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マルコポーロの東方見聞録にみる「日本」「スリランカ」「インド」

2021年6月15日

愛宕松男氏訳注 [完訳]東方見聞録2 平凡社ライブラリー には、

日本、ベトナム、ジャワ島、スマトラ島、スリランカ、インドなどについて記載されている、泉州からホルムズへの旅について読むことができます。

マルコ・ポーロは、日本には訪れておらず、中国南東部の人たちから聞いた話を元に書いていますので、空想的な内容も多いですが、日本人としては読んでいて面白いです。

実際に訪れている場所については、疑わしい魔術的なことも記載されてもいますが、実際にその国を訪れると知ることが記載されており、この当時からそのような習慣や風習があったことが分かり、大変興味深いです。

この旅の行程で最も記述が多いのが南インドに関する記述です。

日本・スリランカについても、あまり記述されていない場所に比べて、しっかりと記述されています。

南アジアから東南アジアの海路に登場する地域はインド文化圏とされる土地であり、スリランカや南インドを知る上で参考になります。

訳注者の愛宕松尾さんは、「注」で以下のような歴史や地誌の記述内容と照らし合わせて東方見聞録の内容を解説されていますので、大変参考になります。

南北朝時代の南朝「梁」の歴史書『梁書』
隋時代についてまとめた歴史書『隋書』
唐の歴史家・令狐徳棻がまとめた歴史書『唐書』
唐の正史『新唐書』
元の歴史書『元史』
元の時代にまとめられた正史『宋史』
南宋の地誌『諸蕃志』
元の旅行家「汪大淵」が南海諸国についてまとめた『島夷誌略』
明の鄭和に随行者「馬歓」がまとめた地誌『瀛涯勝覧』
など(詳しくは本書の最後の章「文献解題」としてまとめられています)

それでは、泉州〜ホルムズにて記載されている場所の一部を以下に紹介します。

目次

泉州

福建省で最大の人口を町。
色目人(アラブ人)の蒲寿庚によって発展し、「海のシルクロード(陶磁の道、スパイスコース)」の拠点として栄えました。
マルコポーロの東方見聞録、イーブン・バットゥータの三大周遊記にも記録されています。
千夜一夜物語(アラビアンナイト)にも登場するそうです。

本書の注意書きでよく引用される、南宋時代の1225年頃に成立した地誌『諸蕃志』を記した趙汝适は、泉州で市舶司を務めた人物です。
諸蕃志には、中国から海路で行くことのできる各国についてまとめた地誌で、日本・琉球・スリランカ・南インドについても記されています。

泉州が中国の海のシルクロードの入口であることが、このことからも分かります。

ジパング(日本国)

住民

皮膚の色が白く礼節の正しい優雅な偶像教徒。
誰でも莫大な黄金を所有している。

黄金の宮殿

我々ヨーロッパ人が家屋や教会堂の屋根を鉛板でふくように、この宮殿の屋根はすべて純金でふかれている。宮殿内に数ある各部屋の床も、全部が指2本幅の厚さを持つ純金で敷き詰められている。

よく言われる黄金の国ジパングについて、以下の注が参考になります。

注)
わが国を豊富な産金国だと報じているのは、マルコ・ポーロによる全くの造り話ではない。朝廷から日本商船に托して遣唐使・遣唐僧のもとに届けられた留学滞在費がほとんどすべて砂金であったことは、仁明朝の遣唐請益僧、後の慈覚大師円仁『入唐求法巡礼行記』に見える所であるし、『宋史』巻四九一「日本伝」・趙汝适『諸蕃志』にも奥州の金と対馬の銀については特筆されている。

かつわが国の使臣が奉呈する貢納物や商人のもたらす貿易品の中には、必ずといっていいほど常に金銀蒔絵の調度品や倭扇が含まれている。

また、アッバース朝の地理学者「イブン・フルダーズベ」の『諸道と諸国の書』には、ワークワークでは金を豊富に産出し、住民は犬をつなぐ鎖や猿の首輪を金で作っており、また、チュニックを金糸を用いて織っていると記載され、このワークワークは、日本を指しているとされています。

ばら色の真珠

多量の真珠が産する。ばら色をした円い大型の、とても美しい真珠である。

元軍が日本の首都を占領

泉州及び杭州から出帆して日本に向かった。(正しくは寧波から出帆)
暴風によって、二人の総指揮官や将校たちは撤退。
孤島に残された兵が日本の首都を占領。
日本側は首都を包囲し、元軍は7ヶ月の籠城の後に降参。

千手観音

腕で4本もしくは10本・千本もある偶像すらあって、特に千手を具した偶像は最高の地位を占める。

人喰い

自分たちの仲間でない人間を捕虜にした場合、もしその捕虜が身代金を支払いえなければ、捕虜を殺して食べてしまう。
彼等は人肉がどの肉にもましてうまいと考えているのである。
などと記載されています。

スマトラ島のファーレック王国、ダグロイアン王国などでも人喰いについての記述がありますが、それぞれ直接訪れていない土地の話を記述したようです。

モンスーン

シナ海にはただ2種類の風しか吹かない。
一は冬の風で、彼方に赴く際の順風であり、他は夏に吹くその逆の風で、彼方からの帰還に当たって利用できる風である。

チャンパ国(ベトナム)

クビライに象と沈香(香木)を献上していると紹介されています。
チャンパが残した遺跡は世界遺産「ミーソン聖域」として登録されています。
チャンパの首都は、スリランカ建国の王と同じ名前の「ビジャヤ」です。

ジャワ島

ナツメグ、甘松香(お香になる)、ヒッチョウカ、クローブなどのスパイスの香料の産地と記述されています。

コンソン島

ベトナムの島。
プトレマイオスも記したとされています。

ビンタン島

密林は全て香木類。

スマトラ島

サムドラ・パサイ王国

東南アジア最初のイスラム国家。
マルコ・ポーロは風待ちのため、5ヶ月滞在。
ヤシ酒の作り方、味についてマルコは報告しています。
イブン・バットゥータも訪れています。
鄭和は6度訪れています。

スマトラ島の名は、このサムドラに由来すると「注」に書かれています。

ランブリ王国

アチェのあたりにあった王国。
文献における最初の登場は、イブン・フルダーズベの『諸道と諸国の書』。
『諸道と諸国の書』には、アンダマン諸島、マレー半島、ジャワ島などについて記述があるそうです。

ファンスール王国

食用デンプンが取れるサゴヤシのことをマルコは記述しています。
麦粉が取れる木があり、その粉から作るパンは大麦のパンに似ていると書いています。

ニコバル諸島

海路で中国からインドに渡った義浄が訪れています。

英語のウィキペディアによれば、スリランカの「ディーパワンサ」と「マハーワンサ」には、シンハラ王朝建国の父ヴィジャヤの子孫が到着し、パーリ語で裸を意味する「ナッガ」と呼ばれたと記載されているそうです。

現代のニコバルの名は、チョーラ王朝がタミル語で「裸の人」を意味するナッカヴァラムと呼び、マルコ・ポーロはネクヴェランと読んだようです。

第二次世界大戦では、日本軍が占領しています。

アンダマン諸島

島は水深が深く潮流が急な海洋中にあるため、海舶はこの島に投錨することも不可能だし、また素通りして航海を続けようとしてもそれが難しい。と記載されています。
接触を拒む、北センチネル島が有名です。

第二次世界大戦では、日本軍が占領しています。

セイラン島(スリランカ)

世界最大の島

周回2,400マイルもあるから、まがうことなく世界最大の島である。
と記載されていますが、ジャワ島をすでに周回が3,000マイルある世界最大の島と説明しています。
また、この後にはマダガスカル島を3,000マイルと説明し、これまた世界最大の島と説明しています。

ただ、セイロン島はかつては、3,600マイルの周回であったが、北風が激しいために、島の陸地が水没したとあります。
この記述通りだと、かつての世界最大の島がセイロン島で、当時の世界最大の島がジャワ島とマダガスカル島ということになります。

実際の大きさは以下の通りです。

カリマンタン島743,300 km²
マダガスカル島587,000 km²
スマトラ島  473,500 km²
ジャワ島   128,300 km²
セイロン島    65,610 km²
ザンジバル島.       2,461 km²

プトレマイオスの地図では、セイロン島(タプロバネ)は14倍も大きく描かれていることから、セイロン島は実際よりも大きいと思われていたのでしょう。

ルビー

世界中どこを捜しても見当たらない上質貴重なルビーが、ひとりセイラン島のみに産するし、その他サファイア・トパーズ・アメジスト・ガーネットなど様々な宝石類も同様に採取される。

世界最良の蘇木

ヤシ酒を作っている

スリランカでヤシ酒の研究をされた濱屋さんは、この東方見聞録の記載を読んだことがきっかけであったと著書で記述されています。

ココヤシ・キトゥルヤシ・アラックについて理解が深まる『ヤシ酒の科学』濱…

裸体

腰回り以外は裸体であると書かれています。

アダムスピーク(スリーパーダ)

イスラム教徒はアダムの墓、偶像教徒はブッタの墓が頂上にあると主張している、と記述しています。
この時はまだヒンドゥー教徒はシヴァの足跡、キリスト教徒は聖トーマスの足跡とは言っていなかったのかもしれません。

王位を継ごうとしないゴータマ・シッダールタ王子を、シュッドーダナ王が説得しようとした逸話や、ゴータマ・シッダールタ王子が出家を決意する、四門遊観についてマルコポーロは記述しています。

「もし彼がキリスト教徒であったなら、きっと彼はわが主イエス・キリストと並ぶ偉大な聖者となったに違いないであろう。」と記述されているのが興味深いです。

傭兵はムスリム

島の住民は戦士とは程遠いため、傭兵をムスリムなどの他国人が担当。

セイランの語源

注には以下のようにあります。

セイランとはSinhalaのパーリ語形Sihalanの転訛ともいい、あるいは宝石を意味するジャワ語Selanに由来するともいう。

後期パーンディヤ朝(インド南東海岸)

5人の兄弟が分割統治する豊かな国

後期パーンディヤ朝は前期パーンディヤ朝を滅ぼしたチョーラ朝を滅亡させて、南インドの交易、特に真珠が採れることで知られた王朝です。

第2代君主マーラヴァルマン・スンダラ・パーンディヤ1世がチョーラ朝の首都タンジャブールを攻め、
第5代君主ジャターヴァルマン・スンダラ・パーンディヤ1世がチョーラ朝・ホイサラ朝連合軍を破りネルールまで攻め上がり、『元史』巻210に記述されています。
第6代君主マーラヴァルマン・クラーシェカラ1世は、1279年にチョーラ朝を滅ぼします。

マルコ・ポーロが訪れた1292年は、この第6代君主の後期に当たります。

1309年に第7代君主の王位継承で息子のスンダラ・パーンディヤとヴィーラ・パーンディヤがそれぞれ王を名乗り対立して、その後に滅亡しています。

マルコ・ポーロは第6代君主マーラヴァルマン・クラーシェカラ1世の息子たち5人が分割統治している国の様子を記述したのでしょう。

ポーク海峡の大真珠

インド南東海岸とセイロン島の間にあるポーク海峡で大真珠が採れる。
真珠の採取はセイロン島のプッタラムに渡り、そこを拠点として行う。
真珠が採れる時期は4月初めから5月中旬までで、沖に出れば9月から10月中旬まで採れる。

500人の正妻と500人の妾

王には500人の正妻と500人の妾がいると東方見聞録には記載されています。
ブッタが亡くなった時は、500人の阿羅漢が集まり、
シーギリヤに宮殿を築いたカーシャパ王にも500人の女性がいたとされています。
日本の千手観音のように、大人数を表すときに、500人と言ったのかもしれません。

腰巻き以外は裸、裸足

住んでいる人たちや王が腰巻き以外は裸であるとマルコ・ポーロは記録しています。

注意書きでは、南宋時代の1225年頃に成立した地誌『諸蕃志』にも、王は白衣の腰巻き以外は裸・裸足であると記載しているそうです。

ジャフナでは男性はヒンドゥー寺院に入る際は、上半身裸と裸足になる必要があり、スリランカの仏教寺院では裸と白い服で行くことが望ましいとされることに通づるものがあるように思います。

女性や家臣の焼身自殺

夫が亡くなった時に女性が火葬される夫とともに焼身自殺するサティー や、王の侍臣が王の火葬とともに焼身自殺することが東方見聞録に記載されています。

12本の短剣を持って町を歩く死刑囚

死刑囚が偶像のために自殺すると王に述べた場合は、死刑囚は12本の短剣を持たされ、体に短剣をして、首落とすと記録されています。

タミル人の奇祭「アーディヴェル祭り(タイプーサム)」を思い起こさせるような記述です。

見るだけで痛い!タミル人の奇祭「アーディヴェル(タイプーサム)祭り」

牡牛を崇拝する

牡牛を崇拝し、牛糞で壁を塗っているとマルコは記述しています。

1日に2回水浴する

食事の前に男女ともに2回水浴すると記述しています。

食事の時は右手のみを使う

飲み物のカップには唇をつけない

ジャフナに行くと、食堂のテーブルの真ん中に水が入った容器があり、客はそれを抱えて、容器に唇を付けずに飲む様子が見られます。

借金取り立ての円

債務者が借金をなかなか返さない場合、債権者が債務者の周りに円を描いた場合、債務者は借金を返さずに円の外に出ると、死刑となる。

不吉な時刻「チョイアック」と占星術

影の長さでチョイアックの時刻が図られ、その時刻は不吉なため商取引はしてはいけない。
家にいる小動物のタラントゥラの鳴き声がする方向によって、取引をするかしないかを決める。
子供が生まれたら、日・月・月齢・時刻を書き留めて、万事につけて占星師の忠告に従う。
などと記述されています。

生まれた時の日時・時刻・場所を記録して、占星術師にホロスコープを作ってもらうスリランカの風習と似ています。

ムトフィリ王国(ゴールコンダ)

ダイヤモンドが採れる王国として、現在のゴールコンダが紹介されています。
コ・イ・ヌール、ダルヤーイェ・ヌール、ホープダイヤモンドなど著名なダイヤモンドが発掘された町です。
後にゴールコンダ王国の都となる町です。

マイラポール(タミル・ナードゥ州)

聖トーマス教会がなるチェンナイのマイラポール(Mylapore)について紹介されています。
ファラオ胡桃の説明がされていますが、殻・果肉・果汁の説明内容を見るにキングココナッツあるいはココナッツのことだと思います。

トゥーットゥックディ(タミル・ナードゥ州)

タミル・ナードゥ州の港町で、インド国内の港湾取扱量10位。
港町が栄えていること、住人たちのビンロウを噛む習慣などを記述しています。

インド最南端カンニヤーク(タミル・ナードゥ州)

未開の地として紹介しています。

コバラム(ケーララ州)

胡椒や生姜などのスパイスの産地として記述されています。
また、国境が険しいので、外部からの攻撃から守られていると記述されていますが、それは西ガーツ山脈による地形のことでしょう。

コッラム(ケーララ州)

当時はパーンディヤ朝の支配下。
若干のキリスト教徒・ユダヤ教徒がいると記載しています。
ケーララ州には、コーチン・ユダヤ人と呼ばれる人たちがいましたが、そのことでしょう。
良質の蘇木・しょうががとれ、大量に胡椒が採れると記載しています。
ケーララ州は西ガーツ山脈がもたらす雨がスパイスを育み、胡椒の原産地として知られています。

マラバール海岸(ケーララ州)

スパイスの産地であること、海賊が出ることが記載されています。
胡椒・生姜・シナモンが大量にとれるとも記載しています。

注には、「山地人の通路」を意味するサンスクリット語「Mala-vara」が語源と書いてあります。
アラブ人が交易のために訪れ、アラビア語で水路を意味する「Mabar」と呼ばれ、それがマラバール海岸になったそうです。

サルセット島(マハーラーシュトラ州ムンバイ)

乳香が大量に採れると記載しています。
スパイスも取れるが、これまで述べたところほどではないとのこと。

カンバト湾(グジャラート州)

良質の藍が豊富、硬麻布、木綿布、なめし革が多く輸出されていると記載しています。

カーティヤーワル半島(グジャラート州)

胡椒・生姜・藍・綿花がたくさん採れると記述されています。
タマリンドの実についても紹介されています。
また、ひつじ・水牛・野牛などのなめし革が作られ、大量に輸出されているとも記載しています。

バラモン教の発祥地グジャラート

バラモン教徒の商人ほど立派で信頼できる者はいない。と記載しています。

後期パーンディヤ朝のところで紹介している、不吉な時刻「チョイアック」や家にいる小動物のタラントゥラの鳴き声について、同じことを記載しています。

バラモン教徒は肉食・飲酒をせず、妻以外の女とは交接せず、他人の物は盗まない。

バラモン教徒たちは世界でも最も長寿な種族である。この長寿の秘訣は、彼らがきわめて小食なのと厳格な禁酒を実行しているからである。

彼らの間にはチュギ(ヨギーのことと思われる)と称せられる若干の修道士がいて、一般バラモン教徒の中でもさらに長命を保ち、150歳から200歳間でも長生きをする。
などと記載されています。

グジャラートから出た著名人は多く、
「インド産業の父」ことタタ財閥創始者のジャムシェトジー・タタ
インド独立の父ことマハトマ・ガンディー
パキスタン独立の父ことムハンマド・アリー・ジンナー
はそれぞれグジャラート人です。

また、インド唯一のアーユルヴェーダ大学(Gujarat Ayurved University)があります。

ラージャスターン州

イスラム教徒が多く、小麦・米が多く取れるなどと記載されています。

ソコトラ島

龍涎香をとるために、マッコウクジラの漁がされていることを紹介しています。
ソコトラ島は、インド洋のガラパゴスとも呼ばれ、世界遺産に登録されているイエメンの島です。

マダガスカル島

周囲約3,000マイルあり、世界最大の島。
どの国よりも多く象が生息している。
クジラ、マッコウクジラがここでも取れ、シタンの森がある、怪鳥グリフォーンがいるなどと記載しています。

マダガスカル島ように訪れていない土地の話は、現実離れした話があります。
怪鳥グリフォーンの話は実際に書籍でご覧ください。

ザンジバル島

周囲2,000マイルを下らない。
象が多く、象牙が交易品になっていることなどと述べたれています。

そんなに大きな島ではありませんが、実際に訪れていないため、このように記述になっているのでしょう。

ザンジバル島は、世界遺産のストーンタウンがあるタンザニアの島です。

エチオピア

中インド、大王はキリスト教徒でイスラム教徒の王もいて、ユダヤ教の住人もいる。
硬麻布・木綿布が多く作られ、麒麟が多いなどと紹介されています。

キリスト教国のエチオピアと、イスラム教国のアデンとの間に起きた戦争の逸話が語られています。

アデン王国(イエメン)

インドからの船が多く入る港があり、アレクサンドリアまで交易しているため、貿易で上がる利益は大きいと記載しています。

馬をインドに輸出している。
乳香が採れるなどと記載されています。

エシエル市(アデン王国)

白乳香、棘椰子が多くとれ、インドに駿馬を多く輸出しているのがこの地だという。

デュファール市(アデン王国)

良質の白乳香が大量に採れると記載されています。

カルハット(オマーン)

多数の良馬がインドに送られているという。

場所はおそらく、オマーンの世界遺産「カルハットの都市遺構」のあたり。

参照)

ウィキペディア「地理学 (プトレマイオス)」
ウィキペディア「元史」
ウィキペディア「宋史」
ウィキペディア「諸蕃志」
ウィキペディア「瀛涯勝覧」
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ウィキペディア「元寇」
ウィキペディア「鷹島 (長崎県)」
ウィキペディア「チャンパ王国」
ウィキペディア「沈香」
コトバンク「甘松香」
ウィキペディア「ヒッチョウカ」
ウィキペディア「コンソン島」
ウィキペディア「ビンタン島」
ウィキペディア「サムドラ パサイ王国」
Wikipedia「Lambri」
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ウィキペディア「サゴヤシ」
ウィキペディア「ニコバル諸島」
ウィキペディア「義浄」
Wikipedia「Nicobar Islands」
コトバンク「蘇木」
ウィキペディア「ナーガパッティナム」
ウィキペディア「パーンディヤ朝」
ウィキペディア「ネルール」
ウィキペディア「サティー」
ウィキペディア「ゴールコンダ」
ウィキペディア「トゥーットゥックディ」
ウィキペディア「コッラム」
ウィキペディア「コーチン・ユダヤ人」
Wikipedia「Gujarat Ayurved University」
ウィキペディア「サルセット島」
ウィキペディア「シタン」
ウィキペディア「カルハットの都市遺構」

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『セイロン島史』ロバートノックス 著・濱屋悦次 訳