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1月のポーヤデー「ドゥルトゥポーヤ」ケラニヤペラヘラ

2024年1月22日

1月のポーヤデー「ドゥルトゥ・ポーヤ(Duruthu Poya)」は、ブッタがスリランカに初めて訪れたことを祝う日で祝日です。

コロンボ郊外のケラニヤ寺でペラヘラが開催されることでも知られています。

本記事では、ドゥルトゥポーヤについて紹介します。

ブッタが初めてスリランカに来島

ブッタは悟りを得てから9ヶ月後にスリランカを訪れたとされています。

訪れた場所はウバ州のマヒヤンガナヤ(Mahiyanganaya)で、2500年前のことです。

当時、ヤッカ族とナーガ族が争っていましたが、ブッタが説教を行い、互いに争うのをやめて尊厳を認め合ったとされています。

マヒヤンガナヤは、パーリ語(あるいは山側のシンハラ語)で「平な土地」を意味します。
町の西側(キャンディ方面)には山地が広がっており、その山地の東側にある平な土地にマヒヤンガナヤはあります。

仏塔「マヒヤンガナヤ・ラジャ・マハ・ビハーラ」

マヒヤンガナヤには、大きな仏塔がある仏教寺院「マヒヤンガナヤ・ラジャ・マハ・ビハーラ」があります。
ラジャは王、マハは大きい・偉大な、ビハーラは寺を意味します。

ヤッカ族の族長「スナマ・サマン」は、ブッタの説教を聞き、四向四果の4つのうちの最初の段階である「預流」に達します。

スナマ・サマンはブッタから一掴みの髪の毛を貰い受け、仏塔を建ててその中に納めたとされています。
それがスリランカ初の仏塔であり、後にマヒヤンガナ・ラジャ・マハ・ビハーラに拡張されたとされています。

一方で、11月のイル・ポーヤでは、アヌラーダプラの仏塔「トゥパラマヤ」に礎石が置かれたことを祝いますが、トゥパラマヤはスリランカで初めて建立された仏塔であると言われています。

11月のポーヤデー「イルポーヤ 」とは?

スリー・パーダの巡礼期

スナマ・サマンはブッタをサマナラ山(別名:スリー・パーダ、英語名:アダムス・ピーク)に招き、山頂にブッタの足跡を残したとされています。

スリーは聖なる、パーダは足跡を意味します。
イスラム教徒は山頂の足跡をアダムのものと考えており、アダムの山頂「アダムス・ピーク」と呼び、それが英語名になっています。

ドゥルトゥ・ポーヤは、サマナラ山への巡礼期間に当たります。(12月のポーヤデーから5月のポーヤデーまで)

スナマ・サマンは先住民の山の神として崇められ、サマナラ山頂と麓(ラトゥナプラ郊外のマハ・サマン・デワラヤ)に祀られています。
マハ・サマン・デワラヤについては、以下のラトゥナプラの記事をご覧ください。

宝石だけじゃない!宝石の町「ラトゥナプラ」の観光情報を一挙ご紹介!

ケラニヤ・ペラヘラ

コロンボ郊外にあるケラニヤ寺院でペラヘラ(パレード)が3日間に渡って行われます。
キャンディやコロンボで行われるペラヘラと同様、沢山のダンサーたちが参加します。
ポーヤデーの前夜(最終日)は鑑賞席が設置されます。

ケラニヤ寺のペラヘラは1927年に始まりました。
ヘラナ・ウィジェワルダネ・ラマタニの子、ドン・ウォルター・ウィジェワルダネが始めたとされています。
ウィジェワルダネ家は現大統領ラニル・ウィクラマシンハ氏、第2代大統領J. R. ジャヤワルダナ氏などを輩出している名家です。

初日のペラヘラは「ウダ・マルーウェ・ペラヘラ」と呼ばれ、数人の参加者が寺院の上部の境内を3周して終了する小規模なインドです。座布団の上に安置された聖遺物の棺が中心となってペラヘラhが行われます。

2日目のペラヘラ「聖なる都市のペラヘラ」と呼ばれ、より壮大で、歯の聖遺物、本殿内に祠がある3つのヒンドゥー教の神々「ヴィシュヌ」「カタラガマ」「ヴィビーシャナ」がペラヘラに加わります。

3日目は最も壮大なペラヘラで、「ランドリ・ペラヘラ」と言います。
露店が通りに並ぶのもこの最終日です。
鞭打ちから始まり、太鼓奏者、ダンサー、ファイヤーダンサー、象、など様々なパフォーマンスが繰り広げられます。

ペラヘラに参加する人は3,000人とも言われ、装飾をまとった50頭以上の象がペラヘラに登場するそうです。

1月は満月が2度あることがあり、直近では2018年は1月1日と1月31日の2回の満月の日がありました。

2回目の満月は、Adhi(ハーフという意味)Duruthu Poyaと言われます。

満月が2回ある場合は、ペラヘラは2回目の満月の日(Adhi Duruthu Poya)に合わせて開催されます。

満月が1回の場合はもちろん、その1回(Duruthu Poya)に合わせて開催されます。

2024年は1日目(ウダ・マルーウェ・ペラヘラ)が1月22日、2日目(セイクレッド・シティー・ペラヘラ)が1月23日、ポーヤデー前日となる1月24日に3日目の「ランドリペラヘラ」が開催されます。

ケラニヤドゥルトゥペラヘラはどうやって見学するのか?

 

ケラニヤ寺とは?

名前はRaja(王)Maha(大)Vihara(寺)で、マヒヤンガナヤの寺院と同じです。

スリランカの叙事詩「マハーワンサ」によれば、

ブッタは悟りを開いた8年後、スリランカに3回目(最後)の訪問をしますが、それはケラニヤのマニアキッカ(Maniakkika)王が、ブッタに2回目のスリランカ訪問の際に、ケラニヤにお招きしたいと伝えたためと言われています。

ブッタはまず、ケラニヤにやってきて、ケラニヤ川で沐浴をしたとされています。
その後、スリーパーダ、バタトタレナ洞窟(Batatotalena Cave)、ディグハワピ(Dighavapi)、アヌラーダプラの菩提樹、ルワンウェリサヤ(Ruwanwelisaya)、トゥパラマヤ(Thuparamaya)、セラセティヤ(Sela Cetiya)と順に訪れたとされています。

2回目のブッタのスリランカへの訪問を祝う「バク・ポーヤ」と、ブッタの訪問地「ナーガディーパ」については、以下の記事をご覧ください。

4月のポーヤデー「バクポーヤ」ナーガティーパ祭り

古い都「ケラニヤ」

インド叙事詩「ラーマーヤナ」では、ランカー島のラーヴァナ王が倒された後に、弟ヴィビーシャナがランカー島の王位を授かった場所が、ケラニヤだとされています。

スリランカ全島を初めて統一したドゥッタガーマニー王は、ケラニヤを治めた「ケラニ・ティッサ」の娘「ヴィハーラ・マハ・デヴィ」の子だとされています。

ドゥッタガーマニー王については、スリランカの歴史をまとめた以下のページをご覧ください。

スリランカの歴史年表:建国から現在まで

まとめ

現在は新型コロナウイルスの影響で、お祭りごとで集まることはできませんが、来年には例年の様子にお祝いできるようになっていることを願います。

参照
KELANIYA DURUTHU PERAHERA 2024
Helena Wijewardene:150th birth anniversary tomorrow
Duruthu Perahera Witness the colourful perahera of the Kelaniya Raja Maha Viharaya
tourslanka「Duruthu Poya – Buddha’s First Visit」
Daily Mirror「Duruthu Poya and the Concept of Merit Transfer」
Wikipedia「Mahiyangana Raja Maha Vihara」
Wikipedia「Mahiyangana」
「四向四果」(しこうしか)修行者の四段階 阿羅漢が覚りの応供
Wikipedia「Kelaniya Raja Maha Vihara」
Wikipedia「Kelaniya」
tourslanka「Bak Poya In Sri Lanka」
Wikipedia:Solosmasthan

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