視覚障がい者を雇用する指圧マッサージ、食の安全意識を高める有機農業を行う石川直人さん | スリランカ観光情報サイト Spice Up(スパイスアップ)
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視覚障がい者を雇用する指圧マッサージ、食の安全意識を高める有機農業を行う石川直人さん

2020年11月20日

スリランカで活躍する日本人起業家へのインタビュー第13弾は、視覚障がい者を雇用する指圧マッサージ、食の安全意識を高める有機農業を行う石川直人さんです。

本記事は2018年6月に発行した「スパイスアップ・スリランカ第6号」に掲載した記事を元に加筆・再編集したものです。

スリランカに来たきっかけ

石川さんが最初にスリランカに来たのは青年海外協力隊員としてやってきた2002年、25歳の時だったそうです。

任期もあと6ヶ月というタイミングで2004年12月26日、クリスマス翌日の午前中にスマトラ島沖地震による津波がスリランカを襲います。
石川さんは、休暇で訪れていたベールワラで被災。

津波を知らないスリランカの人たちは「海が引いた!」と海に出て魚を獲る人もいたそうですが、その後、大きな津波がやってきます。状況は一変、「海が来る!」と逃げ惑う人たち。

石川さんがいた南西海岸では、海沿いに幹線道路と鉄道が走っています。
幹線道路と鉄道も波に飲み込まれ、ヒッカドゥワ郊外では単独の列車事故として世界史上最大被害である1,700人以上が亡くなる大惨事となります。現在被災地には、バーミンヤン式の仏像「津波本願寺佛舎(Tsunami Honganji)」が立ち、小さなミュージアムがあります。

船や車、家が流される状況を目の当たりにして、石川さんはすぐに青年海外協力隊の仲間と緊急支援を始めます。
平日は任地のアヌラーダプラで活動し、土曜日始発の朝3時発のバスに乗って、土日は被害地域で緊急支援を続けます。

被災地支援の難しさ

青年海外協力隊の任期が終了し、日本に帰国する予定だった石川さんは現地で津波被害支援を続けることを決意します。
そして、スリランカで津波被害支援のプロジェクトを行なっていた NGOに就職し、1年間活動します。

被災地支援をしていく中で感じた難しさは、被災地で行う支援が、支援を行う側が思ってもいなかった形で周囲に影響を与えることだったと言います。

津波や地滑りで流された住宅の再建支援を行うと、沿岸部の人を助けることになります。
ところが直接的な津波被害のなかった高台に住む人の中には、津波で畑が流されたり、漁で使っていた船が流され、生活の糧を失っている人もいます。そんな人たちからしたら、なぜ、沿岸部の人たちだけが支援を受けられるのか?と不公平さを感じてしまうわけです。
こういった問題は、東日本大震災で支援を行った際にも感じられたそうです。

現場に入って活動をしていく中で、まだまだ支援が行き届いていない人々がいることを感じている一方で、就職したNGOは被災後1年以上が経過し、現地パートナー団体に任せて、スリランカからの撤退を決めてしまいます。

世界の様々な国の支援を行う大きなNPOやNGO組織では、現地に根ざした支援を長期的に行うことは難しいと感じた石川さんは、友人とNPO法人「アプカス」を立ち上げ、スリランカでの支援活動を続行します。

2007年1月には、ヌワラエリヤ県で、広範囲において地すべりが発生。
約600軒の家が全半壊し、16名が死亡、3,900家族が避難キャンプでの生活を強いられる状況が起きましたが、2年前の津波被害のようには報道されず、ほとんど支援が行われない状況にありました。

被災地域ではニーズの変化も早く、かつ多岐に渡るため、現場に入り込んで細く長く活動をすることを目指していたそうです。

下記はそれらの一部です。
・地すべり被災者避難キャンプにおける移動図書館や上下水道の整備
・地すべり被災地区での仮設住宅の建設
・津波被災者移転地区におけるコンポストと家庭菜園の普及活動
・元内戦地域における子どもの栄養改善と養鶏の普及活動

視覚障がい者が活躍する指圧マッサージサロン

石川さんはNPO活動を続けていくうちに、援助漬けで自立心を失ってしまう人たちを見るなどして、「支援する側」と「支援される側」という関係性に疑問を感じ始めたそうです。

そんな時、日本ではマッサージ師として活躍できる視覚障がい者が、スリランカでは全く働く機会がなく、自立が困難であることを知ります。

スリランカには障がい者に対する多くの偏見があり、本人やその家族が孤立してしまうこともあり、障がい者は人目のつかない家の奥で暮らすような状況があります。

スリランカ政府の調査によれば、視覚障がい者が一人でもいる世帯の88%が、1日の収入が2ドル以下の『貧困層』だと言われています。

視覚障がい者を援助するという一方向の働きかけでは状況は変えられません。
そこで、「単なる援助だけではなく、お互いがサポートし合う関係」を目指し、2011年4月に指圧マッサージサロンを開業することを決定します。

ところが、資金援助も決まった矢先、2011年3月11日、東日本大震災が発生します。
石川さんは開業を1年延期することを決め、スリランカから東北へ緊急支援に入ります。

東北で緊急支援に取り組んでいる中で、決まっていた資金援助の話もなくなってしまいます。
日本国内の大きな災害を受けて、海外への資金援助は停止する決定が日本側でなされ、大幅に資金額が減ってしまったのです

そんな逆境を乗り越えて2012年、指圧マッサージサロン「Thusare Talking Hands(トゥサーレトーキングハンズ)」を開業します。
しかし、これまで視覚障がい者が外に出て働くことがなかったスリランカでは、視覚障がい者がマッサージを行うことに対して全く理解が得られなかったそうです。

始めの半年は全然お客さんが来なかったといいます。
徐々に口コミで評判が広がり、現在では13人のマッサージ師(研修生3人を含む)が働き、健常者が一般企業に就職した場合の給料に引けを取らない待遇を実現し、彼らの社会的経済的自立を支援しています。トリップアドバイザーのコロンボのスパ&ウェルネス分野でトゥサーレは1位を獲得しています。

2店舗目の開業直後にコロナ

2020年3月14日、ついてにトゥサーレは2店舗目を開業します。
場所は5つ星ホテルのシナモン・グランドに隣接し、上階には日本人駐在員も多く住むモーナク・アパートメンスがあるショッピングモール「クレスキャット」内。

ところが、1店舗目をオープンする直前に東日本大震災の発生で事業計画が大きく影響を受けたように、大きな変化が起きます。
新型コロナウイルスのスリランカ人国内初の感染者が、支店開業前の3日前である3月11日に確認されます。
そして、3月18日にスリランカへの入国が停止され、開業から7日目の3月20日、スリランカ全土に外出禁止令が発令されます。

スリランカでは10月に第二波が起き、外出禁止令が発令され、2020年11月現在も隔離地域が指定され、お客さんがくることは少ないそうです。

オーガニックショップのKenko 1st

大学時代は農業や酪農について学んでいた石川さんは、農薬問題があまり認識されていないスリランカで有機農業を始めます。

スリランカを始めとする新興国においては、日本では危険だとして既に使われなくなった肥料や農薬がいまだに大量に使われているという現実があります。コストと効果だけが重視されてしまうのです。

そうした農薬や肥料による被害に遭うのは消費者だけではありません。
野菜を生産する農家の人たちも、農薬で手が荒れるなどの健康被害があります。

消費者にとっても、生産者にとっても、その土地にとっても良い、安全な野菜作り、オーガニック栽培の支援に取り組まれています。

ところがこの事業も簡単に進まなかったいいます。

農家に有機農法のトレーニングするものの、すぐお金になる町の仕事に出掛けてしまい、農地が放棄されてしまうことが起きます。
また、技術を教えた農家が適正価格での取引に応じず、スムーズに仕入れができないという問題もあったそうです。

そこで、自社生産も始めることで、作物の安定的な供給を実現します。

販売店の「Kenko 1st」には安全で新鮮な野菜・果物を求めて日本人や外国人、スリランカ人の富裕層が集まります。
持病や身体的な理由で、スーパーで売られている野菜ではなく、Kenko 1stで販売している野菜を”必要”としている人たちもいます。

将来的には、流通量を増やし価格を下げ、富裕層のみならず、より多くの消費者に安全な食べ物を届けていきたいといいます。

新型コロナウイルスで外出禁止令が出された際も、Kenko 1stの野菜を必要としている人たちに届けるために、継続的な宅配に取り組まれていました。

負の遺産に触れるダークツーリズム

石川さんのアプカス、日本の建築と環境の専門家が取り組むプロジェクトが、都会から隔絶された農村地帯にあります。
デルトタの町から北東に7kmほど山道を登ったところにあるバウラーナ村。

かつて世界1位を誇ったスリランカの紅茶生産は英国人が南インドから労働者として連れてきたインドタミル人たちに支えられていました。そんな彼らが住んでいるこの村は、紅茶産業の衰退で40%の農家が職を失い、スリランカ社会からも故郷のインドからも隔離されています。

スリランカでは、かつての紅茶工場や農園主の邸宅がリノベーションされてホテルなどの観光資源となっています。
一方で、労働者たちが暮らした住宅「ラインハウス」は負の遺産として放置されてきました。

しかし、ラインハウスは当時貴重だった英国のスチールフレーム、スリランカ式の花崗岩の壁とヴェランダ、ヒンドゥー教式の牛糞塗りの床とが融合した歴史的価値のあるものと着目。
地域に就業機会と収入をもたらすべく、質素な長屋に泊まり、地域住民と触れ合い、タミル料理を習い、茶摘み、乳搾り、現地の子供達と現地の遊びをする独自のツアーを開発されています。

実際に泊まらせていただきましたが、長屋の家族が出してくれる手料理はシンプルながらも、とても美味しいものでした。

まとめ

スリランカでは湯船がないので、たまに足が怠くなることがあります。
家から歩いていけるところにトゥサーレトーキングハンズがあるため、定期的にマッサージを受けにいきますが、コロンボ市内のマッサージ店の中で、クオリティーは断トツだと思います。
視覚障がい者のスタッフさんたちは、日本語が少し話せ、前にもマッサージを受けにきたことを覚えてくれているのも嬉しく感じます。

また、アーユルヴェーダに興味がある方や、健康意識が高い旅行者の方をKenko 1stにお連れすると、とても喜ばれます。
そんなに喜ばれるのであれば!と、私が日本に帰国する際のお店を買うのも決まって石川さんのKenko 1stです。

トゥサーレトーキングハンズ、Kenko 1st、それぞれ是非訪れてみてください。

関連ページ

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参照

日本経済新聞「被災の邦人、スリランカ残り支援」
NPO法人アプカス公式ホームページ
Wikipedia「2004 Sri Lanka tsunami train wreck」
一般社団法人 本願寺文化興隆財団
スリランカで繰り広げられたソーシャルカンパニー – 新興国情報
地球の歩き方「コロンボで有機野菜お届け」
スリランカライフ「持続可能な社会づくりに向けて有機野菜栽培と指圧サロンを手掛けるNPOの代表に聞く」