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スリランカにおける「ラーマ神生誕日」と「ラーマーヤナ関連スポット」

2021年4月21日

本日、2021年4月21日はインドの祝日「ラーマ神生誕日」です。

スリランカはお休みではありませんが、インド2大叙事詩の一つ「ラーマーヤナ」はランカー島、現在のスリランカが舞台になったと古くから伝えられ(異説あり)、スリランカ内にはラーマーヤマの史跡と伝わる場所も多くあります。

マハトマガンディーが暗殺された際に残した最後の言葉は「へー、ラーム(ラーマ神のこと)」だったとされ、暗殺場所の石碑には、その言葉が刻まれています。

本記事では、ラーマ神生誕日、ラーマーヤナについて紹介いたします。

ラーマ神生誕日とは?

ヒンドゥー暦のチャイトラ(Chaitra)月のシュクラパクシャの9日目に祝われます。
シュクラパクシャは、月の満ち欠けを意味するパクシャのうち、新月から満月になる期間を指します。
満月から新月になる期間は、クリシュナパクシャと言います。

太陰暦となるため、毎年日付が異なり、2021年は4月21日、2020年は4月2日でした。

ラーマ神の生誕地「アヨーディヤ」
ラーマ神がランカー島に橋をかけた「ラーメーシュワラム」
ラーマ神の寺院がある「バドラチャラム」
シーター姫に関係する「シタマリ」、「シタサマヒットスタール」
ISKCON(International Society for Krishna Consciousness)の寺院
などで祝われます。

英雄であるラーマ神の生き方について、特にラーマーヤナが詠みあげられます。

ラーマーヤナのあらすじと、関連スポット

ラーマーヤナは、マハーバーラタと並ぶ、インド2大叙事詩の一つで、ラーマの伝説についてまとめたものです。

バリ島のケチャダンスで演じられることで知られています。

ランカー島を舞台に戦いが繰り広げられる経緯を紹介するため、あらすじの一部を紹介します。

・シーター姫を娶る最初の章
・ラーマがランカー島に行くまでに仲間を得る章
・ランカー島から帰還後の最終章
は省略しています。

ラーマの生まれ

ラーマは、コーサラ国の首都アヨーディヤーで、ダシャラタ王と王妃カウサリヤーの間に生まれます。

ダシャラタ王には3人の王妃がいます。

第1妃カウサリヤーとの子がラーマ
第2妃カイケーイーとの子がバラタ
第3妃スミトラーとの子がラクシュマナとシャトルグナ

4人とも、ランカー島のラーヴァナを倒すために生まれたヴィシュヌ神の分身とされています。

ダシャラタ王が、ラーマが王位を継ごうとしますが、
第2妃カイケーイーの侍女マンタラーが、
ラーマが王位につくと、息子のバラタが危ないと言います。

ダンダカの森

ダシャラタ王は、以前の戦いで、第2妃カイケーイーの介抱で命を救われた際に、どんな願いでも2つまで叶えると約束していたため、バラタを即位させ、ラーマを14年間、ダンダカの森に追放します。

ラーマは王妃シーター、ラクシュマナとアヨーディヤを出ます。
ダシャラタ王は悲しみのあまり絶命します。

バラタは母カイケーイーを叱責し、ラーマに王位につくよう説得しますが、ラーマは父の命令を守ると固辞します。
そこで、バラタはラーマの代理として、ラーマが戻るのを待つことにします。

ダンダカの森で、ラヴァナの妹シュールパナカーはラーマを見て気に入り、好意を伝えますが拒絶され、ラクシュマナに馬鹿にされ、顔を負傷します。

シュールパナカーは、兄のカラにラーマを殺すように依頼します。
カラは兵を率いてラーマを襲撃しますが、カラの軍はラーマによって殲滅されます。

そこで、シュールパナカーはランカー島の王である兄のラヴァナに、シータがラヴァナの妃にふさわしいとけしかけます。
ラヴァナは魔術師マーリーチャに依頼し、マーリーチャは美しい鹿に化けて、シーターの近づきます。

シータが美しい鹿を捕まえてほしいとラーマとラクシュマナに頼みます。
ラクシュマナがシータを見守り、ラーマが鹿を追います。

ラーマが鹿を矢で仕留めた際、マーリーチャは、ラーマの声色を真似て、シーターとラクシュマナの名を叫びます。
シーターがラクシュマナにラーマを助けるように頼み、ラクシュマナがシーターの元を離れた隙に、ラヴァナはシーターをさらいます。

ランカー城とシーターの幽閉地

ラーヴァナは、シーターをランカー城に連れていき、王妃になるよう迫りますが拒絶されます。
ラーヴァナは、シーターを森に幽閉して、1年以内に心を変えなければ処刑すると伝えます。

このランカー城がシーギリヤロックで、幽閉したのがシーギリヤロックの麓のコブラヘッドロックの下の洞窟だとする話があります。

エッラのラーワナ滝(Ravana Falls)にシーターを幽閉して、エッラロックにはラヴァナの空飛ぶ戦車のエアポートだったと言われる場所があります。

・ヌワラエリヤ郊外のシータエリヤにあるシータアンマン寺院(Seetha Amman Temple)
・ウェリマダにあるスリプラ洞窟(Sthripura Caves)
・ウナワトゥナのルーマッサラの丘にあるスリヴィウェカラマヤ寺院(Sri Viwekaramaya)

なども、シーターが幽閉されていた場所であると言い伝えられています。

シータアンマン寺院近くのハクガラ植物園は、近くの山「ハクガラ」からその名が取られていますが、ラーワナ王が住んだ場所とも言われています。

ハヌマーンが火を放った場所

ラーマの仲間になった猿神ハヌマーンは、南の海に浮かぶランカー島にシーターが連れ去られたとい情報を得て、ランカー島に渡り、シーターをついに見つけ出します。

ハヌマーンはシーターに、近くラーマが軍勢を率いて救いにくることを伝えます。

ハヌマーンは、ラーヴァナの子インドラジットとの戦いに敗れ、拘束されますが、なんとか脱出して、ランカー城に火を放ってランカー島から帰還します。

世界遺産「スリランカの中央高地」に登録されている「ホートンプレインズ国立公園」は、セイロン総督ロバート・ウィルモット・ホートンから取られた名前になる前は、「マハエリヤ」と呼ばれ、ハヌマーンが火を放ったランカー城、あるいはラーヴァナが空飛ぶ戦車の離着陸をしていた場所だったとも言われています。

エリヤとは「光」という意味で、
マハ(大きな)エリヤ(光)
ヌワラ(都)エリヤ(光)
シータ(シーター姫)エリヤ(光)
という意味になります。

橋をかけてランカー島に渡る

ラーマを軍勢を引き連れてランカー島に渡る必要がありました。

水の神に頼み橋をかけた場所が「ラーメーシュワラム」で、
アダムスブリッジからマンナール島を経て、ランカー島に至ります。

ヒマラヤの薬草が落ちた場所

ラーヴァナの子インドラジットの攻撃に、ラーマとラクシュマナが倒れます。

ハヌマーンは二人を救うため、ヒマラヤにあるという薬草を探しに行きますが、見つけられず、ヒマラヤを抱えて、二人のところに向かいます。

その際、ヒマラヤのかけらが以下の5箇所に落ちたとされています。
・ウナワトゥナのルーマッサラの丘(Rumassala Kanda)
・ハバラナ郊外のリティガラ(Ritigala)
・クルネーガラ郊外のドゥルカンダ(Dolu kanda Raja maha Viharaya)
・マンナールのタラッディ(Thalladi)
・デルフト島南西に浮かぶ島カッチャッティブ(Kachchativu)

ルーマッサラとリティガラには訪れたことがありますが、両方ともハーブが生い茂ると言われるジャングルでした。

チラウにシヴァ神を祀る

ブラフマンであるラヴァナを殺したのはヒンドゥー教では大罪でした。

そこで、ラーマは、チラウ郊外にシヴァ神を表すリンガを祀り、それが現在のムンネスワーラム寺院(Sri Munneswaram Devasthanam)だと言われています。

ムンネスワーラム寺院は、チラウを代表する大きなヒンドゥー寺院です。

ケラニヤでヴィビーシャナが即位

ラーヴァナの弟ヴィビーシャナは、シーターをラーマに返すべきだと進言しましたが、聞き入れられなかったために、ラーマの軍勢に入ります。

ラーヴァナが敗れた後に、ヴィビーシャナがランカー島の王に即位します。

その即位した場所が、ケラニヤだと言われています。

まとめ

ラーマーヤナは日本人にとっては、バリ島のケチャダンスで観る演目ですが、インドとスリランカに伝説に関連する史跡が多くあり、ラーマーヤナの史跡を巡る旅をする人もいます。

是非、スリランカのラーマーヤナのスポットも巡ってみてください。

>関連記事

スリランカの祝日、ヒンドゥー教の大祭「ディワリ」とは?

参照)

Wikipedia:Rama Navami
Wikipedia:Paksha
バリ島の叙事詩1ラーマーヤナ
Olanka Travels Sri Lanka Ramayana Tour: The Complete Guide
Bhadrachalam’s Sri Rama Navami Edurukolu LIVE – TV9

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