポテンシャルがあると言います。
豪華客船は船の上でお金を使いますが、そうではなくて、スリランカの陸上でお金を使う小規模なブティックボートで、スリランカの漁村や沿岸の村を体験するような、他に行ったからこそ体験できるものを提供しようとされています。
働く人もスリランカ人のたち、訪れてお金を落とす先もスリランカ人のたち、としているのが特徴です。
参考)
Daily FT:Tyre lord yachts ahead
ECHELON:PIERRE PRINGIERS’ ODYSSEY
Rubber News:Sri Lanka ranks Solideal No. 1 for exports
Tissa Jinasena Group公式サイト
Wikipedia:Nihal Jinasena
Wikipedia:Trelleborg (company)
Wikipedia:Camoso
TRELLEBORG公式サイト
ミシュラン公式サイト:ミシュラン、加CAMSO(カムソ)社の買収を完了
BAFFk公式サイト
SAIL LANAKA YACHTING GROUP公式サイト
Facebookページ:Ruhunu Sailing Association in Sri Lanka – RSA
Mirissa Water Sports公式サイト
Sabrosa-Rain公式サイト
Sail Lanka公式サイト
Sail Lanka Yachting Group公式サイト
ARTRAVELE:WAVES AND WHALES WITH PIERRE PRINGIERS – MAY-BE SUSTAINABLE
ベルギー生まれの画家サスキア・ピンテロンさん
妻のサスキアさんは、安藤忠雄さんの「光の教会」に感銘を受けて、自宅の設計を頼むなら安藤忠雄さんに依頼したいとピエールさんに伝えたそうです。
安藤さんは、この住宅について、以下のように書かれています。
「スリランカの住宅」で試みたのは、リニアなヴォリュームが内外に空間を持ちながら、ジグザグに蛇行していく構成–いわばZ型の幾何学である。
ミリッサの海に向かって2本の棟が伸びているZ型で、1棟の最上階は大きなインフィニティープール、その下がダイニングになっています。
もう1棟の最上階はサスキアさんのギャラリーで、その下がアトリエになっています。
建物の内部は安藤忠雄さんの建築らしい打ち放しのコンクリートです。
スリランカでは初めての打ち放しコンクリートの住宅と本書に書かれています。
安藤さんは、本書に掲載されている「スリランカの住宅」と「モンテレイの住宅」から
「現代は女性の時代」と言われるようになって久しいが、確かに現代建築の歴史もまた、女性の手によって創られていっているのかもしれない。
と書かれています。
その理由など詳しくは本書をご覧ください。
参考)
Architectural Digest:Sri Lanka: Artist Saskia Pintelon opens the doors to her grey abode
EXPLORE SRI LANKA:Characteristically Sri Lanka
SASKIA FERNANDO GALLERY:SASKIA PINTELON
OCULA:Saskia Pintelon
坂茂さん設計のリビングルームのテーブルと自宅
本書には記載がありませんでしたが、「スリランカの住宅」のリビングルームのセンターテーブルは、坂茂さんの設計とのこと。
坂茂さんはスマトラ島沖地震の津波の被害を受けたキリンダに、スリランカ津波復興住宅「キリンダ・ハウス」を設計されています。
ジェフリーバワは、アガ・カーン建築賞の委員長賞を受賞したことで世界に知られるようになりましたが、坂茂さんはこのキリンダハウスで、2013アガ・カーン建築賞の最終候補に選ばれています。
坂茂さんのウェブサイトには、キリンダハウスを建築の際に、「タイヤ会社を経営するベルギー人の施主と知り合い、住宅の設計を依頼された。」と記載され、写真が多数掲載されています。
つまり、ピエールさんはサスキアさんへのプレゼントとして安藤忠雄さんに設計を依頼し、自宅の設計を坂茂さんに依頼されたようです。
参考)
坂茂建築設計公式サイト:VILLA VISTA- Weligama, Sri Lanka, 2010
architecturephoto:坂茂によるスリランカ津波復興住宅「キリンダ・ハウス」
designboom:shigeru ban:villa vista
PWAアーキテクツ
「スリランカの住宅」の建築の現地パートナーは、PWAアーキテクツが務めています。
以下のような建物に携わっています。
・パラダイスロードが運営するジェフリーバワ建築の「PARADISE ROAD THE VILLA BENTOTA」に改装
・スリランカ第4代首相、第7・9〜11代首相、第5代大統領を務めたダンバーラナーヤカ一家が暮らしたパラダイスロードが運営する「TINTAGEL」の改装
・ルヌガンガを運営するTear Drop Hotelsのホテルである「Fort BAZAAR」と「KUMU BEACH」の設計
・東証一部上場企業のベルーナがゴールに経営しているホテル「Le Grand Galle」
・パーシクダーにある「AMAYA BEACH」
・コロンボの4つ星ホテル「Galadari Hotel」の改装
参考)
PWA ARCHITECTS公式サイト
Architectural Digest:PWA Architects
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「旅と町歩き」を仕事にするためスリランカへ。
地図・語源・歴史・建築・旅が好き。
1982年7月、東京都世田谷区生まれ。
2005年3月、法政大学社会学部社会学科を卒業。
2005年4月、就活支援会社に入社。
2015年6月、新卒採用支援事業部長、国際事業開発部長などを経験して就職支援会社を退社。
2015年7月、公益財団法人にて東南アジア研修を担当。
2016年7月、初めてスリランカに渡航し、会社の登記を開始。
2016年12月、スリランカでの研修受け入れを開始。
2017年2月、スリランカ情報誌「スパイスアップ・スリランカ」創刊。
2018年1月、スリランカ情報サイト「スパイスアップ」開設。
2019年11月、日本人宿「スパイスアップ・ゲストハウス」開始。
2020年8月、不定期配信の「スパイスアップ・ニュースレター」創刊。
2023年11月、サービスアパートメント「スパイスアップ・レジデンス」開始。
2024年7月、スリランカ商品のネットショップ「スパイスアップ・ランカ」開設。
渡航国:台湾、韓国、中国、ベトナム、フィリピン、ブルネイ、インドネシア、シンガポール、マレーシア、カンボジア、タイ、ミャンマー、インド、スリランカ、モルディブ、アラブ首長国連邦、エジプト、ケニア、タンザニア、ウガンダ、フランス、イギリス、アメリカ
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