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ジェフリーバワが50年間手を加えた別荘「ルヌガンガ」とは?

2021年5月09日

ジェフリーバワが建築家になる前から庭造りを始め、脳卒中で倒れて引退後も訪れてスタッフに庭造りを指示をしたのがルヌガンガです。

バワは建築家人生よりも長くルヌガンガの庭造りに向き合っています。

完成が明言されているわけではないことから、
また、建築家を志すきっかけになったことから、
バワの未完の理想郷とも言われます。

敷地内には、ヘリタンスカンダラマ、ヘリタンスアフンガッラ、ジェットウィングライトハウス、パラダイスロードザギャラリーカフェ、新国会議事堂、シーママラカヤ寺院など、バワの代表的な建築で見られるものがあり、バワの建築設計・家具設計の実験場であったことも伺えます。

バワ建築に興味がある方にとって、必見の場所でしょう。

本記事ではルヌガンガについて紹介します。
歴史の部分はデヴィットロブソン著『Geoffrey Bawa The Complete Works』を参照し、ルヌガンガのスタッフからヒアリングした内容を元に記載しています。
日本語訳も出版されていますので、詳しくはそちらをご覧ください。
建設、設置の年、あるいは年代が分かるものは記述していますが、不明なものは年を未記載にしています。

またルヌガンガに作品が展示されている隈研吾さんの論文が掲載されている山口由美著『熱帯建築家:ジェフリー・バワの冒険』にもルヌガンガの記載がありますので、合わせてご覧ください。

目次

ルヌガンガの場所と名前の由来

ルヌガンガは、ベントタ駅から道路で5kmほど、海岸線から2kmほど内陸に入ったデッドゥワ(Dedduwa)湖に突き出た岬にあります。

デッドゥワとは、シンハラ語で「2つの島」という意味です。
湖はベントタ川に近い側と奥側の2つに分けれていて、それぞれ1つずつ島があることが名前の由来でしょう。
ルヌガンガは奥側の湖に突き出た岬にあります。

海に近いためデットゥワ湖は汽水性で、満潮時に海水が増えます。
そのため、ヌル(塩)ガンガ(川)とバワは名付けました。

バワは岬の北側の土地を購入し、その後、道路を挟んだ南側の丘も購入しています。
また、湖に浮かぶ島も購入し、それぞれが現在もルヌガンガの土地になっています。

ルヌガンガの歴史1〜バワが建築家になるまで〜

オランダ統治時代はシナモン農園でした。
シナモン農園の名残を感じさせるのが、南側の丘「シナモンヒル」です。
シナモンの木が現在も残っています。

イギリス統治時代はゴム農園でした。
現在の「メインバンガロー」は1930年代に建てらえた農園主のカントリーハウスです。

北側の丘の下「ブロードウォーク」や「プレンインオブジャーズ」には、ゴムの木が並んでいます。
12km離れたところにある兄ベヴィスバワの自邸・庭園「ブリーフガーデン」も元はゴム農園でした。

ジェフリーバワがルヌガンガを購入したのは、スリランカがイギリスから独立した1948年です。

バワがルヌガンガを購入するまでの経緯を見ると、ルヌガンガの性格が見えてきますので紹介します。

1939年、バワは法律を学ぶためロンドンに留学しています。
大学が始まるヨーロッパを周遊し、イタリアのガルダ湖畔のヴィラに滞在します。
大学が始まるため、ロンドンに戻る列車に乗った直後の9月1日、ドイツがポーランドに侵攻し、第二次世界大戦が勃発します。

1944年、バワは司法試験の最終試験に合格し、ロンドンの法律事務所で働きます。

1946年、母の危篤に伴い帰国していたバワは、母が他界後に1年半の世界旅行に出かけます。
東回りで極東、アメリカ横断、ヨーロッパに入り、再度、イタリアのガルダ湖畔のヴィラに長期滞在します。

1948年、資産を売却してガルダ湖畔に永住しようとしたものの世界大戦で資産価値が下がったのか断念して帰国。
デッドゥワ湖畔のゴム農園を購入してルヌガンガと名付けます。
当時からあった建物が丘の上に建つ現在のメインバンガローです。
ガルダ湖畔で見たヴィラとイタリア庭園にインスパイアされたのか、庭作りを始めます。

1949年、パリ在住の従兄弟ジョージェットと映画俳優のビクター・チェイビンがルヌガンガを訪れ、バワに建築家になることを薦めます。
バワはコロンボのゴールフェイスコートにフラットを購入し、ルヌガンガは週末を過ごす別荘となります。

1951年、バワはコロンボの「エドワード・レイド&ベック建築事務所」で、レイドのアシスタントとして働き始めます。

1953年、バワは建築を学ぶため、ロンドンのAAスクールに留学します。

1957年、バワは帰国して、エドワード・レイド&ベック建築事務所のパートナーとなり、建築家として歩みを始めます。

つまり、ルヌガンガはバワが建築家になる前から庭造りを始め、そして、建築家を目指すきっかけにもなったのです。

ジェフリーバワの生い立ち、父方バワ家と母方シュレイダー家

ルヌガンガの歴史2〜バワの創作・実験場〜

メインバンガローの改装

土地購入時からあったバンガローが、丘の頂上に建っています。

バワが改装を行いバワの部屋(非公開)・ゲストルーム(宿泊可能)・リビングルーム・ダイニングルーム(ランチはここ)・キッチンなどに改装されています。

メインバンガロー手前のフランジパニの木は二つの木を繋ぎ、重しを枝につけて枝の開き方を変えたフランジパニの盆栽です。

リビングルーム

ラキセナナヤケとドナルドフレンドの作品が置かれたリビングルーム。

宿泊するゲストはここでチェックイン、チェックアウトをします。

ダイニングルーム

バワが夕食を取った場所。
ランチ付きのガーデンツアーを予約した場合は、このダイニングルームでランチとなります。

ゲストルーム

バワの部屋の向かいにあるゲストルーム。

作品が多く飾られています。

デスクも特徴的です。

バスルームからは外が見えます。

ジントニックプレイス

バワはここから湖に沈む夕日を見ながら、ジントニックを飲んでいたそうです。

バワは場所ごとに飲むお酒が決まっていたと言われています。

朝食テーブル

バワが朝食をとっていたテーブル。

朝食テーブルからはシナモンヒル、その先の湖、さらにその先には緑の中に寺院の白い仏塔が見えます。
この景色をバワは好んだと言います。

バンガロー周辺の彫刻

イタリア風の彫刻や顔の形を鉢などがあります。

オーストラリアのアーティスト「ドナルド・フレンド」作の花瓶。

エントランス(カーポート)

バワが駐車場に使っていた「カーポート」。

左の大きな器は、インドの漁師が網を入れるためのもの。

右上に見えるのは鳥籠。

この向かいには、ドライバーが泊まるための部屋があります。

エントランス階段

バワはバンガローのすぐ近くに車が止められないように階段を設置します。
また、バンガローからは車が緑の中に隠れて見えないようにしたそうです。

北階段(デンマーク様式)

バワの初期の建築パートナーであるデンマーク人の「ウルリクプレスナー」がメインバンガローの北側に階段を作っています。
メインバンガローと湖(ウォーターゲート)を繋ぐ階段になっています。

ウルリク・プレスナーの盆栽とリンガ

階段を降りたところにあるスリランカンブルーベリーの木の盆栽もウルリクプレスナーによるものだそうです。

その脇にリングが設置されています。

湖畔にウォーターゲートを設置

イタリア人彫刻家のリディア・グナセーカラによるレオパード(ヒョウ)の彫刻が置かれた「ウォーターゲート」を設置。

バワは1960-1963年に建築したコロンボのビショップカレッジに、リディアの彫刻を採用しています。
また、バワは1979-1980年にリディアの邸宅兼アトリエの改装を手掛けています。

レオパードの彫刻がいつ作られたのかは未確認です。

井戸と風車

ブロードウォークの丘側に池があります。
現在は使われていませんが、かつてはメインバンガローに水が引かれていました。
水は現在も残る風車を使って引き上げられていました。

池の横には、水を綺麗にすると言われている「クンブクツリー」が植えられています。

レッドテラス

メインバンガローの東側のテラス。
湖と池が見えます。

スリランカの土は赤く、建国神話ではウィジャヤ王子がセイロン島に到着した際に砂浜に手をついたら、手のひらに銅色の砂がついていたことから、タンバ・Tamba(銅色)パニ・panni(手のひら)と島を名づけ、それがタンバパニというスリランカの古名になったとされています。

その赤い土が見えることからレッドテラスと呼ばれています。

ランチテーブル

ドナルド・フレンドのデザインという葉のレリーフがあるランチテーブル。
バワはここでランチをとっていたそうです。

手前にあるのは、ビルマ製のベル。
各地にある鐘は音が異なり、使用人は音を聞き分けてやってきたそうです。

東階段

メインバンガローから東側に階段があり、蝶のような形をした池「バタフライポンド」に繋がります。
階段の途中にはシヴァ像があり、後にこの斜面に「ギャラリースタジオ」が建てられます。

シヴァ神像

ピンぼけしています。。すみません。

リンガ

独特の形をしたリンガです。

バタフライポンド

蝶々の形に似ていることから「バタフライポンド」と名付けられた池。

竹やぶ

ベンチとベル

池を挟んで、竹やぶの向かいあたりにあるベンチ。
ここにもベルがあります。

ブラックパビリオン

ブラックパビリオンの写真を撮り忘れてしまいました。
ブラックパビリオンから日時計、ブロードウォークを方を見た眺め。

日時計

ニハール・アマラシンハによる「日時計」が設置されます。現

ブロードウォーク

フランジパニの並木道。

田んぼ

在、ルヌガンガ財団は田んぼで作られたお米を近くの寺院に寄付しています。
2020年は180kgのお米を寄付したそうです。

ブロードウォークには牛が放し飼いされています。

西階段

バンガローの西側の階段に「ブルーパビリオン」を建設。
ブルーパビリオンからは「ヒンドゥーパン」、「プレインオブジャーズ」が見渡せます。

ヒンドゥーパンの設置

小さな池の脇に、アーティスト「ラージ プロパー」による半分獣で半分人間の彫像が置かれました。

ヒンドゥーパンからプレインオブジャーズにかけてゴムの木が見られます。
ゴムの木のプランテーションはゴムの木が等間隔に植えられますが、こちらもゴムの木が等間隔に並んでいます。

プレインオブジャーズを設置

16世紀の中国の壺が置かれたプレインオブジャーズ(壺の平原)が設置されます。
中国の壺はシナモンヒル、ベントタリゾート、パラダイスロードザギャラリーカフェなどでも見られます。

こちらにある池は現在も使われているそうです。
この池の横にも、水を綺麗にすると言われている「クンブクツリー」が植えられています。

ローマンパビリオンを建設

メインバンガローの西側の階段付近に、ローマ風のパビリオンを建設しています。

コロンボのパラダイスロードザギャラリーカフェにもあるバワの頭像と同じアーティストによる頭像と、バワが設計したイナ・デ・シルヴァ邸の家具をインド人写真家が撮影した写真が飾られています。

事務所スタッフの宿泊棟「ゲートハウス」を建設

1967年、バワはセイロン政府によるベントタのリゾート化プロジェクトを担当します。

ベントタリゾート、ベントタビーチホテル、セレンディブホテルとベントタに3つのプロジェクトが並行したことで、週末の別荘だったルヌガンガに事務所機能を増築します。
そうして週末にルヌガンガで仕事する事務所スタッフの宿泊場所として建設されたのが「ゲートハウス」です。

階段の踊り場に、ジャフナの博物館で見られるという冠の形をした手すりが見られます。

ラキパビリオンを建設

合わせて、道をまたいでシナモンヒルとを繋ぐ「ラキパビリオン」も作られています。

ベントタリゾートプロジェクトでもアイコニックなプロジェクトがスリランカのアーティストの作品を大胆にフューチャーした「ベントタビーチホテル(現:シナモンベントタビーチ)」です。

ベントタビーチホテルにも作品が採用されたラキセナナヤケによる「アキレウスの壁画」がラキパビリオンにあります。
この絵はラキによるジェットウイングライトハウスの螺旋階段の彫刻にも似た戦いのモチーフです。

屋根はスリランカ伝統の3層の造りになっています。
現在は1層の屋根が多いそうです。

ゲートハウスの給水タンク

ラキパビリオンからシナモンヒルに歩いて行くと左手にあります。

シナモンヒル

オランダ時代にシナモン農園だった隣の丘を購入して、シナモンヒルと名づけます。

この壺が置かれているところにバワの遺灰がまかれたそうです。

鶏小屋を建設

1970年代半ば、「鶏小屋」とバワが呼んだパヴィリオンを建設します。

この鶏小屋の屋根は、
1974年にプロポーザルを提出した「新国会議事堂」
1976-1978年に建設した寺院「シーマ・マラカ(Seema Malaka)」
のモデルになったと言われています。

ゲストハウス「グラスルーム」を建設

1970年代後半、ゲストハウスとして「グラスルーム」が建設されます。
エントランスのゲートも兼ねた作りになっており、ガーデンツアーはグラスルームの手前からスタートします。

宿泊する人は部屋の中を見ることができます。
グラスルームは日本人に人気の部屋だと言われています。

 

ガーデンツアーはグラスルームの下のエントランスからスタートします。

事務所棟「ガーデンルーム」を建設

1983年、仕事場として「ガーデンルーム」を建設。
現在も残る大きなテーブルは倒木から作ったもので、図案などをこの上で描いていたと言われています。

ヘリタンスアフンガッラのインフィニティープールに置かれている二人で座ると向かうようになるラブチェアー。

階段はデザインのために設置したそうです。

この窓の外から建物を撮影したのが以下の写真です。

デザインのために作った階段と鐘。

南側を向いた窓。

この下はゲスト用の駐車場になっていて、門があります。

このスペースに展示が行われることもあります。
こちらの写真は2017年12月の展示の写真です。

彫刻ギャラリー「ギャラリースタジオ」を建設

続いて、「ギャラリースタジオ」を建設し、彫刻などを展示するギャラリーとします。

その名の通り、作品がいくつも展示されています。

階段を降りると、もう一部屋あります。

こちらにも作品が展示されています。
床はガーデンルームと同じブラック&ホワイトの柄です。

椅子もブラック&ホワイト柄。

クッションもブラック&ホワイト。

このコーヒーテーブルはシナモン・ベントタ・ビーチに使われたものと同じものだそうです。

バワっぽい階段と扉。

この木製の柵もバワのデザイン。

光が差し込むようになっています。
横になっている柱は、一本の倒木から作られたものだそうです。

イエローコートヤードを設置

ギャラリースタジオの前にあります。

湖の島を購入

ルヌガンガからの景観が変わらないように、湖に浮かぶ島を購入します。

サンセットパビリオンを建設

メインバンガローの西側に「サンセットパビリオン」を建設します。
このパビリオンの椅子は、バワが1995-1997年に建設したジェットウイングライトハウスで作られた椅子と同じものがあります。

ヘリタンスカンダラマの黒い椅子

1991-1994年にバワが建設したカンダラマホテル(現:ヘリタンタンスカンダラマ)で作られた椅子と、そのモデルとなったオーストリア人設計の椅子が置かれています。

白い椅子がオーストリア人設計のオリジナルで、黒い椅子がバワが改良したものです。

ゲストハウス「シナモンヒルハウス」を建設

1992年、「シナモンヒル」の端に残されていた金属加工職人ベリックバースの攻防跡を撤去し、ゲストハウス「シナモンヒルハウス」を建てます。

1994年、1997年、1998年とバワは脳卒中で倒れて、1998年から2000年はコロンボの自宅「ナンバー11」の部屋を病室とし、病気療養に努めます。

2000年に体調が回復して外出が許可されるようになり、ルヌガンガを訪れるようになります。

バワは声が出せないものの、身振り手振りで庭造りを指示していたそうです。

ルヌガンガの歴史3〜庭園と建物の一般公開〜

2003年、ジェフリーバワが他界し、ルヌガンガ財団によってルヌガンガが公開されました。

バワが眠るシナモンヒル

バワの遺灰はシナモンヒルの壺が置かれた場所に撒かれそうです。

現在、ルヌガンガは3つの方法で楽しむことができます。

1)宿泊する
2)ランチ付きのガーデンツアーに参加する
3)有料のガーデンツアーに参加する

ルヌガンガに宿泊する

客室は宿泊客のみ見ることができます。

かつてはギャラリースタジオはガーデンツアーで見ることができましたが、現在は客室に変更されたため、見ることができません。

ルヌガンガには、時間帯ごとバワのお気に入りの場所がありました。

レッドテラスから「バターフライポンド」を見渡す「昼食テーブル」
デッドゥワ湖と夕景を眺めながらジントニックを楽しんだ「テラス」
友人たちと食事を楽しんだ「ダイニングテーブル」
シナモンヒルを眺める「朝食テーブル」

これらを楽しむには宿泊する必要があります。

客室はルヌガンガ6室、イナ・デ・シルヴァ・ハウス3室の合計9室あります。

メインバンガローにある「ゲストルーム」
入口の坂を登ったところにある「ゲートハウス」
丘の斜面に建つ「ギャラリースタジオ」
エントランスにある「グラスルーム」
シナモンヒルの端にある「シナモンヒルハウスルーム1とルーム2」

2019年9月からイナ・デ・シルヴァ邸(ナンバー5)の3室が加わりました。

バワ生誕100周年で公開された「ナンバー05(イナ・ダ・シルワ邸)」と…

イナ・デ・シルヴァ邸も宿泊者のみ見学が可能です。

ランチ付きのガーデンツアー

ランチ付きのガーデンツアーであれば、メインバンガローのリビングルームとダイニングルームを見ることができます。
リビングルームには、ラキセナナヤケやドナルドトランプなどの作品が展示されています。

ランチ付きガーデンツアーは要予約です。

通常のガーデンツアー

【時間】11:00〜、14:00〜
【所要時間】75分間
【料金】1500ルピー(840円)
※2021年6月2日現在。時間は定期的に変わりますので、直接ルヌガンガにご確認ください。

バワ生誕100周年〜客室の増加〜

2019年7月23日、ジェフリーバワ生誕100周年を迎えました。

2019年7月から2020年7月にかけて記念イベントがルヌガンガを中心に定期開催されました。

イナ・デ・シルヴァ邸の移築

2019年9月21日、イナ・デ・シルヴァ邸が3年間の歳月をかけて、ルヌガンガの敷地内に移築公開されました。

イナ・デ・シルヴァ邸は、1960-1962年にバワがコロンボに建築したバティックアーティスト「イナ・デ・シルヴァ」の自邸で、バワの初期の傑作の一つとされています。

客室が3室設けられ、リビングルームにはイナ・デ・シルバのバティックが展示されています。

隈研吾、リー・ミンウェイの作品を展示

生誕100周年を記念して敷地内に作品が展示されました。

バタフライポンドにパリ在住の台湾系アメリ人「リー・ミンウェイ」の作品が置かれています。
写真はイベント時にミュージシャンの演奏が作品で行われた時の様子。

ボードウォークとプレインオブジャーズの間に展示されている日本人建築家・隈研吾の作品「Kithul Ami。

スリランカ人写真家「ドミニク・サンソーニ」の作品がガーデンルームに
展示されました。

2021年5月現在も展示されているのはリー・ミンウェイと隈研吾の作品です。

参照)

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