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アヌラーダプラ建設の王「パンドゥカーバヤ」

2023年7月31日

ウィジャヤ王がなくなった後、彼の弟の息子であるパンドゥワースデワがインドからやってきて次の王になりました。

彼の女王はバッダカッテャーナでした。

彼は息子が10人と娘が一人しました。
長男はアバヤで娘はチトラーです。

ある日のこと、宮廷占星術師が予言しました。

「チトラーが一人の息子を生み、その子は全ての伯父を殺し王になるだおう。」

パンドゥワースデワ王の息子たちは心配になりました。

チトラは特別に美しいので、彼女は”ウンマーダ・チトラー”と呼ばれました。

ウンマーダ・チトラーを守るために王は、チトラーをメインの王宮から離れた個室に一人軟禁状態にしました。

ある日、彼女が庭園を見下ろすと、彼女の兄が話しているハンサムな人を見かけます。

それは王宮につかえる彼女の従兄弟であるディガハガーミニ王子でした。

彼女はディガハガーミニ王子に恋に落ち、この情事の結果、チトラーは一人の男の子を産みました。

チトラーは占星術師の予言を覚えていたため、心配しました。

彼女は兄たちから子どもを守るため、予め準備していた同じ日に生まれた女の子と交換しました。

王室のメイドは赤ちゃんをかごにいれて、ミヒンタレーの村に運びました。

彼はパンドゥカーバヤと名付けられました。

彼の名前はチトラーの父親であるパンドゥワースデワと、唯一チトラーが仲が良い長男のアバヤの名を合わせたものです。

男の子は村でよく成長しました。

ある日、不審に思った彼の伯父たちは、彼らの沐浴場所に男たちを送り、少年を捕まえようとしました。

少年は大きな木の窪みに隠れて、難を逃れました。

王子が16歳のときに、チトラーは1000金貨が入った袋を彼の里親に送り、王子が武術を学べるようにブラーミンのパンドゥラに送ってもらうようにしました。

王子はよく学び、ブラーミンの息子のチャンダと王子は親友になりました。

勉強の最後にブラーミンは「あなたは王になるでしょう。バンヤンツリーの葉を黄金に変える力を持つ姫があなたの女王になるでしょう。私の息子チャンダはチーフアドバイザーになるでしょう。」

その後、王子は陸軍兵士を集めました。

師匠からお金を当たられ、陸軍とともに彼は丘陵地帯の”ギリカンダ”に向かいました。

パンドゥカーバヤの伯父でギリカンダに住んでいるギリカンダシヴァ税金を徴収していました。

彼にはパーリという名の娘がいました。

ある日、パーリは父親にランチを運ぶために、美しい馬車に乗っていました。

パンドゥカーバヤの男たちがそれを見た時、彼は王子にこのことを伝えました。

パンドゥカーバヤは急いでやってきて、そして喜びました。それは一目惚れでした。

彼は彼女が持っていた食事の一つを要求しました。

そして、彼女は馬車から降りて、バンヤンツリーの木の陰の下で止まり、食べ物を黄金の器にいれ王子に届けました。

彼女は数枚の葉を引きちぎり、彼女が葉に手を触れると、葉は黄金の器に変わりました。

これを見た王子は、ブラーミンの予言を思い出しました。

彼は彼の王女にふさわしい人を見つけたことに気付きました。

これ以降、姫はスワルナパーリと呼ばれるようになります。

王子は彼女を馬車に乗せて、彼の陸軍のところに戻りました。

パーリの父がこれを聞いたとき、彼は自身の陸軍を送り戦いましたが、敗れて戻ってきました。

パンドゥカーバヤの伯父たちは彼を探して殺そうとしていました。

パンドゥカーバヤは意気揚々と進みました。

王子と戦おうとした伯父たちは戦いで死亡しました。

王子と王子の母に忠実な長兄のアバヤだけは残りました。

王子が37歳のとき、ランカーの王になり、スワルナパーリは彼の王女となりました。

チャンダはチーフアドバイザーに就任しました。

王となったパンドゥカーバヤは開発に着手しました。

彼はいくつもの建物を建て、村であったアヌラーダガマを、町であるアヌラーダプラに変えました。

彼は農業のためにアバヤ・ウェワを作りました。これは今日ではバサワックラマ・ウェワと呼ばれています。

彼はよく世話をしてくれたカーラウェラとチッタラージャの二人のヤッカをアバヤ・ウェワの近くに住まわせました。

彼は彼らに貢物を与えました。

パンドゥカーバヤ王は公園、僧院、礼拝所、裁判所など様々な区域を作り、建設しました。

病人のためのホールも作りました。共同墓地も作られました。

アヌラーダガマがアヌラーダプラになったとき、それはランカーにおける初めて首都となりました。

この王がはじめて首都を支配する特別な計画を導入しました。

彼の伯父であるアバヤ王は町の守護者「ナガラ・グッティカ」に任命されました。

王に就任して10年後に、パンドゥカーバヤ王は島全体の境界線を作りました。

これによって、彼はアヌラーダプラから全島を支配したことになります。

パンドゥカーバヤ王は人間とヤッカの双方から祝福と愛を持ってサポートされる運命でした。

こうしてアヌラーダプラは千年を超えてランカーの首都として栄光を歴史を刻みました。

マハーワンサによれば、パンドゥカーバヤ王は70年間に渡って島を統治したといいます。

この期間、アヌラーダプラは繁栄しました。

参考)
Wkipedia:Pandukabhaya of Anuradhapura

 

 

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