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駐日スリランカ大使ダンミカ ガンガーナート ディサーナーヤカ閣下へのインタビュー

2017年10月16日

2015年9月〜2019年12月に駐日スリランカ大使を務められたダンミカ・ガンガーナート・ディサーナーヤカ氏へのインタビュー記事(2017年10月16日取材)をお届けします。
※弊誌2017年11月号及び弊社旧ウェブサイトに掲載していた記事の再掲です。

ディサーナーヤカ氏はメディア・マスコミニケーションの専門家でした。

スリランカ二大政党の一つ「統一国民党」のメディア担当顧問
国立スリジャヤワルダナプラ大学のシンハラ語・マスコミュニケーション学部部長
スリランカ国営通信社の会長
スリランカ国営ラジオ放送協会の会長
スリランカ国営テレビ協会の会長
スリランカ国営独立テレビネットワーク会長 兼 CEO
などを歴任されました。

日本との関わりも深く、日本でマスコミュニケーションの博士号を取られています。
筑波大学日本語コースを修了
東海大学修士号(マスコミュニケーション)取得
東海大学博士号(マスコミュニケーション)を取得

また、立教大学客員講師、外務省研修所客員講師を務め、東海大学・松前重義賞(文化部門奨励賞)、白鴎大学名誉賞、フジサンケイグループ賞などを受賞されています。

映画「男はつらいよ」の研究のため、山田洋次監督の山田組への参加を認められ、撮影に同行もされています。

日本語が堪能で、日本文化にも造詣が深いディサーナーヤカ氏が駐日スリランカ大使を務められたことは、日本とスリランカの関係において、大いにプラスであったように思います。

ディサーナーヤカ氏は2020年8月、病気療養中のスリランカで62歳の生涯を閉じられました。

ディサーナーヤカ大使へのインタビュー

大使としての現在のお仕事について教えてください。

新しい政府から任命されたスリランカの大使として、経済を重視した外交を行っています。
主に政府関係者や投資家とお会いします。
FDI(直接投資)をしてくれそうな会社を探して、スリランカの魅力を紹介しています。

スリランカ新政府が、日本政府や日本企業に期待することは 何でしょうか。

前政府は中国を重視していましたが、新政府は中国、インド、 日本とバランスをとった関係を目指しています。
そのため、スリ ランカ政府と日本政府の関係は10年前に比べるとぐっと近くなっ ています。
新政府の首相は日本に2回、大統領は日本に1回すで に訪問しています。

スリランカは遠い島国だと思われていますが、一度来ていただ ければその魅力を分かってもらえると思います。
来年の初めに日本商工会の視察団が100 人ほどスリランカに来る予定です。

日本商工会の視察団がスリランカに来るのは今回が初めてです。
今、スリランカの発展スピードはとても早くなっています。

南アジアの他の国と比較して、政治面、経済面、社会面、どの側面ともスリランカは良い状況にあると思います。

スリランカに進出するメリットについて教えてください。

人材が魅力です。
スリランカ人は学歴が高く、高校まで出た人の比率が高いです。

今後、単純作業は機械に取って代わることに なるでしょうが、そうなった場合それを扱える人材が必要になります。
スリランカでは教育面と医療面の費用が無料なので、それが高学歴の人材の輩出につながっていると思います。

大使が日本に関わることになったきっかけは何でしょうか。

1985年の当時私が25-26 歳のときに、世界青年の船にスリランカから参加する10人の内の1 人に選ばれました。
その時、日本の若者と1 ヶ月半ほど生活を共にし、日本に憧れるようになりま した。

日本の魅力についてお聞かせください。

今、スリランカは発展しようとしているところで、自国のどの 部分を変えるべきで、どの部分を変えないべきなのかが課題だと 感じています。
日本は独自の伝統・文化を守りながら先端技術を 取り込み、うまく調和させて先進国になった国だと思います。

日本はルーツが残っている素晴らしい国だと思います。
例えば、亡くなった方々への気持ち、お祭り、日本料理、考え 方や感性も欧米の国々とは異なります。

スリランカも日本と同じ アジアの国です。
本来、考え方は欧米よりも日本に近いと思います。
しかし、スリランカは150 年ほど英国の植民地でしたので、欧米 に近い考え方に影響を受けています。

アジア諸国と欧米諸国の考え方の違いについてどうお考えで しょうか。

アジアは集団主義です。
集団主義では仮に個人として意見が合 わなくても、集団としてまとまります。

一方で、欧米は個人主義 です。
自分の権利について考えることは大切ですが、いつも権利 が優先されがちで、自分の役目について考える意識が希薄に思い ます。

スリランカと日本の似ているところはどこでしょうか。

お米が主食であること、仏教徒が多いこと、そして鰹節を使う 国であることです。
違いはスリランカ人は大雑把で、日本人は細 かいところです。
日本人は義理と人情を大切にしていますが、ス リランカ人は義理と人情には比較的薄いと思っています。

スリランカの良いところについて教えてください。

自然が豊かなこと。
そして、スリランカ人は愛情深く、その対象がとても広いことです。

愛情は人間にだけではなく、動物、植物、 水など自然や周りにある命にも向けられます。
これは仏教の影響 かもしれません。

仏教徒は毎朝「全ての生きものが幸せになるよ うに。」と拝みます。

スリランカを旅行した日本人の方からよく聞くのは、スリラン カ人たちの笑顔です。
貧しくても、お金持ちでも、みんな笑顔で 挨拶してくれます。
日本でも田舎の人たちは親切で愛情深いですが、スリランカも田舎の人たちは心優しいです。

大使おすすめのスリランカの過ごし方は何でしょうか。

スリランカのホテルやレストランは欧米人観光客の扱いには慣れていますが、日本人観光客の扱いには慣れていません。
欧米人 もそこまで細かいことを気にしませんが、日本人はとても細かい です。

例えば、紅茶が提供された時、紅茶がソーサーに数滴溢れていた時、 日本人はそれが気になるでしょう。
スリランカで日本人並みの細かさを求めてやってくると、疲れてしまいます。
事前にスリラン カはそういうところだと知った上で、大らかな気持ちでスリランカで過ごしていただきたいです。

ご出身地のコロンボ、学生時代を過ごされたキャンディの魅力についてお聞きします。

私は小学校から高校卒業まで13 年間、寮で暮らしながらキャ ンディで生活していました。
キャンディはスリランカの古代文化のシンボルであり、地元の人たちはキャンディに誇りを持っています。

どんどん発展するコロンボに比べるとゆったりした場所で、 気候が良くて涼しいです。
欧米人はキャンディが好きで1週間く らい滞在する方が多いです。
キャンディは山の上からの景色がお勧めです。
私の学校は山の上にあり、360 度見渡せる景色の綺麗なところでした。

コロンボは海がいいですね。
マウントラビニアやゴールフェイスは都会にいながら海を眺められます。
コロンボから少し離れますが、ベントタ、ヒッカドゥワにも素敵な海があります。

オススメのスリランカ料理を教えてください。

田舎で食べるライス&カリーです。
都会のライス&カリーは欧米人向けに人参などが入っていますが、田舎の庶民のライス&カレーは地元の野菜を使ったもので、値段も安くてとても美味しいです。

特にベジタブルカレーがお勧めです。
肉や魚のカレーは唐辛子が入っていて辛いですが、ベジタブルカレーはココナッツミルクで作っているので、辛くなく日本人にも食べやすいと思います。

スリランカはフルーツも有名ですが、何がお勧めでしょうか。

バナナです。
その中でもコウリコットゥという豹のように皮に黒い点がついているバナナが美味しいです。
少し値段は高いですが、色んなバナナがある中でも特に栄養価が高いバナナです。

大使は日本食はお好きでしょうか。

刺身が好きです。
それと毎朝、納豆、シャケ、豆腐を食べています。

日本の好きな場所について教えてください。

田舎が好きです。
田舎のお祭りを見に行くのはとても楽しいです。

スリランカでは毎月ペラヘラというお祭りがあるので、スリランカ人はお祭り好きです。お釈迦さまの誕生日などスリランカでお祝いする日は、八王子にある正山寺釈迦牟尼国際佛教センターにスリランカの人は集まります。
私も昨日行きました。成田にはランカ寺、筑波にはスリ・サンブッダローカ寺があり、スリランカ人が集まっています。

これからのスリランカと日本の関係は、どのような展開が望ましいでしょうか。

スリランカはかつてアジアの玄関口として重要な国でした。
昔から貿易で東西の船が多く通る地理的に優位性のある国です。

長く続いた内戦によって、シンガポールが代わってアジアの玄関口として役割を担いましたが、今後はスリランカもそのような役割をしていくべきだと考えています。

スリランカはEU と自由貿易協定を結び、インドや中国とも自由貿易協定を結ぶ予定です。

スリランカとしては日本とも関係を強化したいと考えています。
日本から商品や品物をアフリカや中東に運ぶ時は、スリランカを通ることになります。

また、10 年、20 年経つと日本にいるスリランカ人コミュニティーはより大きくなっていくと思います。
現在は18,000 人のスリランカ人が日本で暮らしています。
スリランカから日本に来る人は年間で1,200 ~ 1,300 人もいて、毎年どんどん増えています。
日本は高齢化していますので、スリランカ人の若者が日本で活躍する機会も増えていくでしょう。

( 取材日:2017 年10 月16 日)

文章: 神谷 政志

写真:西田 幸樹
prof. JICA シニア海外ボランティア
現在スリランカの国立舞台芸術大学で写真を教えている。

ディサーナーヤカ大使のプロフィール

名前:ダンミカ・ガンガーナート・ディサーナーヤカ(Prof. Dammika Ganganath DISANAYAKE)
生年月日:1958年7月1日
ご家族:妻、子供2人

インタビュー当時の職業

駐日スリランカ特命全権大使
スリジャヤワルダナプラ大学准教授
スリランカ国営テレビ局「独立テレビネットワーク(ITN:Independent Television Network)」 会長 兼 CEO

ご経歴

1982年:スリジャヤワルダナプラ大学学士号(優等卒業学位)取得
1982年~1983年:スリランカ国勢調査統計局広報官
1982年:編集を担当した『スリランカ年鑑』をスリランカ統計局より出版
1984年:『The subject matter of the contemporary Sinhala cinema』をLake House Investmentより出版
1986年:National Youth Services Council理事
1986年:Tower Hall Theatre Foundation理事
1987年:筑波大学日本語コース修了証書取得
1987年-1993年:文部科学省より研究教育に対する賞
1989年:白鴎大学名誉賞
1989年~1993年:外務省研修所客員講師、日本教育映像協会にて講演
1990年:東海大学修士号(マスコミュニケーション)取得、白鴎大学名誉賞
1992年:立教大学客員講師、フジサンケイグループ賞
1993年:東海大学博士号(マスコミュニケーション)取得
1993年:スリランカ首相メディア担当顧問
1993年:東海大学の松前重義賞(文化部門奨励賞)
1995年~2000年:スリランカ統一国民党メディア担当顧問
1996年~1999年、2000年~2002年、2005年~2009年、2011年~2013年:スリジャヤワルダナプラ大学シンハラ語・マスコミュニケーション学部部長
1996年~2013年:スリジャヤワルダナプラ大学 著述・コミュニケーションコース大学院修士課程コースコーディネーター
1996年~2013年:スリジャヤワルダナプラ大学 著述・コミュニケーションコース修士号コースコーディネーター
1997年:編集を担当した『Grass root level Political Communication & Organization』をUnited Publication Houseより出版
1998年:白鴎大学名誉賞
1998年~2013年:スリジャヤワルダナプラ大学マスコミュニケーション修士課程コースコーディネーター
1999年:翻訳を担当した『ルパバヒニニュース制作』をFESより出版、スリランカのメディア教育における優れた貢献に対する賞を受賞
2002年~2003年:スリランカ国営テレビ局会長、スリランカ国営ラジオ局会長、スリランカ国営通信社会長
2004年:Public Performance Control Board(検閲局)会長
2004年:政策企画・推進省顧問
2010年~2013年:スリジャヤワルダナプラ大学現代言語学部部長
2010年~2014年:警察学校(カルタラ地区)客員教授、ポリスアカデミー(カターナ地区)客員教授
2011年:『PaniWalalu』をGodage Publishersより出版
2012年:『PaniWalalu 2』をGodage Publishersより出版
2013年~2014年:スリランカ国会野党リーダー事務所報道官
2001年~2015年:スリジャヤワルダナプラ大学文学部准教授、Independent Television Network (ITN) 会長/CEO
2014年:『PaniWalalu 3』をGodage Publishersより出版
2015年:9月〜2019年12月:駐日スリランカ大使
2019年:9月14日、『パニワラル 駐日スリランカ大使が見たニッポン』を三省堂書店より出版
2020年:8月11日、永眠

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