明治にセイロンに渡った日本紅茶の父ゆかりのチャノキが咲く新宿御苑
明治政府の命を受けて、アッサム、ダージリン、セイロンを視察した日本紅茶の父とも言われる多田元吉が持ち帰ったアッサムの苗木を植えたのが現在の新宿御苑だと言われています。
現在もチャノキが新宿御苑にあり、秋に花が咲き、「新宿御苑のみどころ秋」にも紹介されています。
整形式庭園のバラ花壇も見頃を迎えています。
新宿御苑にはジェフリーバワのルヌガンガにある風景式庭園(イギリス式庭園)、整形式庭園(フランス式庭園)にはヤシ類のシュロ、温室には仏教三大聖樹・セイロンシナモン・セイロンライティア・プルメリア・レッドバナナ・蓮の花などがあり、スリランカを感じられるものがあります。
園内では新宿御苑ゆかりの国産まりこ紅茶や内藤とうがらしを使ったクレープ、茶室やスターバックスもありますので、是非行かれてみてください。
本記事では新宿御苑について紹介します。
目次
日本紅茶の父「多田元吉」と明治政府の「富国強兵・殖産興業」
まずは、日本紅茶の父とも言われる多田元吉について紹介します。
多田元吉は、1829年(文政12年)に現在の富津市富津に生まれています。
その後、江戸に出て千葉周作に剣術を学び、幕臣となります。
王政復古の大号令、戊辰戦争、新政府軍の江戸城入城が起こった1868年(明治元年)の11月に、徳川慶喜に従って駿河国に赴いています。
その際に拝領した長田村(現:静岡市丸子)の土地を開拓して茶の栽培を開始します。
当時の明治政府にとって重要な輸出品は生糸や茶でした。
ただ、ヨーロッパでは日本で作られている緑茶よりも紅茶が好まれていました。
1875年(明治8年)、明治政府は多田の製茶技術を評価し、中国・インドへの紅茶製造の視察を命じます。
多田はアッサム、ダージリン、セイロン島、中国と紅茶生産地を訪れ、チャノキの種子・栽培方法・病虫害対策・紅茶製造方法・製造機械の図面などを持ち帰ります。
アッサム地方から持ち帰ったチャノキの種子を内藤新宿農事試験場(現:新宿御苑)にまき、製茶試験を行った後に自身が所有する丸子の茶園を始め、各地にチャノキの種子を配布します。
製茶場があったとされるのが「桜を見る会」の会場としても知られる千駄ヶ谷門に近い桜園地です。
当時の内藤新宿試験場には、牧畜掛、樹芸掛、農事修学所、製茶掛、農具掛、農学掛などがあり、勧業寮新宿支庁が置かれ、「広く内外の植物を集めて、その効用、栽培の良否適否、害虫駆除の方法などを研究し、良種子を輸入し、各府県に分って試験させ、民間にも希望があれば分ける」ことを目的に運営されていました。
チャノキはその中の一つだったのです。
チャノキ以外では、キャベツ、トマト、たまねぎ、レタス、アスパラガス、マッシュルーム、にんにく、イチゴ、メロン、オリーブ、リンゴ、ブドウ、ナシ、スモモ、水蜜桃などが試験栽培され、全国に広められています。
内藤新宿試験場は1872 年(明治5年)に大蔵省によって開設されています。
同年に開業したのが富岡製糸場です。
1873年(明治6年)、大蔵卿を務めていた大久保利通が内務省を設置し、大久保は内務卿となり、富国強兵のために殖産興業を推進します。
同年、内藤新宿試験場は内務省勧業寮が管理するようになり、多田が勧業寮に抜擢され、紅茶製造の視察に行ったのです。
ちなみに同年、北海道に開拓使が置かれ、屯田兵が派遣されています。
同年に開催されたウィーン万国博覧会を受けて、
1877年(明治10年)、大久保の提案によって内務省主催で上野公園にて第一回内国勧業博覧会が開催されています。
1877年(明治10年)、試験場内に獣医学、農学、農芸化学、農芸予科の4科を置いた本格的な農事修学場を開校し、翌年1878年(明治11年)に駒場に校舎を移し、駒場農学校が設立されています。
これが後に東京大学農学部と東京農工大学農学部となっていきます。
チャノキと丸子の紅茶
中央休憩所とレストランゆりのき・サービスセンターを繋ぐ道の両側にチャノキが植えられています。
場所は以下のオレンジで囲んだ所です。
中央休憩所では、土地開発によって消滅しそうになった多田が植えたチャノキを移植した村松二六さんが作る紅茶「丸子の紅茶」を飲むことができます。
値段は300円(税込)です。
中央休憩所では、徳川将軍家 御用 本山茶も提供されています。
本山茶は静岡茶発祥の地の「足久保」の名から元々は足久保茶と呼ばれていました。
鎌倉時代の臨済宗の僧・円爾が宋から持ち帰ったチャノキの種子を足久保に植えたことが起源とされています。
徳川家康は、足久保茶を標高1,000mの安倍山の大日峠に保管させ、春に摘んだ新茶を秋まで 熟成させ味わったことから安倍茶とも呼ばれるようになります。
徳川綱吉の時代に御用茶として徳川幕府に納められるようになり、足久保に製茶を行う御茶小屋が作られています。
大正時代に山間地で取れる足久保茶・安倍茶を「本場の山のお茶 」という意味を込め、本山茶と改称しています。
紅茶、お茶と紹介しましたが、お菓子では内藤とうがらしを使ったクレープや、内藤新宿を通って江戸と甲州をつないだ甲州街道に関連して桔梗信玄餅のクレープなどもあります。
内藤とうがらしは、江戸野菜の一つで、内藤氏の江戸藩邸下屋敷(現在の新宿御苑)の菜園で栽培が始められたとされています。
温室にあるスリランカ関連の植物
新宿御苑の温室は1875年(明治8年)に建てられたガラス張りの温室がルーツで、1893年(明治26年)から1914年(大正3年)にかけて建てられた初期の温室の遺構が温室の外に今も残されています。
1958年(昭和33年)に大型温室となり、2012年(平成24年)にリニューアルオープンし、現在の温室にはスリランカに関連する植物がいくつもありますので、以下に紹介します。
仏教三大聖樹
仏陀誕生の木とされる「無憂樹(ムユウジュ)」。
摩耶夫人がルンビニ花園のムユウジュに手を伸ばした際に仏陀が生まれたとされています。
仏陀悟りの木とされり「印度菩提樹(インドボダイジュ)」。
仏陀がブッタガヤの菩提樹の下で悟りを開いたとされています。
パーリ語・サンスクリット語で「覚醒する」という意味の“budh”を語源としてボーディーと言われ、英語ではシンハラ語のボーディーにツリーを加えて、ボーデイーツリー、あるいは略してボーツリーと言います。
中国語でボーディーは菩提(ぼだい)と音写され、日本語で菩提樹と言います。
仏陀入滅の木とされる「沙羅双樹(ソラソウジュ)」。
仏陀がクシナガラで入滅した際に、二本並んだ沙羅の木が四方にあった(合計で4双8本)ことから、涅槃を象徴します。
英語名は「Shorea robusta」といい、コーヒーのロブスタ種「Coffea robusta」と同様に”強靭な、頑丈な、力強い”という意味を持つロブスタが名前についています。
寒さに弱い沙羅双樹は日本では新宿御苑のような温室にあり、日本では夏椿が代わりに沙羅双樹として扱われています。
“Shorea robusta flower” で検索すると赤い花のようです。
仏陀が亡くなると、沙羅双樹の花は色が落ちて白くなったとも言われています。
この話を知ると、平家物語の「沙羅双樹の花は色、盛者必衰の理をあらわす」を色鮮やかに感じられます。
平氏は紅旗を、源氏は白旗を掲げて源平合戦をしています。
「一門にあらざらん者はみな人非人なるべし(平家にあらずんば人にあらず)」と言わしめるほどに勢力を誇った紅旗の平氏にを破り、白旗の源氏が鎌倉幕府を開いたことを、赤い沙羅双樹の花は色が白くなった仏陀の故事は連想させます。
そして、仏教を保護したアショーカ王は初めてインドを統一したほどに勢力を誇りましたが、その後に仏教はインドでは廃れますが、それさえも連想させてくれます。
青い蓮の花
スリランカの国花は青睡蓮です。
こちらは青いスイレンではありますが、違う品種のスイレンのようです。
白い蓮の花も咲いていました。
プルメリア
スリランカの仏教寺院でよく見かけ、ジェフリーバワ建築のルヌガンガ・シナモンベントタビーチ・ベントタ駅などでも見られるプルメリアは出口近くで咲いていました。
セイロンシナモン
表示版にはセイロンニッケイと書かれています。
温室にはシナニッケイもありました。
セイロンライティア
レッドバナナ
スリランカの市場で購入する言葉ができるレッドバナナは他のバナナよりも高級です。
アラビカコーヒー
スリランカでも生産しているアラビカコーヒー。
カカオ
スリランカでも生産されているカカオの木もあります。
ルヌガンガでも見られる風景式庭園(イギリス式庭園)
こちらを訪れるまで、ルヌガンガがイギリス庭園・イタリア庭園・日本庭園を熱帯(トロピカル)のスリランカで具現化した庭園であるという説明を読んでもしっかりと意味が分かっていませんでした。
見通し線(ビスタライン)というそうですが、ルヌガンガの本館南側(バワの朝食テーブル)から見えるシナモンヒルを望む景色こそ、イギリス庭園であることがようやく分かりました。
ジェフリーバワはその景色を気に入り、バワの遺灰は遺言通りにシナモンヒルに撒かれたそうです。
兄ベヴィスバワでも見られる日本庭園
新宿御苑には池泉回遊式の日本庭園と内藤家の屋敷跡の面影をとどめる庭園「玉藻池」もあります。
ジェフリーバワ建築を知る上で、改めて日本庭園を見るのも参考になるかと思います。
ジェフリーバワの兄ベヴィスバワは造園家(ランドスケープアーキテクト)と知られ、庭園「ブリーフガーデン」が公開されています。
ジェフリーの庭「ルヌガンガ」は日本庭園の様子があると言われますが、それと分かるように日本庭園があるわけではありませんが、ベヴィスの庭「ブリーフガーデン」には灯籠が置かれ、日本庭園があります。
ブリーフガーデンについては、以下の記事をご参照ください。
トロピカルモダニズムと数寄屋建築
ジェフリーバワはモダニズム建築を熱帯(トロピカル)のスリランカで作ったことからトロピカルモダニズムと言われます。
モダニズム建築と数寄屋建築は共通点があると言われ、それがジェフリーバワの建築に日本が惹かれる要因の一つでしょう。
数寄の意味は、和歌や茶の湯・生け花など風流を好むことで、数寄屋は「好みに任せて作った家」という意味で茶室を意味すると言われています。
新宿御苑には2つの茶室があります。
また、1927年(昭和2年)に昭和天皇のご成婚を記念して台湾在住邦人の有志により建てられた旧御凉亭は閩南・台湾の建築様式の建物ですが、バワの建築のような内側と外側区切られていない建物になっています。
設計者は、台湾総督府・旧久邇宮邸 ・台北賓館・旧台南地方法院・国立台湾文学館などに携わったといわれる森山松之助です。
たわしの原料になるシュロが見られる整形式庭園(フランス式庭園)
整形式庭園の中央にはシュロが並んで立っています。
日本の束子は国内のヤシ類であるシュロから作られるようになり、その後、スリランカのココヤシで作られるようになったようです。
ヤシ類については、以下の記事をご参照ください。
整形式庭園にあるバラ園は見頃を迎えています。
まとめ
新宿御苑をスリランカと関係する視点で紹介しました。
園内は大変広く、天気の良い日に訪れるにはとても良い場所だと思います。
是非訪れてみてください。
参照)
ウィキペディア:新宿御苑
ウィキペディア:勧業寮
ウィキペディア:殖産興業
ウィキペディア:大久保 利通
ウィキペディア:内国勧業博覧会
三井住友トラスト不動産:「新宿御苑」いまむかし 誕生と移り変わり
ウィキペディア:温室
新宿御苑:フード&ドリンク
和菓子のようなチャノキの花
チャノキの花が咲いています
国産紅茶製造ゆかりの地・新宿御苑とお茶の歴史を辿る園内散策会に同行しました
千葉県富津市:多田元吉
ウィキペディア:勧業寮
丸子紅茶:日本の緑茶紅茶の祖、多田元吉翁
ウィキペディア:多田元吉
丸子紅茶:国産紅茶を復活した丸子紅茶
うんたろうのお茶べり教室:お茶の旅
本山製茶株式会社|本山茶の歴史と誇り
ウィキペディア:内藤とうがらし
ウィキペディア:イギリス式庭園
ムユウジュ
ウィキペディア:ムユウジュ
ウィキペディア:インドボダイジュ
Wikipedia:Shorea robusta
ウィキペディア:サラソウジュ
【平家物語の冒頭で有名】沙羅双樹の花の色は何色?日本では夏椿を指す理由も解説!
ウィキペディア:プルメリア
LOVERGREEN:セイロンライティアの育て方 | 植物図鑑
ウィキペディア:数寄屋建築
新宿御苑:涼を感じる旧御凉亭
「旅と町歩き」を仕事にするためスリランカへ。
地図・語源・歴史・建築・旅が好き。
1982年7月、東京都世田谷区生まれ。
2005年3月、法政大学社会学部社会学科を卒業。
2005年4月、就活支援会社に入社。
2015年6月、新卒採用支援事業部長、国際事業開発部長などを経験して就職支援会社を退社。
2015年7月、公益財団法人にて東南アジア研修を担当。
2016年7月、初めてスリランカに渡航し、会社の登記を開始。
2016年12月、スリランカでの研修受け入れを開始。
2017年2月、スリランカ情報誌「スパイスアップ・スリランカ」創刊。
2018年1月、スリランカ情報サイト「スパイスアップ」開設。
2019年11月、日本人宿「スパイスアップ・ゲストハウス」開始。
2020年8月、不定期配信の「スパイスアップ・ニュースレター」創刊。
2023年11月、サービスアパートメント「スパイスアップ・レジデンス」開始。
2024年7月、スリランカ商品のネットショップ「スパイスアップ・ランカ」開設。
渡航国:台湾、韓国、中国、ベトナム、フィリピン、ブルネイ、インドネシア、シンガポール、マレーシア、カンボジア、タイ、ミャンマー、インド、スリランカ、モルディブ、アラブ首長国連邦、エジプト、ケニア、タンザニア、ウガンダ、フランス、イギリス、アメリカ
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