Spice Up 観光情報サイト スリランカ観光・情報サイト

スリランカ建国の王「ウィジャヤ」

2023年7月30日

J. B. Disanayakaさんの公式の出版社であるSumitha Publishersの「Let’s Read About Our Past」はスリランカの歴史上の代表的な人物を順番に紹介するシリーズです。

絵本を通して、スリランカの歴史が学べる優れた作品です。

本記事ではその第一弾である建国の王ウィジャヤに関するお話です。

絵本の内容

ウィジャヤの上陸とヤッカ女性「クヴェニ」の出会い

ウィジャヤはスリランカ最初の王です。

インドのララに住んでいたウィジャヤがタンバパニと呼ばれたスリランカに上陸したのは偶然でした。

彼は700人の人々を従えていました。

彼の上陸はブッダが亡くなった日だったと信じられています。

ウィジャヤ王子は糸をつむぐヤッカ族の可愛い女性に会いました。

ウィジャヤは遠くで楽器が奏でられている音を耳にして、それが何かクヴェニに尋ねました。

「今日は私の親戚の結婚式です。あなたが聞いたのは結婚式で奏でられている音楽です。」とクヴェニは言いました。

この日、彼女はウィジャヤがその地域で力を持っているヤッカ族のリーダーを倒すのを助けました。

息子ジェーワハッタと娘ディサーラの誕生

クヴェニとウィジャヤはともに暮らす生活を楽しみ、息子ジェーワハッタと娘ディサーラに恵まれました。

しかし、ヤッカ族を倒したといえども、ウィジャヤには王になる資格がありませんでした。

彼が王位に就くには、王室の姫と結婚しなければいけませんでした。

アヌラーダ村とウパティッサ村の建設

その間、ウィジャヤの大臣たちはこの辺りに入植地を建設しました。

彼らは入植地の名前を彼らの名前からとりました。

アヌラーダはカダンバ川(マルワトゥ川)近くにアヌラーダガマ(アヌラーダ村)を、ウパティッサはカダンバ川の支流の川岸にウパティッサガマ(ウパティッサ村)を建設しました。

パーディヤ王に娘を王女にもらう遣いを送る

ウィジャヤの大臣たちは彼に近づき言いました。

「閣下、今があなたが王になるときです。」

「友らよ、私が王家の姫と結婚した時のみ、私は王になるのにふさわしい。それが私たちの伝統だ。」とウィジャヤ王子は言いました。

大臣たちの間にマドゥラのパーンディヤ王の娘がウィジャヤ王子に最適だというアイディアが出てきました。

その後、メッセンジャーチームは手紙、宝石、ジュエリーその他高価なものをパーンディヤ王へのギフトとして持ち、船でマドゥラに向かいました。

パーンディヤ王が娘と未婚女性たちをランカに送る

パーンディヤ王はメッセンジャーチームを歓迎し、彼は娘をランカに送ることを受け入れました。

パーンディヤ王は娘を装飾品で飾り立てて送り出しました。

ウィジャヤの大臣たちと結婚できる100名の高貴な未婚の女性たちもパーンディヤ姫に同行しました。

象、馬、王にふさわしい荷馬車、職人や18のギルドに所属する家族も船に同乗しました。

パーンディヤ王は征服者であるウィジャヤに手紙も送りました。

この船はマンナール島に近い、マハッティタ(マントタ)に上陸しました。

クヴェニの追放

すでに船が到着したことをウィジャヤ王子は聞いたとき、彼はすぐに行動しないといけなかった。

彼はクヴェニに話しかけて言いました。

「いますぐ行きなさい。親愛なるあなたは、二人の子どもを置いていきなさい。人は永遠に超人を恐れるのです。」

クヴェニは恐れから手間取りながらも、親戚のところに戻りました。

その後、ウィジャヤ王子は「遅れるな!私はあなたを忘れない。私はあなたに贈り物を送ります。」と言いました。

クヴェニは繰り返し繰り返し懇願しましたが、うまくいきませんでした。

クヴェニはついに出発することを決めました。

クヴェニが殺される

二人の子どもを連れて、彼女は親戚たちが住むランカプラに行きました。

クヴェニは悪魔が彼女のところに現れることを知りました。

クヴェニは子どもたちを外に落ち着かせて、彼女は町の中に入りました。

ヤッカたちは彼女を認識した瞬間に、彼女がスパイとしてやってきたのではないかと恐れました。

彼は彼女を攻撃しはじめました。

群衆の中の暴力的な一人が、拳で殴り、クヴェニを殺しました。

息子ジェーワハッタと娘ディサーラがヴェッダーの祖となる

二人の子どもは石に座って母親を待っていましたが、クヴェニの叔父がやってきました。

彼は子どもたちに質問をして、彼らがクヴェニの子どもであることが分かると、「あなたの母親はここで殺されてしまった。もし君たちが見つけられたら、確実に殺されてしまうでしょう。できる限り早く、この場から逃げなさい!」と言いました。

彼らはできる限り早く走り、そしてアダムスピークの辺りにやってきました。

彼らはそこで暮らし、新しい世代を生みました。

スリランカの中央高地のヴェッダは彼らを始祖とすると言われています。

パーディヤ姫と結婚し、ウィジャヤは王になる

パーディヤ王の使節は、姫をウィジャヤのところに連れてきました。

彼らは他の姫たちやギフトをウィジャヤに渡しました。

ウィジャヤ王子はインドからの贈り物を丁重に受け取りました。

彼は使節を歓迎し、ギフトを渡しました。

若い未婚の女性たちは彼の大臣たちに授けられました。

慣習に従い、全大臣が揃った祝賀会で、ウィジャヤを王として、パーンディヤ姫を女王として任命しました。

ウィジャヤの国はタンバパニと呼ばれた

征服者、ウィジャヤは国全体を38年間に渡って統治しました。

彼は平和に、正義でもってタンバパニの町を統治しました。

その後、国全体がタンバパニと呼ばれるようになりました。

絵本からの解釈

インドの伝統に従い、インドの王室から姫をもらった

インドからやってきたウィジャヤは王になるには、伝統に基づき、王室の娘と結婚しないといけないと判断しています。

ウィキペディアではクヴェニにヤッカ族の女王となっていますが、先住民族の女王は王室としては認められないということなのでしょう。

先住民ウェッダーはウィジャヤの血を引いていることになる

絵本ではウェッダーは、インドからウィジャヤとヤッカのクヴェニとの間に生まれた男女の子が祖になったとあります。

そうすると、ウェッダーはインドからの渡来人と先住民族ヤッカとの混血ということになります。

ウィキペディアから補足

タンバパニ王国はマンナールからマルワトゥ・オヤ流域

ウィキペディアには以下の3つにエリア分けをしています。

タンバパニ王国:マンナールからアヌラーダプラにかけたマルワトゥ・オヤ(カンダンバ・ナーディ)流域。

ナーガ:マヒヤンガナ周辺(マハウェリ・ガンガー上流、ワラウェ・オヤ上流、クンブッカン・オヤ上流、ガル・オヤ上流)

ヤッカ:マハ・オヤ下流からケラニ・ガンガー下流、カル・ガンガー下流からベン・ガンガー下流にかけて、マドゥ・ガンガー下流からヒッカドゥワ・ガンガー下流。

マルワトゥ・オヤと支流のアルウィヤール

絵本でパーンディヤから船が到着したのはマントタです。

かつてはマルワトゥ・オヤが流れ込んだ古代の主要港と言われています。

絵本ではマルワトゥ・オヤの支流(アルウィヤール)にウパティッサガマが建設されたとありますが、その川沿いに建設されたのでしょう。

川はシンハラ語でオヤ、サンスクリット語でナーディ

絵本ではマルワトゥ・オヤをカダンバ・ナーディとも記載していますが、カタンバはカタンバの木から、ナーディはサンスクリット語で流れや管などを意味するナーディから川を意味するようです。

大河については、サンスクリット語と同様にシンハラ語でもガンガーと言います。

第一の都市タンバパニ、第二の都市ウパティッサヌワラ、第三の都市ウィジタプラ

ウィジャヤ王が建設したのが首都タンバパニ、ウィジャヤの大臣で第二代王となったウパティッサが建設したのが第二の都市ウパティッサ、そして、ウィジャヤに属する族長が建設した砦がウィジタプラ。

ウィジタプラの場所はウィルパットゥ国立公園の南から海に流れ出るカラ・オヤの上流にあるカラウェワ付近、あるいはポロンナルワ郊外のカドゥルウェラの辺りだったと推測されているようです。

タンバパニの由来はスリランカの赤土

ウィジャヤたちがランカーに上陸した際に、手のひらや足の裏に赤土がついたことからタンバ(赤胴色)パニ(手のひら)と名前がついた言われています。

このタンバパニがギリシャ語ではタップロバナやタップロボーンと呼ばれたとされます。

参考)
Wikipedia:Kingdom of Tambapanni
Wikipedia:Taprobana
Wikipedia:Vijithapura
Researchgate:Sri Lanka Map
Wikipedia:Nadi (yoga)
Wikipedia:Kadamba dynasty
Wikipedia:Neolamarckia cadamba

# 関連キーワード