スリランカ人を含む在日外国人差別をテーマにした映画「ワタシタチハニンゲンダ!」
2021年3月に名古屋入管で亡くなったスリランカ人女性ウィシュマ・サンダマリさんの事件を含む、外国人差別をテーマにした映画「ワタシタチハニンゲンダ!」。
本映画は、2022年8月19日〜25日まで吉祥寺アップリンクで上映予定でしたが、上映期間の無期限延長が決定されました。
また、短期滞在の在留資格で来日しているウィシュマさんの妹ポールニマさんの在留期間は、5月25日の更新時に8月25日までで「更新は今回限り」とされていましたが、東京入管が判断を一転し、90日間の在留期間の更新が許可されました。
本記事では、映画の概要と、映画が取り上げている問題の概要について紹介します。
目次
映画「ワタシタチハニンゲンダ!」とは?
映画を制作・監督したのは大阪市生野区在住の高賛侑さんです。
高賛侑さんは在日コリアン二世で、朝鮮人差別を感じながら育ったそうです。
大阪市生野区は外国人住民比率が約21.6%と全国で最も高く、生野コリアタウンがあることでも知られています。
高賛侑さんは朝鮮大学校を卒業し、朝鮮関係月刊誌『ミレ(未来)』編集長を務めています。
その後、作家として朝鮮・在外朝鮮人・コリアンタウン・在日外国人などをテーマに執筆。
2015年にライフ映像ワークを設立して、在日一世の体験談を始めとした映像制作を開始。
2019年に、朝鮮学校の歴史と現状を描いたドキュメンタリー「アイたちの学校」を発表し、「日本映画復興賞の奨励賞」を受賞、第93回キネマ旬報の文化映画第10位に選べれています。
日本による朝鮮半島の植民地支配から日本に移民した朝鮮人への差別が原点となり、その後、ニューカマーと呼ばれる在日外国人にその対象が広がったとし、2020年秋頃から外国人差別をテーマとする作品を作りたいという意識が芽生えたとそうです。
ところが、「日本社会で外国人問題に対する関心があまりにも低いこと」「技能実習生や難民などの取材が困難なこと」から制作を躊躇していたとのこと。
転機となったのは、2021年2月に難民支援活動に取り組む「シナプス」が難民に対する取材に協力してくれたこと、そして、2021年3月に名古屋入管でスリランカ人女性ウィシュマさんが亡くなり、事件が大々的に報道されたことだったそうです。
高賛侑(コウチャニュウ)監督の略歴
1947年生まれの在日コリアン二世。
朝鮮大学校を卒業、朝鮮関係月刊誌『ミレ(未来)』編集長を経て、ノンフィクション作家。
2015年、ライフ映像ワーク設立。自由ジャーナリストクラブの世話人。国際高麗学会会員。
ルポ『旧ソ連に生きる朝鮮民族』で部落解放文学賞(記録文学部門)受賞。
2019年、映画『アイたちの学校』を監督し、「日本映画復興賞の奨励賞」を受賞、第93回キネマ旬報の文化映画第10位に。
以下、主な作品。
ルポルタージュ 在日&在外コリアン-2004年9月1日
在日朝鮮人の生活と人権-1995年8月1日
山河ヨ、我ヲ抱ケ―発掘 韓国現代史の群像〈下〉-1994年7月1日
アメリカ・コリアタウン―マイノリティの中の在米コリアン – 1993年6月1日
参考)
ライフ映像ワーク
高賛侑ブログ
ウィキペディア:生野区
映画のあらすじ
在日外国人の多い東大阪市と神戸市
映画は、在日外国人が多く、中小企業の町としても知られる東大阪市の国際交流フェスティバルの様子から始まります。
東大阪市には、大阪市生野区から移転した大阪朝鮮高級学校があり、国際交流フェスティバルにも朝鮮民族の衣装や踊りの様子が映っています。
次に、阪神・淡路大震災で救援基地としてボランティアの拠点となった神戸市長田区のカトリックたかとり教会が映ります。
神戸市長田区は、大阪市生野区と並ぶ在日コリアンの多い街として知られています。
参考)
ウィキペディア:大阪朝鮮高級学校
ウィキペディア:カトリックたかとり教会
ウィキペディア:長田区
原点としての朝鮮人差別
日本における外国人差別の原点は、朝鮮人差別にあると歴史を振り返ります。
1910年の韓国併合、皇国臣民化政策、1947年5月制定の外国人登録令、四・二四阪神教育闘争、そして、サンフランシスコ講和条約が発効と同時に制定された外国人登録法、在日朝鮮統一民主戦線、在日本朝鮮人総聯合会などが記録映像とともに紹介されていきます。
サンフランシスコ講和会議の発効とともに外国人登録法が制定されたことは、1946年に独立したセイロンが同年中にセイロン国籍法を制定してインド人移民(インドタミル人)の国籍を否定し、さらに1949年にセイロン修正法でインドタミル人の選挙権を剥奪したことを思い起こさせます。
スリランカでは、排斥の対象となるインド人移民がインドタミル人からインドムーア人、マラヤーリ人と広がっていきましたが、ついにはスリランカタミル人にまで広がり、長い内戦にまで至ります。
この流れは、日本での差別が在日朝鮮人からそれ以外の労働者として渡ってきた在日外国人に広がっていることと共通する部分があるようにも思います。
高賛侑さんは、アメリカや旧ソ連のコリアン社会と在日コリアン社会を視察して比較し、日本政府の差別が際立っていると指摘されていますが、それは朝鮮からの移民が日本においては大きな比重を占めたからでしょう。
世界各地で移民や先住民、少数民族が差別・排斥された歴史があります。
1924年にアメリカでは移民法が施行されて、多くの日本人が排斥されました。
私は仕事柄、スリランカの歴史に目が向いていましたが、日本でも移民と先住民を差別・排斥した歴史があり、在外日本人も差別されたことを改めて認識しました。
参考)
技能実習制度と奴隷労働
マクリーン判決、韓宗硯さんの外国人登録証の指紋押印拒否、ベトナム戦争によるインドシナ半島から日本への難民(ボートピーブル)、1981年の日本の難民条約加盟、バブル景気による労働力不足によるオーバーステイ容認政策などが紹介されます。
1989年に入管法を改正。
改正の大きな1つが、日系3世までの日系人と家族を受け入れた就労の自由化。
もうひとつの大きな改正が、「研修」という在留資格を設けたこと。
「研修」は、日本の技術を発展途上国に伝えるための国際貢献という建前で、労働法の適用を認めなかったという。
1993年に技能実習制度が制定され、研修生として1年間働いたあと、技能実習生としてもう1年、のちには研修1年、技能実習2年と合計3年間働くことができ、技能実習になれば労働法が適用されるようになります。
技能実習制度の問題点として、以下の5点が挙げられています。
1)送り出し機関に支払う高額の手数料
2)退職の障壁
3)転職の制限
4)アルバイトや副業の禁止
5)居住の制約
実習生の多くは高額な手数料を送り出し機関に支払うために借金をしていると言います。
そのため、借金を返済するまで日本で働き続けないといけない状況にあり、失踪や中退職に対する保証金や違約金の契約を結ばされていることもあるとのこと。
外国人技能実習制度では、監理団体もしくは受け入れ企業が一定の基準を満たした宿舎を準備しなければならいない。
そのため職業生活に加えて日常生活も受け入れ先との従属性が高まり、労働法規違反やハラスメントの問題も起きやすく、不当に高額な宿舎費が給与から回収されることもあるそうです。
劣悪な労働環境であっても、技能実習生は特定の職種・作業に従事していた経験者であること(前職要件)があり、それに該当した先でなければ転職ができない制限があります。この現地の「前職」は送り出し機関に費用を支払い、証明書を偽造してもらうこともあると言います。
また、多くの仕事が時給制で十分な仕事が確保できなかったとしても、生活費を補うためにアルバイトや副業をすることは禁止されています。
安全教育や安全対策が不十分で障害が残るような事件が起きても、労災隠しが行われることも。
民族教育への抑圧
高校無償化制度で、インターナショナルスクール、中華学校、韓国学校が適用される中、朝鮮学校が除外されたことが紹介されます。
朝鮮学校のみ適用されなかったのは、北朝鮮を支持する朝鮮総連の元で運営されていることも影響しているのではないかと思います。
監督は朝鮮学校を出て、朝鮮関連の月刊誌でも働かれているので、その立場からすると、民族教育への抑圧を強く感じるのでしょう。
この点については、私は「民族教育」と「政治体制」とは分けて考えないといけないのではないかと思いました。
参考)
ウィキペディア:朝鮮学校
世界の難民と認定率
映画では、カナダ、イギリス、アメリカ、ドイツ、フランス、イタリアと比べて、日本は著しく難民認定率が低いと棒グラフと示されます。
一方で、2005年と少し古いデータですが、ノルウェー、フィンランド、スウェーデン、デンマーク、オランダ、アイスランド、アイルランド、ドイツ、イタリア、スペイン、ポルトガルは日本よりも難民認定率が低く数字が示されています。
教育や社会保障などで理想的な国として取り上げられる北欧諸国が多いのが気になります。ドイツとイタリアは映画が引用している2019年では日本よりもずっと高い数字を示しているので、方針転換があったのでしょう。
難民を多く受け入れたドイツやスウェーデンの状況が変わっていることも報じられています。
直近の難民認定率はUNHCRのウェブサイトを見てもぱっと分かりませんでしたが、難民発生数が多い国、難民受け入れ数が多い国と地域などが以下のようにまとめられています。
■難民発生数
1位シリア
2位ベネズエラ
3位アフガニスタン
4位南スーダン
5位ミャンマー
■難民申請を受けた数
1位アメリカ
2位ドイツ
3位メキシコ
4位コスタリカ
5位フランス
■難民の受け入れ人数
1位トルコ
2位コロンビア
3位ウガンダ
4位パキスタン
5位ドイツ
■人口当たりの難民の受け入れ
1位オランダ領アルバ島
2位レバノン
3位オランダ領キュラソー島
4位ヨルダン
5位トルコ
難民は近隣諸国に向かうことが多く、難民の受け入れ人数1位のトルコはシリアの隣国であり、2位のコロンビアはベネズエラの隣国です。
人口当たりの難民受け入れ1位のオランダ領アルバ島、3位のオランダ領キュラソー島はベネズエラの沖合に浮かぶ島であり、2位レバノン、4位ヨルダン、5位トルコはシリアの隣国です。
人道的に難民を受け入れることも大切ですが、難民の発生要因も注視しないといけないことだと思います。
一方で、映画では難民申請をした人の病気の父親が収容されて死亡した事例が紹介されています。私は詳細をまだ調べられていませんが、人の命が守られなかったことに問題がなかったのかが気になります。
参考)
ウィキペディア:難民認定
ウィキペディア:難民
UNHCR:Refugee Statistics
euaa(European Union Agency for Asylum):Latest Asylum Trends
入管による死亡事件・集団暴力事件、強制送還
ウィシュマさんをはじめ、入管での事件に関するニュースは、Yahoo!ニュースのコメント欄には、入管に収容されている外国人を擁護することに批判的なコメントが多く寄せられています。それらが並んでいる状況は、一方的な意見が寄せられているように思えてしまいます。
一方で、入管に収容された外国人を擁護する記事では、「罪のない外国人」というような説明がされることがあり、それも説明として正確ではないように思います。
映画では、「人間は間違いを犯す。」と話す収容された外国人が映ります。
これは重要な発言だと思います。
私は「本人がルールから逸脱したこと」と「人命が救われなかったこと」は分けて考えないといけないのではないかと思います。
2010年3月に強制送還中の飛行機に乗せる時に窒息死したガーナ人男性の事件や、2014年3月に東京入管で死亡したカメルーン人男性の事件など、死亡事件が続いていることは明らかな問題でしょう。
2017年7月に大阪入管で集団暴行を受けたトルコ人男性オルハンさん、2019年1月に東京入管で集団暴行を受けたトルコ人男性デニズさんの映像やご本人のコメントの映像は見ていて、辛いものがありました。
全国難民弁護団連絡会議のウェブサイトから入管被収容者死亡事件の一覧が映画で引用されています。
その一覧には23件が取り上げられていますが、そのうち女性は50代のフィリピン人女性二人のみで、乳児一人を除いて全て男性です。23件のうち20-30代の男性は5人いますが、それまでに40代以下の女性の死亡事件は挙げられていません。
スリランカ人女性ウィシュマさんの事件が大きく注目されたのは、33歳の女性であったこと(若い女性であったこと)が理由の一つなのかもしれません。若い女性であれば注目され、そうでなければ注目されなかったということであれば、その事象についてもしっかりと考えないといけないでしょう。
ウィシュマさん遺族代理人弁護士の指宿昭一さんは、2021年にアメリカ国務省によって、メキシコの方、カタールの方と並び、「人身取引と闘う英雄」に選ばれています。
映画では、仮放免制度の厳しさについても言及されています。
・保証金を入管に支払わなければならない。
・就労が禁止されている。
・住民登録ができない
・居住する都道府県の外に出るときは入管の許可が必要。
・毎月1回入管に出頭する義務がある。
ウィシュマさんが収監された経緯を見るに、アルバイト先で知り合ったスリランカ人男性(彼氏)に出会っていなければ、日本語学校を欠席して特定活動の在留資格を失うことはなかったでしょう。「(男性が)スリランカの地下組織の関係者とトラブルになって脅された」ことを理由に二人で難民申請したこと、帰国を希望していた状態から一転して滞在を希望するようになったのも彼氏の手紙が原因のようですので、事件に至る分岐点に彼氏が関わっています。
この彼氏の在留資格がどうなっているのか?この彼氏のように難民申請が明確でないように思える事例があることも問題のように思います。
また、障がい者施設や介護施設で虐待が起きるように、入館施設で虐待が起きることも想像つきます。
日本政府や法務省、入管への攻撃だけではなく、「各種施設における虐待問題」や「各国における移民問題」、「各国における不法滞在問題」など他で見られる問題も含めて、なぜそのような問題が起きてしまうのかを考えて手を打たなければいけないように思います。
参考)
JLNR(全国難民弁護団連絡会議)オフィシャルサイト
在日米国大使館と領事館:2021年人身取引報告書(日本に関する部分)
U.S. Department of State Trafficking in Persons Report:2021 TIP Report Heroes Global Network
「入管に見殺しにされた」ウィシュマさん死亡事件で初弁論 遺族らの訴えと論点【7/21注記あり】
ウィシュマさん死因判明、鑑定書に記載 代理人「不起訴は不合理」
映画の上映スケジュール
2022年8月27日現在、映画はアップリンク吉祥寺と、神戸の元町映画館で上映されています。
映画をご覧いただき、日本国内の外国人問題、世界の難民・移民問題などに関心を持つきっかけになればと思います。
・2022年5月28日~6月3日:大阪-第七藝術劇場
・6月3日~16日:京都シネマ
・6月18日~7月1日:名古屋-シネマスコーレ
・7月8日~21日:愛知-刈谷日劇
・8月19日〜無期限延期:アップリンク吉祥寺
・8月27日〜9月2日:神戸-元町映画館
・9月17日〜27日:大分-玉津東紅天
・10月22日〜:横浜シネマリン
・10月28日〜11月3日:宝塚-シネ・ピピア
・11月8日:福岡-KBCシネマ
参考)
ワタシタチハニンゲンダ公式ページ
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「旅と町歩き」を仕事にするためスリランカへ。
地図・語源・歴史・建築・旅が好き。
1982年7月、東京都世田谷区生まれ。
2005年3月、法政大学社会学部社会学科を卒業。
2005年4月、就活支援会社に入社。
2015年6月、新卒採用支援事業部長、国際事業開発部長などを経験して就職支援会社を退社。
2015年7月、公益財団法人にて東南アジア研修を担当。
2016年7月、初めてスリランカに渡航し、会社の登記を開始。
2016年12月、スリランカでの研修受け入れを開始。
2017年2月、スリランカ情報誌「スパイスアップ・スリランカ」創刊。
2018年1月、スリランカ情報サイト「スパイスアップ」開設。
2019年11月、日本人宿「スパイスアップ・ゲストハウス」開始。
2020年8月、不定期配信の「スパイスアップ・ニュースレター」創刊。
2023年11月、サービスアパートメント「スパイスアップ・レジデンス」開始。
2024年7月、スリランカ商品のネットショップ「スパイスアップ・ランカ」開設。
渡航国:台湾、韓国、中国、ベトナム、フィリピン、ブルネイ、インドネシア、シンガポール、マレーシア、カンボジア、タイ、ミャンマー、インド、スリランカ、モルディブ、アラブ首長国連邦、エジプト、ケニア、タンザニア、ウガンダ、フランス、イギリス、アメリカ
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