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ガンポラ時代最大の寺院「ランカティラカ・ウィハーラヤ」

2022年5月16日

キャンディ郊外にあるガンポラ時代の最大の寺院「ランカティラカ」では、ヒンドゥー教の神々と仏像が一緒に祀られた、神仏習合が色濃く見られます。

また、歴史的建造物で王の名前ではなく、建築を担当した設計者の名も知られ、シンハラ建築、ドラヴィダ建築、中国建築の様式が見られる珍しいお寺です。

本記事では、ランカティラカ・ウィハーラヤについて紹介します。

ランカティラカ・ウィハーラヤとは?

ランカティラカ・ウィハーラヤは、キャンディ県ウドゥヌワラ地区ヒヤラピティヤ村にあるガンポラ時代(14世紀)の仏教寺院です。

ティラカはシンハラ語で「斑点、染み」という意味で、ヒンドゥー教徒が額につける印もティラカと言います。
ここでは装飾の意味で、ランカティラカで「ランカの装飾品」という意味です。
ウィハーラヤはシンハラ語で「仏教寺院」を意味します。複数形はウィハーラです。

同名の寺院がポロンナルワの世界遺産有料エリア内にもあります。

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パンハンガラと呼ばれる大きな岩の上に建っていることから「岩の上の寺」とも呼ばれます。

クルネーガラからガンポラに都を移したブワネカバーフ4世(在位:1344/5 – 1353/4年)の治世に、大臣 兼 将軍「セナランカディカラ(Senalankadhikara)によって建設されました。

設計者は、パーンディヤ朝の建築家「スタパティ・ラヤール(Sthapati Rayar)」。
ポロンナルワ時代のシンハラ建築、南インドのドラヴィダ建築、中国建築の要素が混ざった建築だと言われています。

シンハラ建築では、石材は柱や窓枠、扉枠にのみ使用され、壁はレンガ造りです。
ドラヴィダ建築のヒンドゥー寺院は、壁も含めて寺院は石材で造られます。
ランカティラカの石造りの壁が、この寺院がドラヴィダ建築が建てられたことを物語っています。

創建時は4階建ての寺院であったと記録されています。
現在は3階建ての瓦屋根ですが、創建時は屋根も石材で造られた4階建てであったと推測されています。

タミル・ナードゥ州の乾燥地帯の気候に適している石屋根は、スリランカの乾燥地帯にも適しています。
ところが、ガンポラはスリランカ中央高地にある湿潤地帯です。
インドでも雨が多いケーララ州でも屋根は石造りではなく瓦葺きです。

石造りの屋根は密閉性が低いため、雨の多い地域には不向きです。
仏像や絵画を収めた堂内が濡れてしまい、建物全体の風化を進行させます。

そのため、キャンディアン建築では、ケーララ州の寺院に似た瓦屋根が採用されています。
つまり、現在の寺院はガンポラ時代に創建された寺院の石材屋根が崩壊し、キャンディ時代にキャンディアン様式の瓦屋根を取り付けたものと考えられます。

ドラヴィダ系寺院建築で「階」と呼ばれるものは、屋根の層や段を指しています。
ドラヴィダ建築の寺院の屋根は、上階になるにつれて小さくなる、階段ピラミッドのような3層の屋根を作ります。

その上に、ストゥピカと呼ばれる小さなドームを乗せて4層の屋根となり、それを指して4階と言っていたものと思われます。
近くのガダラデニヤ寺院には、このような外形がそのまま残っているそうです。

現在は白い壁は、かつては青みがかった塗装であったことから「青い寺」とも呼ばれていました。

東参道と西参道

ランカティラカ・ウィハーラヤには、東と西に2つの参道があります。

本来の参道は、東側の岩の麓から、岩に刻まれた階段を登ると参道です。
もう一つは、道路「ランカティラカ・ウィハーラヤ・ロード」が走る西側の参道です。

西の道路は坂を登って、岩の上の寺院の門まで車で登ってくることができます。
門前の道沿いには露店が並んでいます。

また、この道はランカティラカ・ウィハーラヤのペラヘラのパレードでも使われます。
王国時代は、この道沿いに寺院や僧侶のために、労働奉仕する人たちが住んだエリアでした。

東の参道は、右側にガンポラ時代の風化した階段があり、左側に1913年に切り出された新しい階段があります。(上の写真)

1911年にスリランカを訪れたドイツの詩人ヘルマン・ヘッセは旅行記にこの階段について記述しています。

この石階段を登り切ると、石のゲートがります。(下の写真)

参考)
東洋大学人間科学総合研究所紀要 第8号(2008):ヘルマン・ヘッセにおける東洋受容とヨーロッパ人としてのアイデンティティー

仏堂

ムーンストーン、ガジャシンハ、トラナ

石のゲートをくぐると、簡素なムーンストーンがあり、階段があります。

階段の左右には、象の頭を持ったライオン「ガジャシンハ」が彫られた手すりがあります。
スリランカでは、中世後期に手摺りの彫刻がマカラからガジャシンハに変わっています。
ヤーパフワの手すりにも、ガジャシンハが見られます。

頭上のアーチには、マカラ(ワニ)やドラゴンが掘られたトラナがあります。
トラナとは扉を意味します。

トヴァーラパーラ(金剛力士像)

入口には2体の刀を持ったドヴァーラパーラの彫刻があります。

日本の金剛力士像にあたりますが、ランカティラカのドヴァーラパーラは細くて、表情も穏やかです。

参考)
ウィキペディア:ドヴァーラパーラ

本堂「ガルバグリハ」と祈りの間「マンダパ」

ヒンドゥー寺院の本尊を安置する場所を「ガルバグリハ」と呼びますが、ランカティラカでもガルバグリハと呼びます。
ガルバグリハは「子宮の家」という意味です。

ヒンドゥー寺院ではブラフマンのみがガルバグリハで祈りを捧げるため、ガルバグリハは狭い部屋になっています。
一般信徒が祈る場所は「マンダパ」と呼ばれます。

ヒンドゥー寺院では、マンダパとガルバグリハは扉で仕切られますが、ランカティラカでは仕切れていませんので、本尊を祈るスペースが広く確保されています。

本尊

本尊は、高さ4mの黄金色に輝く仏陀の坐像です。
手は瞑想の姿勢サマディ・ムドラをとっています。
足の姿勢はヴィラーサナというスリランカとタイで多く見られる姿勢です。(北インドではパドマサナが主流)

仏像の上には、左右にマカラが、中央にかけて菩提樹を表す木と花と天使が彫られたトラナがあります。

この仏像は、各地の仏教寺院を再興したキャンディ王国のキルティ・スリ・ラジャシンハ王が改修し、塗り直されたものです。
衣服にひだが見られるのがキャンディ様式の特徴で、ガンポラ様式ではひだがありません。

本尊の両脇には2体の立仏が配されています。

シヴァ像、パールバティ像、ガネーシャ像

仏像の上のトラナの上の左側(向かって右側)には、シヴァ像、パールヴァティー像、ガネーシャ像があります。
ヴィシュヌの妃ラクシュミーの彫刻や絵は仏教寺院で見られことがありますが、シヴァやパールヴァティーが見られることは稀で、この寺院が神仏習合であることを示しています。

ウプルワン像とヴァラハー像

トラナの上の右側(向かって左側)には、スリランカ最南端のデウィヌワラの神で、ヴィシュヌと同一視されるようになったウプルワンの像があります。
ウプルワンは「青い睡蓮の色」を意味し、青い肌で表現されます。

ウプルワンの横には、ヴィシュヌの第3のアバターラである、海に沈んだ大地を持ち上げる猪「ヴァラハー」の像があります。

つまり、ウプルワンはヴィシュヌであるということでしょう。

ブラフマー像

トラナの真ん中の上には、4つの顔を持つブラフマーの像があります。

つまり、ブラフマーが世界の創造、ヴィシュヌが世界の維持、シヴァが世界の破壊を司る、というトリムールティが仏堂で表現されているわけです。

クマラ・バンダラ像

ケーガッラの守護神である、クマラ・バンダラ像も見られます。

クマラ・バンダラは病気を癒し、悪霊を退治し、既婚女性に子宝を授ける力があるとされています。
キャンディ地方の首長の服装で表現され、キャンディ王国の時代から盛んに信仰されるようになります。

阿羅漢の壁画

本尊と立仏との間の壁に、2名の阿羅漢の壁画があります。
これは智慧第一と称されたブッタの弟子サーリプッタ(舎利弗)と、神通第一と称されたモッガラナー(目連)です。

スリランカ十六聖地の壁画

ブッタが訪れたとされるスリランカの16の仏教聖地「ソロズマスターナス」が立像の奥の壁に描かれています。
各聖地は仏塔によって表現されています。

16の聖地はガンポラ時代から知られていたが、キャンディ王国のキルティ・スリ・ラジャシンハ王(在位:1847-1882年)の時代から一般に知られるようになったと言われており、この壁画がそのキャンディ時代のものです。

ブッダの24世の壁画

入口近くの壁には、ブッダの24世が描かれています。
24世とは、ブッダの12の前世と、12の来世です。

堂内の壁画は、赤・白・黄・黒の4色の顔料で描かれていますが、最も経年変化に強い赤が多用されています。
これらの壁画の多くがキャンディ時代のものです。

サティ(7週間の瞑想)の壁画

ブッダは1週間ごとに異なる瞑想を行い、7週間取り組んで悟りに達しています。
その7週間の様子を描いた壁画です。

太陽の天井画

天井には太陽を描いた天井画があります。

ハンサの天井画

さらに、ハンサを描いた天井も見られます。

デーワーラ

東参道に向いた仏堂の反対側、西参道側には5つのデーワーラヤ(複数形はデーワーラ)があります。

五神は祠(デーワーラヤ)は持たず、仏堂の外壁に安置されていたと考えれていて、デーワーラヤはキャンディ時代につ作られと推定されています。

デーワーラは、西参道の正面にある「ディグゲ」の裏に配置されています。
ディグゲとは、「太鼓の家」という意味で、太鼓で音楽を演奏するためのホールとして使われます。

西:カタラガマ・デーワーラヤ

カタラガマは丘・南・ルフナの守護神です。

バラモン教よりも古い南インドのタミル人の戦いの神ムルガンが、スリランカにやってきてカタラガマを本拠地とし、スリランカではカタラガマと呼ばれています。

中世に北インドから南インドに入ったバラモン教のバラモンたちは、ムルガンをバラモン教の戦いの神スカンダと同一視します。

ムルガンは丘陵地帯、牧畜民の住む地域の神で、農耕民の神よりも好戦的な存在です。
ムルガンは赤色で表現されます。

カタラガマは仏教徒、ヒンズー教徒、ウェッダー人、一部のイスラム教徒に崇拝されているため、スリランカで最も多くのデーワーラヤを持つ神がカタラガマです。

また、キャンディ地方の守護四神はヴィシュヌ、カタラガマ、ナータ、パティニで、ランカティラカ・ウィハーラヤの守護五神の中で、唯一両方に属しているのがカタラガマです。

南東:ウルプワン・デーワーラヤ

スリランカの古代文明ラージャラタが栄えた北部の守護神がウルプワンだとされています。
ウルプワンは青色で表現されます。

北東:ガネーシャ・デーワーラヤ

ガネーシャはスリランカの地域と関係する守護神ではありません。

北:サマン・デーワーラヤ

サマンはスリーパーダやサバラガムワを治めたヤカー族の王で、死後にスリーパーダ、サバラガムワ、中央高地の守護神となります。

スリランカで最初に仏教に改宗した人物とされ、仏教の守護神でもあります。
白い象とともに表現されます。

南:ヴィビシャーナ・デーワーラヤ

スリランカの西の守護神とされます。

ヴィヴィシャーナーはランカー島の王ラヴァナの弟です。
ヴィヴィシャーナーはラーマ王子に味方し、ラヴァナが倒された後に、ランカー島の王となり、都をケラニヤに移しています。

岩に彫られた碑文

寺院の建物の南西側の岩に彫られた碑文は、ガンポラ王国に関する重要な史料です。

この碑文には王国のシンハラ人部隊とタミル人部隊について記載されているそうです。

仏塔・仏足・菩提樹

境内の北西側には、仏塔・仏足・菩提樹があります。

弱体化したシンハラ王権

ランカティラカ・ウィハーラヤが、王室の寄進ではなく、大臣 兼 将軍のセナランカディカラが寄進していることが特徴的です。

セナランカディカラは寺院を寄進し、後の世で仏陀になることを願ったと書かれていて、スリランカの王だけが菩薩や未来の仏陀になれるとされていたことから考えると、王族の弱体化を示していると言われています。

ランカティラカ・ウィハーラヤが建設されたブワネカバーフ4世(在位:1344/5 – 1353/4年)の時代は、スリランカには5つの勢力がありました。

1つ目はガンポラを拠点としたブワネカバーフ4世です。

2つ目はクルネーガラのアラガッコーナーラ家です。
アラガッコーナーラ家は後にガンポラの大臣 兼 将軍、そしてガンポラの王を輩出していますが、元々はケーララ州から渡ってきています。
ブワネカバーフ4世はアラガッコーナーラ家が力を握っているクルネーガラからガンガシリプラとして知られていたガンポラに遷都したと考えられています。

3つ目はデディガマの弟パラークラマバーフ5世です。
ガンポラ王国は、兄ブワネカバーフ4世がガンポラを、弟パラークラマバーフ5世がデディガマを本拠地として共同でガンポラ王国を統治しています。

4つ目はガンポラ時代最大の寺院であるランカティラカ・ウィハーラヤを建設した大臣 兼 将軍であるセナランカディカラです。

5つ目はスリランカ北部を治め、5つの勢力の中で最も領土が大きかったジャフナ王国です。
ガンポラ時代の後期には、ジャフナ王国はガンポラ王国を攻めますが、これを撃退したのは、 コーッテーに要塞を築いたアラガッコーナーラ家です。

ガンポラ王国はシンハラ王の力が弱かったことが想像できます。

参考)
LANKA EXCURSIONS HOLIDAYS:Lankatilaka – Kandy hillcountry’s largest Gampola-period temple
Srilankan architecture, history and travel:Lankatilaka Temple
Wikipedia:Lankatilaka_Vihara
Wikipedia:Upulvan
Wikipedia:Saman (deity)
ウィキペディア:普賢菩薩
Wikipedia:Vibhishana
Wikipedia:Kataragama deviyo
Wikipedia:Dedimunda deviyo

 

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