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スリランカでODA、ビジネスサポート、通訳・翻訳を行うKMCランカの田村さんにインタビュー!

2020年6月16日

スリランカで事業を展開する日本人起業家、経営者へのインタビュー第12弾。
今回はスリランカでODA、ビジネスサポートや通訳・翻訳を行うKMCランカの田村さんです。

NGO、国際機関、政府機関、民間企業と様々な形で、これまで25年間、スリランカでの業務に携わってきた田村さんのご経験についてお話をお伺いしました。

※インタビュー日は2020年5月20日です。

田村さんのプロフィール

かいはつマネジメント・コンサルティング・ランカ(KMCランカ) 取締役   社長

大学卒業後、家電メーカーに入社、人事本部勤務。
同社を休職しJICAボランティアとしてスリランカのNGO「サルヴォーダヤ運動」で活動。
帰国後、龍谷大学大学院(民際学コース)にて経済学修士を取得。
UNDPマネジメント・スペシャリスト、JICA専門家を経て、2002年より(株)かいはつマネジメント・コンサルティングに勤務。
社会調査、プロジェクト・サイクル・マネジメント、貧困・不平調査分析、平和構築アセスメントを取得。
2012年にKMCランカを設立。

JICAボランティアとして関わった「サルヴォーダヤ運動」

Q.はじめてスリランカに来た時のことを教えてください。

1990年にJICAボランティアとして初めてスリランカに来ました。
ガンジーの思想を受け継いだ、サルヴォーダヤ運動で活動し、農村開発に携わりました。

80年代は、「政府主導の開発だけでは行き届かない」とNGOが注目されつつあり、サルヴォーダヤ運動は開発の世界で注目を集めており、北欧のドナーの支援を多く受けていました。

サルヴォーダヤ運動は全国的な組織で、リーダーのアーリヤラトネ氏は国民の尊敬を集め、大統領候補とも言われていました。

JICAボランティアとしてこのNGOに派遣された時、私は「困っている人々の手伝いをしたい」「スリランカに貢献したい」と思っていました。

しかし、当時の私はシンハラ語も英語もそれほどできませんでした。
サルヴォーダヤは大きく、資金もあり、困っていません。
日本での仕事の経験があるといっても、これといってできることも見つかりません。
私は焦ってばかりいました。

一方、サルヴォーダヤのスタッフは、ボランティアの受け入れに慣れていて、心が広く、「色々と経験したらいいよ」くらいの気持ちで私を受け入れてくれました。

「シュラマダーナ運動」と呼ばれる村での労働奉仕に連れていってもらいました。
その時、スリランカ人の強さを体験しました。

村の夜は真っ暗です。
私には何も見えませんが、村の人たちはしっかり見えていて、でこぼこ道も階段もすたすた歩きます。

道でスキやクワを持って作業をする時、村の人たちはパッとゴムぞうりを脱ぎます。
ゴムぞうりが破れてしまうといけないからです。

道には小さな釘や小石なども落ちていますが、村の人たちの足の裏は分厚く、怪我もしません。
この人たちは、人間としての機能が自分よりも優れている!と感じました。

そして、日本人だから手伝える、貢献できる、と思っていた自分の奢りに気づきました。

ある農村で、シュラマダーナ作業を終えて、小学校にみんなで泊まりました。
教室の床にシーツを引いて、ざこ寝をしました。

その時はじめて、スリランカ社会に入れてもらったような気がしました。
みんなで作業を終えた高揚感もあったと思います。
同じ高さにいることも嬉しく思えました。

このような村での体験が、私のスリランカでの仕事や生活の原点です。
スリランカの農村で過ごし、バスに乗って全国各地を回ったことは、かけがえのない経験として、自信につながっています。

UNDP(国際連合開発計画)マネジメント・スペシャリストとして

Q.UNDPでのお仕事について教えてください。

JICAボランティアの後に、UNDPのボランティアをしました。

以前お世話になったサルヴォーダヤに再びUNDPから派遣され、本部でプロポーザルを作ったり、報告書を作成したりといった、プロジェクトの管理を担当しました。

本部勤務でしたが、現場の声を支援者に届けたいと思い、村に行って受益者の声を拾い上げるようにしていました。

この時にスリランカ人と結婚し、娘を出産しました。

JICA専門家として

Q. JICA専門家としても働かれていますよね?

はい、1999年からコロンボ大学と龍谷大学の共同研究プロジェクトに2年間関わりました。

当時注目を浴びていた、参加型農村開発に関する研究でした。
トップダウンではなく、ボトムアップの開発の必要性が強調されていた頃です。

政府機関を相手に仕事をするのは、この時が初めてでした。

サルヴォーダヤ運動で村のことを知っていたので、スリランカ社会のことがわかっているつもりでいましたが、まだまだ分かっていないことがあることを認識しました。

スリランカの農村、政府機関、民間企業は、全く違う世界を形成しているように思います。

子供が学校に行くようになってからは、親として、今まで見えてなかったスリランカ社会が見えるようにもなりました。

そして、今回のコロナへの対応を見て、日本とは全く違う、スリランカの社会主義の体制、不自由な生活を受け入れる人々の辛抱強さを改めて知りました。

スリランカに25年間住んでいますが、まだ知らないこと、新たな発見があります。

コロナで見えたスリランカの一面とは?

Q.コロナの対応で見えた、スリランカの一面とはなんですか?

いざとなれば、軍隊も出動できるし、強制的に隔離もできる体制になっていて、日本ではできないような徹底した対応をしていますよね。

スリランカには、先進国並みの乳児死亡率、妊産婦死亡率、予防接種率などの保健指標を達成してきた、一次医療の栄光の歴史があります。

今回、この、スリランカの優秀な一次医療サービスがいまだ健在であることを改めて認識しました。

18年間のリモートワーク

Q.かいはつマネジメントコンサルティングで働くことになったきっかけを教えてください。

下の子が1歳になった頃に、そろそろ仕事に復帰したいと思い、自宅で通訳の仕事などをしていました。
そして、かいはつマネジメント・コンサルティングが社員を募集しているのを見つけて、連絡をしてみたのがきっかけです。

私が東京KMCに入社したのは2002年です。
今、コロナ禍でリモートワークが注目されていますが、この時から、スリランカでリモートワークをすべく採用してくれた、社長の岡部の柔軟さや先見力に、改めて驚いています。

他の国の業務をすることもありましたが、子どもが小さかったので、スリランカ国内のプロジェクトでの業務を主にしていました。
保健、教育、電力、上下水道、道路・橋梁、農村開発、内戦や津波の復興など、全国各地の様々なプロジェクトで働きました。

KMCランカの創業

Q.スリランカに会社を作った経緯を教えてください。

東京KMCの社長は前からスリランカに拠点を開設したいと言っていました。
しかし、内戦やテロ、津波などで、それどころではありませんでした。

ようやくスリランカの治安も落ち着いてきたので、2012年にスリランカ現地法人を作ることにしたのです。

日本企業のビジネスサポートやODAプロジェクトが主な仕事になるかと思っていましたが、開業してみると、通訳のニーズが高いことに気づきました。

昨年度の弊社の業務内容を、売り上げをもとに分類すると以下の通りです。
・1/3が通訳
・1/3が調査(JETRO、JICA、ODA関係など)
・1/3が日本企業のビジネスコンサルティング

日本企業がスリランカで苦労すること

Q.日本企業のサポートをされていますが、日本企業がスリランカに進出する際に苦労する点は何だと思いますか?

縦割り行政の弊害でもありますが、会社登記ができても、ビザが取れない、ライセンスが取れないということが多いですよね。

スリランカ政府は輸出志向の製造業を歓迎していますが、サービス業は国内産業の保護の観点から政府のサポートが少ないので、参入する場合は地元企業のサービスとしっかり差別化されていないと営業が難しいです。

そして、知り合ったスリランカ人を信用しすぎて失敗された日本のビジネスマンから相談を受けることも多いです。

日本では人を疑ってはいけない、と小さい頃から教えられますが、スリランカでは人を簡単に信用してはいけないと教えられます。

日本では口約束でも事業がある程度進められますが、スリランカは文字が力を持っており、契約書やレターにない事項は覆されても文句は言えません。

雇用関係の規制が複雑であったり、税制や優遇策がよく変更されたりする点も気をつけたい点です。

早めのご相談をお待ちしています。

スリランカで必要とされている開発援助とは?

Q.スリランカの開発援助に長く携わっていらっしゃいますが、現在、スリランカが必要としている分野は何でしょうか?

道路、都市交通、上下水道、電力などのインフラ開発が急務と思います。
中進国になっていく中で、高齢者、障害者への支援も必要になってきています。
教育では学校のマネジメントや実技習得に改善の余地があるように思います。

Q.学校のマネジメントとはどういうことですか?

学校の運営をもっと計画的・効率的にすることです。

公立の学校では、夏休みがいつ始まり、いつ終わるのかも直前にならないとわからず、期末テストの実施が学期内に間に合わず、次の学期に持ち越されることもあります。
今回、日本では学校が突然休校になり大混乱でしたが、スリランカでは親も突然の休校に慣れているので文句も出ません。

しかし、スリランカ人ののんびりしたところは、こういう学校の運営方法によっても、養われてしまっているのではないかと思う時があります。

学習環境にも制約がまだあります。

政府の目標とするタブレットの配布も良いですが、その前にしなくてはいけないことがたくさんあるように思います。

机、椅子、トレイなど、基本的なインフラの改善は、予算さえあればすぐにでもできます。

地方の学校では椅子が足りず、一つの椅子に二人が座っていたりすることもあります。高校生がとても小さい椅子や机で勉強していることもあります。

Q.教育の内容についてはどうでしょうか?

高校や大学ではとても高度なことを学びます。

スリランカは国立大学に入学できる人数が限られているので、Aレベル試験(大学入学資格試験)で点数の差をつけるために、内容が年々高度になっているという批判もあるくらいです。

教育内容は高度ですが、新しい技術や、実技を身に着けるチャンスが少ないのが課題と思います。

スリランカでのコロナの影響

Q.スリランカでのコロナの影響で心配されていることはありますか?

貧困が進むこと、格差が大きくなることが懸念されます。

田舎に行くほど医療へのアクセスも、収入を得る機会へのアクセスも難しくなります。コロナの影響もより深刻だと思います。

ただ、これまでスリランカが経験してきた困難に比べると、人命の損失や物理的な被害が少ないのが救いです。

内戦終結後には28万人の国内避難民がキャンプに収容されました。
インド洋スマトラ沖の津波では、3万人の死者と50万人の被災者がでました。

このように、スリランカはこれまで多くの人命の損失、町やインフラの破壊を経験してきています。
私もずっと復興支援に関わってきましたので、その悲惨さと、そこから立ち上がるために人々がどんな努力をしてきたかを忘れることができません。

コロナウイルスの問題は、「いつ終わるのか」という不安はありますが、優秀な人命が失われていないという点では希望が持てると思います。

KMCランカの特徴、強み

Q.最後にKMCランカの特徴、強みについて教えてください。

これまでの知見を生かし、スリランカでのお仕事を継続的に支援することができます。今年は特に、クライアント様の日本からの渡航がままならないので、スリランカに在住していることを活かしたサポートができるといいなと思っています。

専門性高く、きめ細やかなサポートを心がけています。

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