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『そんな紅茶で満足ですか スリランカの本物の味と香りを楽しむ秘訣』末広美津代 著

2020年11月30日

石川町にあるスリランカ産紅茶の専門店「ミツティー」。

そのオーナーの美津代さんが、内戦中の2001年2月にスリランカに渡航して1年間滞在した”体当たり”という表現がまさにぴったりの体験談がまとめられた本です。

スリランカの紅茶は5大産地(現在は7大産地)に分かれますが、その全ての地域でホームステイをされています。

スリランカでは、シンハラ人・タミル人・ムスリムと人種によって料理屋や生活習慣が異なりますが、各人種の家庭にも滞在されています。

そして、茶園は険しい山岳地帯や舗装されていない荒れ道の先にある場合もありますが、自分でマニュアル車を運転したり、ローカルバスに乗って、61茶園を周り、実際に茶摘みを何日も行ったり、ティーオークションに行ったりと、その様子が詳細に記されています。

微笑ましいスリランカの良い面と悪い面が綴られ、現場で働く人たちからマネージャー・紅茶会社の経営者や政府組織の人まで様々な人に会い、大量の文献にもあたり、膨大な知識を持った上で、「紅茶は気取らずに、がちゃがちゃ淹れて、がぶがぶ飲むもの。」と言い切るそのスタンスが心地良い。

私はスリランカに住んで4年が経過しましたが、スリランカ人家庭で生活したことはなく、スリランカを知るのに役立つとともに、美津代さんのようにスリランカとの関係を築けると素敵だなと思いました。

そんな美津代さんに、政府組織のスリランカ紅茶局が推薦状を出しています。
スリランカについて知りたい方、紅茶について知りたい方、そして、旅好きな方にこの本を推薦します。

推薦状の代わりに、以下に本書についてご紹介します。

日本における紅茶のイメージ

スリランカに住み、観光関連の仕事をしている身でありながら、紅茶よりもコーヒー、紅茶よりも緑茶、と思い、日本から緑茶やコーヒーを持って飲んでいました私ですが、紅茶の本をいくつか読んでいると、日本では紅茶のおいしい飲み方が伝わっていないから、紅茶が普及していないのではないかと思うようになりました。

この本にも、そう思わせる記述があります。

以下の文章からこの本は始まります。

紅茶、というとどうしてもイギリスのイメージが強いらしい。それも、ミルクティとスコーン、サンドイッチがきれいにセッティングされる午後の優雅なひと時のアフタヌーンティを連想してしまう。美しいティカップと完璧なまでのテーブルコーディネート。確かに、見た目は美しく華やかだ。気品も高いが、敷居まで高い。

「はじめに」は、以下の文章で締め括られています。

まだおいしい紅茶に出会っていないとおっしゃる方、そろそろ「渋い・苦い・まずい」紅茶から脱皮してもよいのではないだろうか。「甘い・深い・うまい」紅茶だってあるのだから。

スリランカから戻り、「日本の紅茶専門で知った現実」として、本書の最後の7章にこんなことが書かれています。

売れる茶葉の半分以上はフレーバーティなのだ。茶葉そのものと言うよりも、どんな香りのする茶葉か、ということに興味がある顧客が多い。そういう私だって最初は「アールグレイが好きなんです」と得意げに言っていた。

ご指摘はどんぴしゃで、私もフレーバーティーは分かりやすくて好きです。さらに、こんな記述もあります。

日本では特別なリラックスタイムのための、とっておきの一杯の紅茶を求めている人が多い。わざわざリラックスするために、茶葉を選ぶ。品も良くかっこいいが、なんとも堅苦しく、敷居が高い。

スリランカでは、起床後、朝食後、ランチ後、夕方、就寝前と紅茶が生活に溶け込んでいることを指摘し、

気取らずに、がちゃがちゃ淹れて、がぶがぶ飲む。これが紅茶だと思う。

とのこと。紅茶を探究をし続ける専門家がそういってくれると、急に紅茶が身近なものに思えてきます。

人生を変えた紅茶との出会い

大学2年生だった美津代さんは、初めての海外一人旅でイギリスに行きます。
クリスマス当日にイギリスの田舎町に行き、現地で宿を探そうとするも、クリスマスで宿も観光案内所も閉まり、電車も走っておらず、野宿しか選択肢がなくなり、野宿する場所を探していたときに、宿を経営するイタリア人女性と出会います。

その女性が出してくれた紅茶が人生を変えるほどの紅茶だったそうです。

一口飲んだ瞬間、天地がひっくり返るかと思った。これ何?ミルクティ?ですよね?聞き返してしまうほど今までとは違う味だったのである。私が知っている紅茶はたいてい「渋い」か「薄い」か「まずい」。しかし、これは違う。全然違う・・・。これが紅茶?それほどおいしかった。

その後、美津代さんの紅茶人生が始まります。

私はありとあらゆる本を読みあさった。おいしい紅茶が飲めるお店と聞けば、ひとりで飲みに行った。時間の許す限り、紅茶教室やセミナーにも行った。ますます紅茶にのめりこんでいったのである。

紅茶専門家の磯淵猛氏との出会い

第1章は紅茶専門家の磯淵猛さんの言葉から始まります。

北海道から沖縄まで全国各地からここの紅茶を飲みにわざわざやってくるほどの有名店

であるディンブラを経緯する磯淵さんは、

紅茶業界ではかなりの有名人。紅茶に関する著書を数多く出版している。もちろん、私は彼の本はすべて持っていたし、紅茶に関する知識はそこから得ていた。

という方。

1999年9月に磯淵さんのスリランカツアーに参加し、

ツアーの直後から、私はこの国に住むことをもう決めていた。

そうです。そうして、はじまった美津代さんがスリランカ滞在をしながら見たり、感じたりしたことを通して、紅茶とスリランカについて、理解が深まっていくのが本書の特徴です。

スリランカ家庭での紅茶の淹れ方

本書には、23の紅茶のグレード、43のティテイスター用語が解説されていますが、スリランカの家庭での紅茶の淹れ方を10の手順に分けて解説しています。

それは、

いわゆる日本で言うところの「ゴールデンルール」というものをまったく無視している。

という。

まず、茶葉が違う

茶葉は一番細かくカットされたダストを使います。ダストは安物、品質が悪いと思われがちですが、一番細かくカットされた葉っぱのことをいい、ティバックに使われるので世界中で需要があるといいます。

ダストの中にも高品質な「ダスト1」、その次の品質の「ダスト」、国際マーケットでは売れない地元消費される「ダスト2」と分かれているそうです。スリランカの家庭がよく使われているのがダスト2なのだそうです。

詳しい淹れ方は本書をご覧ください。

粉ミルクを使う

スーパーの粉ミルクを色々試したそうで、

おいしいのは商品名で言うとアンカー、ラクスプレイ、ネスプレイ。しかし、ニドはまずい。

そこまでチェックしたのか!と関心しました。

この粉ミルク。本来のミルクを作ろうとすると、本当にまずい。とてもミルクとしては飲みたくないほど、まずいミルクが出来上がってしまう。しかし不思議なことに、紅茶に入れるとまろやかでとても優しい味になる。

という。

どんな粉ミルクを使っても、ケチるとまずい。粉ミルクはこれでもか!というほど贅沢に使ってこそ、初めてそのおいしさが味わえる。

スリランカのホテルでウェイターが言った一言が紹介されています。

「カップにいっぱいになるくらいミルクを入れるとおいしいですよ。紅茶対ミルクは一対一がベスト」

紅茶の5大産地

「3章 産地が違うと、味も香りもこんなに違う」はこの本で最もページが割かれている章です。
各産地の特徴、現地の様子、それぞれのおいしい紅茶の淹れ方が紹介されています。

産地とクオリティーシーズン

最初に5大産地の全体像が紹介されています。

真夏の灼熱地獄から初冬を思わせるような気候まで、一日で体験できてしまう

ほどにスリランカは標高差で気温が異なり、

これまで気候が違うので、それぞれの産地の特徴がとても際立っている。この国の紅茶だけで、全世界の紅茶が網羅できるほどだ。

そうです。

スリランカの各産地にはクオリティーシーズンがありますが、その説明がとても分かりやすく書いてあります。

紅茶にとっては、乾季=クオリティシーズンとなる。

スリランカの地形とモンスーン時期を理解すれば、クオリティシーズンは分かるそうです。

12月〜3月は北東モンスーン。この時期は、北東から風が吹き、その風に乗って雨も降る。その風が中央山脈に当たったあと、山の反対側には乾いた風が吹く。その時季が乾季に当たるディンブラ 、ヌワラエリヤ のクオリティシーズンだ。

逆に7月〜9月は南西モンスーンである。同じく島の南西部は雨が降るが、中央山脈を超えると乾いた風が吹く。山脈の東側に位置する乾季のウバの紅茶がシーズンに入る。ただし、キャンディとルフナはさほどこの影響を受けず、年中平均してよい紅茶がとれる。

ヌワラエリヤ

日本人が好む紅茶の味と言われ、逆に味覚がラフなロシアや中東ではあまり受け入れられないそうです。

私が二ヶ月間ほど通い詰めたペドロ茶園。ヌワラエリヤ地区では、たいていこの茶園がオークションで最高値をつける

そうです。

キャンディ

キャンディはスリランカ第二の都市であり、ヌワラエリヤと違って町の周辺には茶畑はありません。

キャンディを中心に、車で片道1時間半以内に茶畑が点在していると言った方が正しいかもしれない。

味に特徴がないのが最大の特徴で、アイスティに向いているそうです。

ウバ

インドのダージリン、中国のキーマンと並び称される世界3大銘茶。
メントールの香りがするといいます。

スリランカ人はvの発音が出来ないためウーワと発音する。

ウバの場所が分かりやすく説明されています。

バンダーラウェラという小さな小さな街を中心とした一帯で、東はバドゥッラまでを含むエリヤだ。ヌワラエリヤ ほど寒くはなく、キャンディよりも暑くはない。引退した老人はここに住みたいというほど、気候が安定している。

ディンブラ

ディンブラはヌワラエリヤ の東側のエリアで、大手の紅茶会社名やブランド名になっているワタワラ、マスケリヤ、セントクレアなど町が該当します。

スパイスティがおすすめできるそうです。

ルフナ

ルフナは中央山脈の南側に位置し、茶園が集中している町の一つがデニヤヤ。

ルフナについて、面白いことが書いてあります。

現在、オークションでの売値はこのロウグロウンの紅茶がいちばん高い値をつけるのである。スリランカで作られる紅茶の約半分は、このエリアで作られている。

ところが、

ここの茶葉は日本にはほとんど入ってこない。多くはロシアや中東向けに輸出されている。

という。ちなみに、中東ではお茶は外観が重視されるそうです。

中東では甘いミルクティが飲まれていますが、

実は、私も毎朝、まずこのルフナのミルクティから一日が始まる。

紅茶工場と茶畑

3章の次にページ数が多いのが、紅茶工場や茶畑について記述された「4章 紅茶の一生を知らずに、おいしい紅茶は飲めない」です。

2種類の木の植え方(シードリングティ、ヴェジテイティブプロパゲーションティ)や、木の3つの種類(中国種、アッサム種、カンボジア種)、茶の摘み方、工場の各マシーンや製造工程について知ることができます。

各工場や茶畑にどんどんと入り込み、取材をしているからこそ知り得た話やエピソードが面白いです。
そして、お茶をプラッカーさん、工場のマネージャーなど、その道のプロのことがわかります。

その中でも印象的だった一文がこれです。

ペドロ茶園では、発酵時間を特別に設けない。スリランカで60以上、製茶工場を見てきたが、発酵時間を設けない工場はペドロだけである。

紅茶のオークション、ブローカー、バイヤー

3番目にページ数が多いのが、オークション、ブローカー、バイヤーについて書かれた「5章 紅茶が日本にやってくるまで」です。

数秒の紅茶のテイスティングで、紅茶の値段や製茶工場の問題点を指摘するプロ中のプロの話はとても興味深いです。
引用すると長くなりますので、データ的な内容をピックアップすると、

スリランカにはブローカーは8社ある

そして、

コロンボには、登録されているだけで300社近くのバイヤーの会社がある。

そうです。

美津代さんが行動派であることを感じるのが、この章の後半にミャンマー、イラク、エジプト、タイ、インド、イラン、ロシアとコロンボにある大使館に取材して、各国で紅茶がどう飲まれているのかヒアリングしていること。各国それぞれに特徴があることが分かります。

日本について触れている文章からいくつかピックアップします。

スリランカの輸出先ナンバー1はロシア。セイロンティの輸出国のランキングでは、日本は第11位(2000年)である。日本に入ってくる紅茶の輸入国ナンバー1はスリランカなので、まだまだ日本の紅茶マーケットは小さいと言わざるを得ない。

「紅茶の父」ジェームス・テーラー

6章は「紅茶の父」ジェームス・テーラーについて書かれています。

私はセイロンティー生誕150周年であった2017年に弊誌スパイスアップでセイロンティ特集を組み、ジェームス・テーラーのお墓や彼が住んだバンガロー、セイロンティの生産が始められたルーラコンデラとジェームス・テーラーズ・シーツにも訪れました。

その際に、ネットで英語で調べて出てくる記事や博物館の説明を参考に記事を書きましたが、本書にはジェームス・テーラーの足跡、スリランカにおけるコーヒー産業、キナノキ産業、紅茶産業がどういう経緯だったのかが丁寧に記載されていて、セイロンティ特集を組んだ際に、本書を読んでおけば良かった!と思いました。

彼は天性の技術屋だった

とジェームス・テーラーを表現しています。

ジェームス・テーラーは最初、コーヒープランターとして働きます。
最初の大きな仕事の一つが、道路を作ること。
その道路は地区で最高の出来上がりで、作った小屋は通常3年しか保たないと言われているところを、テーラーの小屋は5年保ったそうです。

その後、マラリヤに効く特効薬になるキナノキの栽培を成功させます。

そして、ルーラコンデラで紅茶の栽培にも成功します。

スリランカあるある、そして、スリランカ人の考え方

郵便局で小包を4つ出すだけで2時間半もかかった話、ローカルバスの爆走や立っている人の荷物の扱い、当時の山岳地帯での頻繁な停電について、山岳地帯での3週間の断水、茶園や紅茶産業との人々との触れ合いなどなど、本書にはスリランカらしいなと思える微笑ましい内容が盛り沢山です。

私は停電や断水をスリランカ(コロンボ)ではあまり経験していませんが、山岳地帯でかつ、2000年代初頭ということもあると思いますが、そんな一面が見られるのも面白いです。

本書の前半にこんなことが書いてあります。

スリランカでは物を取られるほうが悪いと言われている。スリランカ人に言わせると、物を取ると言う行為はその人から悪も一緒に取ってあげているらしい。感謝してくれてもいいくらいだ、なんて平気でいう。

そして、最後のページに書かれていることはスリランカでビジネスをする人であれば、感じることだと思います。

富める者が、貧しい人にお金を渡すことは当たり前。もらうほうももらうほうで、「お金をもらってやっている」というふてぶてしい態度に見えてしまうのは、気のせいではないと思う。富める者がお金をくれるのは当たり前だし、彼らに徳を積むチャンスを与えてやっている、と思っているのではないか。

現地に取材で入ることが多い私からすると、最後の文章にとても共感します。

現地で汚いTシャツを着て、「お金全然ありません。日本で働いていた時の貯金を切り崩しています」という私からは、絶対にお金を取らない。むしろ、ランチを用意してくれたり、泊まる場所を提供してくれたりする。しかし、いったん日本に帰ってビジネスの話となると、手のひらを返したような態度になる。

まとめ

スリランカの経営者層から各セクションで働くスタッフさんや一般家庭のスリランカ人まで、それぞれに敬意を持って対等に向き合っている姿勢に共感します。

紅茶に関する専門的なことも書かれていますが、堅苦しさは全く感じないのは、紅茶に対しても柔軟に接している方だからかもしれません。

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茶・紅茶・リプトンの起源が分かる!磯淵猛著『一杯の紅茶の世界史』

参照

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